収集と報告 2
「貴殿の今回のご助力、心より感謝申し上げる」
「身に余る光栄でございます」
部屋に入り、殿下との挨拶をすませたナフタック様は、殿下から件の件での感謝が伝えられた。400年前ではあまりみられなかった、殿下と騎士のあるべき姿が時を越えてあることに、なんとも不思議な気持ちになる。
一通りのやり取りが済むと、席に着くよう殿下にすすめられ、席に着いた。
この部屋は普段から会議等に使われているのだろう。長方形の大きなテーブルの短辺に殿下、そこから向き合うようにして両サイドにグスタフ様とルシウス様。グスタフ様の隣にはナフタック様、ルシウス様の隣には私、そしてそのとなりにジョエル様という並びだ。
着席し正面に座るナフタック様と目があっった。彼はいったいどこまで状況を把握しているのだろうか。
「ルシウス、アルスター卿にはどこまで話しているんだ?」
「いえ、まだ何も。挨拶をすませ、殿下が呼んでいることを伝えたくらいです」
「そうか、わかった」
殿下が呼んでると来てみると、見知らぬ殿下に出会ったナフタック様の心情とは……。
見慣れぬ騎士服を来てよく知る国を守る騎士様達、見知った風景の見慣れぬ状況。きっと私がそうだったように、ナフタック様もセドリック殿下でない誰かが居ると薄々わかっていたに違いない。先ほど挨拶の際に目に見えての動揺はなかったのはきっとのそのせいだろう。だからと言って、時を越えた、という空想のような現実をすぐに飲み込めるとは限らないのだけれど。
殿下がナフタック様に視線を戻した。
「アルスター卿、簡潔に伝えよう。今居るこのフェジュネーブは、貴殿らの居た時からおおよそ400年後の時が経っている」
「……は?」
「ま、そうなるよな普通」
理解が追い付かず、すっとんきょうな声を漏らしたナフタック様に、グスタフ様が小さく笑いながら肩に手をのせた。
数回瞬きをしたあと、私の方へと視線を向けたナフタック様。そのまま私がゆっくり頷くと、ナフタック様は目を固く閉じ口を結んで、この現実味のない出来事をどうにか理解しようとしているようだったが、考えたところで解決できない事が早々にわかったのか、はぁっと重く深く息を吐いて目を開けた。
「400年後の未来、ですね。……わかりました」
「はは、全く納得いってなさそうだが、しょうがなかろう。私もアリシア嬢に出会ってから時を越えて来たという仮説が経ってすぐには納得できなかったのだからな」
「恐れ入ります」
「それに貴殿の名、家名であるアルスターはアルスター伯爵家のもので間違いないだろうか」
「はい、私は三男なので伯爵位を次ぐわけではないですが、アルスターの出で間違いありません」
「歴史ある伯爵家だと知ってはいたが、何だか感慨深いな」
そんな話をしていると、ルシウス様が小声で殿下に「殿下、本題へ」と場を促している。すまない、と笑い咳払いを1つ。場が少し絞まった、そんな気がした。
「まず事の発端だが、ルシウス達魔物の討伐隊がエルダジア帝国の魔術師に出くわした事と聞いている、これは間違いないな」
「はい。完全に此方の領地内でした。茶色のローブを被っており最初は顔も何も確認は出来なかったのですが、アルスター卿の助けで相手のローブがとれ、エルダジアの魔術師の服が見えました」
「まて、あの見慣れない魔法は威力があったのは確かだ。だが、あの小型の武器のようなものを落とした後、奴らの魔法なんてそこらの新人よりお粗末だった、あれで魔術師なわけなかろう」
「えっと、あの、ナフタック様……」
そう、ごもっともだ。
すごくもっともなのだけど、この時代においては違うのだ。でも、ナフタック様はそれを知らないわけで……。
「ナフタック様、この時代はマナを使わないのです」
「は? ではどうやって魔力を練るんだ」
「オドだけです」
「は? オドだけ?」
「ええ、話がそれてしまうので、一旦そのようにご理解ください。私達の時代とはいろんな事が違うのです」
400年も経ってますから、そう伝えると「……そう、か。話を折ってすまない、続けてくくれ」と申し訳なさそうに返してくれた。
すぐにルシウス様の話に戻った。話によると、ナフタック様のお陰で敵魔術師を倒すことが出来た。その際、数人の魔術師はナフタック様の魔法で絶命したが、リーダー格の一人は隠し持っていた魔術具でナフタック様に致命傷を追わせ、消えたとのことだった。
緩くウェーブの付いた茶色の短髪、薄い水色瞳。それがその魔術師の特徴だという。それを聞いて、胸がざわざわと落ち着かない。なぜだろう、頭にちらつくのだ。知らないはずなのに、ぼやんやりと浮かんでくるのだ、その魔術師の姿が。
「アルスター卿のおかげで、壊れてはいるものの魔術具を回収することが出来た、礼を言う」
「魔術具?」
「えっと、魔術具は……魔法の道具?」
