緑の騎士
「ひどい……」
向かった先の駐屯地の一室に負傷した騎士様達が集められていた。
頭から血を流す者、腕や足を固定している者、胴体からの出血に包帯を巻いている者、負傷の度合いは異なるものの皆が皆何かしらの怪我を負いこの部屋で手当てされたのだろう。
この駐屯への向かうよう指示を受けたのは今朝早くだった。急遽グスタフ様より呼び出され、ジョエル様を含む複数の騎士、待機していた聖人聖女数人、そして私が駐屯地へ向け出発した。転移陣を使用しこちらに到着したのは今しがた、まだ太陽が真上に上ってはいない時間だ。
魔物の討伐に出掛けた隊にいったい何があったのだろうか。もしかして前回のようなフェンリルと対峙してしまったのだろうか。今回の派遣された隊の隊長として指揮をとっていたのはルシウス様だ。見渡すも、彼の姿は見当たらない。ふと不安が過った。でも、目の前には苦しそうに顔を歪める騎士様達がいる、不安な顔は見せられない。
聖属性者としてここに呼ばれた役割を果たそうとしたそのとき、騎士様の1人が私の手を止めた。
「我々の怪我であれば、聖人や聖女の方々で間に合います。アリシア嬢は、ル」
「おい、何があった! こっちは説明もまともにされずにここに呼び出されたんだ。お前ら魔物の討伐じゃなかったのか」
背にしていたドアが勢いよく開いた。それと同時にグスタフ様の苛立った声が響き渡る。
一緒に到着した騎士様達に指示を出しこの部屋にきたのだろう。
いきなりの声量にビクリと肩を揺らしたのは私だけではないはずだ。
この事態への少し焦りなのだろうか、グスタフ様が騎士様に詰め寄った。
「そっ、それが、魔物を討伐し終え引き返そうとした矢先にエルダジアの魔術師と思われるヤツらに襲撃を受け……」
「エルダジアだと? 戦争でもおっ始めるつもりか」
「見慣れない魔法を使っていきなり仕掛けられて、魔力に気付いたロレーヌ伯爵家のミランダ聖女が大きな光の盾をはってこの被害まで押さえられたのですが……」
「……は? はは、一撃で、この被害ってか」
「あの、騎士様、見慣れない魔法とは?」
「恐らく数名が持っていた魔道具かと……でも本当に見たことのない魔法で……あ、強いて言うなら転移陣かな? あんな感じの魔方陣が術者頭上に」
私とグスタフ様が振り返るのは略同時だったと思う。
私たちの動きに騎士様の話しは打ち切られることになったが、でもそれは私たちのせいではない。
グスタフ様と私の視線の先にいる彼が、ジョエル様の魔力が乱れ肌が粟立つ程の揺らぎが生まれたからだ。
ジョエル様はいつも通りの穏やかな笑顔を浮かべている。
「お前、嘘、下手だな」
「そうですか? うーん、魔力は難しいかもしれないですね」
「はは、そりゃそうだ。城に戻ったら、知ってること全て話して貰うぞ、いいな」
「ええ、もちろん」
グスタフ様は始めてかもしれないが、私は2回目だ。ジョエル様のこの動揺は彼自信の過去に原因があるのだと、私はそう思っている。
「念の為確認だが、アリシア嬢の護衛としての選抜は間違ってはいないよな?」
「もちろんです」
ジョエル様はその場に片ひざを付き、鞘から少し剣を抜くと切っ先を地面に向けた。その所作といい、ポーズといいあまりの美しさに思わず見入ってしまう。
いつもそうだ。ジョエル様の所作はただの騎士にしては美しすぎる。
「騎士である私の全てに誓って」
「その誓い、忘れるな」
「はい!」
疑いをかけられ、騎士である自分の正義を証明するため誓いを立てた、そんなるジョエル様と目が合うと少しだけ眉を下げ微笑んでくれた。
彼が悪い人なわけがない。
「……あの、団長。状況の説明も大切ではあるのですが、今はアリシア嬢に早急にお願いしたく」
話を切られた騎士様がばつが悪そうにもごもごと話し出した。
そういえば、ここの負傷者は一緒にきた聖人・
聖女に、という事を言っていたような。
改めて部屋を見回すと、この部屋には元より討伐に同行していた聖人達は1人もいない。騎士様の説明の中にミランダの名前が出てきていた。でも彼女の姿も見当たらないのだ。いったい何処にいるのだろうか。
「討伐に同行していた聖人や聖女の方々はどちらへ?」
「1人、重体の者がいて。聖人達はそ皆その治療に……」
嫌な予感がする。
やっぱりそうだ、この部屋にきてから一度も姿を見てない。
「3人係で治療をしているのですが、損傷が激しく……止血や一部治療で限界で……なので、アリシア嬢」
どくんどくんと脈を打つ音が耳に響く、指先が冷たくなっていく。
違って欲しい、あの人の名前は呼ばないで欲しい声よりも息の方が多い返事になってしまったかもしれない。
「はい」
少し上がる息のまま言葉を発する騎士様の口元をじっと見た。
「ルシウス様のいる部屋へ急ぎ向かって貰えますか」
返事をするより先にからだが動く。
部屋が何処か何てわからないくせに、入ってきたドアに向かって勢いよく走り出した。
「待て、アリシア嬢!」
グスタフ様の声もそのままにドアの取っ手に手を掛けた。後方から追いかけてくるグスタフ様とジョエル様に騎士様が「東の団長室です」と叫んでいるのが聞こえた。
この部屋の窓は南を向いていた。今それに背を向けているから扉を出たら……右だ。
勢いよくドアを空けそのまま右へ大きく一歩を踏み出した、その瞬間。ドンという多きな衝撃に後ろに倒れそうになった体が前方に引き寄せられ、ボスっと何かに収まった。
支えるために背中に回った大きな手、私はこの手を知っている。
緊張と興奮と少しの焦りとが合間って少し上がりぎみな呼吸のままゆっくりと視線をあげた。
「っと、何だ。ルシウス、お前元気そうじゃねぇか」
グスタフ様の声が先だったのか、自分で見上げた先にいたルシウス様を確認したのが先だったのかはもうわからない。ただわかることは、ルシウス様は生きてるし、目の前に居ると言うこと。
一気に解けた緊張に、突然涙が溢れだしてくる。
「よかった……よかったです……ルシウス様がご無事で……本当に、よかった。でも、重体とききましたっ、無理しておりませんかっ、内蔵系のダメージは目に見えませんが放って置くと命に関わります!」
自分でガバッとルシウス様がら離れると、重体の診療が如く全身くまなく確認し始める。
腕の打撲に、出血は……切り傷だ、服の表面に血は滲んでいない、胴体部分外部損傷はなさそうだ。足も今歩いてきたことを考えると骨折などはないだろう。外傷で一番大きな怪我といえば、きっと頭に巻かれている包帯の部分だ。顔にもいくつも傷が残っている。
ルシウス様の頬に手を伸ばし見上げる。
「外傷としては頭部の怪我が一番かと、他には打撲や切り傷でしょうか。腹部や胸部、あと頭痛などはないですか?」
大きく見開かれていたルシウス様の瞳が、小さな笑い声と共に優しく揺れた。
「ああ、ないよ。見ての通り俺は重傷ではない。心配するな」
「でも、先ほどの騎士様がルシウス様が重体と……」
「アリシア嬢、副団長が重体という内容ではなく副団長がいる部屋にという話でしたよ」
ジョエル様の言葉