「は?」
ナフタック様の気持ちはわかる、私もそうだった、でも今説明していたら進まないのだ。彼には悪が、後程説明する事を伝え話を戻した。
「これは陛下も危惧していることだが、近くエルダジアはフェジュネーブに攻め行ってくる可能性がある」
「おい、戦争か?」
「近年最後の大きな戦争は、10年前のアスティアナ王国が吸収されたときでしたね」
アスティアナ王国、設定上の私の母国。
エルダジア帝国は次々と他国を落とし今では大陸の西はマゼイル公国を除いた全てがエルダジア帝国に統一されたのだという。
「でもなぜマゼイル公国は吸収されずに逃れているのですか」
「あの国の位置はエルダジアの領地を横切った南西の海岸側にある。我が国とはあまり交流がなく、比較的小さい国でもある。本来の領地はもっと大きかったのだが南西部に追いやられて今ではかなり疲弊した小国だ。憶測にすぎないが、いつでも手にできると取り置かれているのだろう」
「戦力はできるだけ大国潰しにとって置きたい、そう考えてんだろうなあ」
ルシウス様とグスタフ様の話を聞く限りだと、この大陸の国々の並びも関係も私の知ってるものとは全く別なのだろう。
「すまない、質問させてくれ。今この大陸は何ヵ国あるんだ? エルダジア帝国は俺の知る限りだと、西側の大国ではあるが……ルドルグス王国はもう無いのか?」
「今の大陸の国か? 400年前はどうか知らねぇが、今は簡単だ。10年前からこの大陸には国は3つ。西側にエルダジア帝国、東側にフェジュネーブ王国、そして南西部に縮小したマゼイル公国だ」
400年前は6か国あったこの大陸の国が半分に。その変かがほぼ西側というのは言うまでもない。
「私としても、もちろん陛下も国として、エルダジアとは隣国同士友好でありたいと思っているし、表面上はそうなっているのだが……最近はあからさまだな。この魔術具の未知の魔法も、我が国を落とすためと見て大方間違いはないだろう」
殿下が魔術具をテーブルに置いた。コトンという無機質な音が小さく響いた。
ほんの数秒、みんながこれからの対策を考えようと思考を変えたであろうその時、今まで黙って聞いていたジョエル様が静かに口を開いた。
「恐れ多くも、殿下、発言をお許し頂けますか」
殿下に向けられていた視線が一気にジョエル様に集まった。
「ああ、もちろんだ」
殿下の許可が降りても、ナフタック様だけが彼を未だに敵視している。
ふと目があった深い青色は、ほら、こんなにも穏やかで優しく微笑んでくれるのに。
「その魔術具は存じ上げませんが、魔法は……900年ほど前のものかと」
900年前? それは私たちがきた時代よりも遥か昔、その時代の魔法?
900年なんてとてつもなく昔の話、全く理解が追い付かず、誰もがジョエル様を見つめていた。ただ一人、ナフタック様を除いては。
瞬時に立ち上がった彼はいつでも剣が抜けるよう彼に向かい構えている。
「ほら、やはりな。ご自分でネタバラシか魔人様」
「ナフタック様! 落ち着いてください、ジョエル様はただ900年前の魔法だと言っただけで」
「だいたい俺はこいつを覚えてるんだ! 騎士服をきて髪を整えてもあの時の魔人じゃねぇか! それにこの時代からの900年前だとすると、俺達の時代からは500年前だ。あの場所が禁足地となった時期、そしてそれは魔人の出現の時期だ。なぜそのような古代の魔法を一端の騎士が知っている! おかしいだろっ」
「……アルスター卿、やめよ」
殿下の一言に、納得がいかないようだったが、ゆっくりと警戒体勢を解いていく。といっても、物理的な体勢だけであって、あからさまに敵視していることに変わりはないようだ。
ジョエル様の口元の笑みは保たれたままだ。
「ジョエル、貴殿の事はルシウスから報告を受けている。国境付近での荒事に巻き込まれ、自身の名と自身が騎士という記憶しかないものだと」
ジョエル様に記憶がない?
でも、彼は度々思い出していたようだった。瞳を褒めたも、抱き締められたも、記憶が戻って泣いていたんじゃない。あれは何かを想って、記憶にある中の出来事を思い出して泣いていたんだと思う。だとすると、記憶がないと言うのは……。
「……騎士であることは真実です。ただ、記憶を失くしたというのは虚偽です。そうでもしないと、私も状況が飲み込めなかったんです」
眉を下げて笑うジョエル様の笑顔は何度か見た事がある。無理をして笑っているのだ、すごく苦しいのに。それを隠そうとして、目元に、口元に笑みを浮かべるのだ。
「記憶は……出きるなら忘れたかったんですが、ちゃんと覚えてるんですよね、900年ずっと。そこの彼が言ってる事、あってます。俺が……魔人だって」
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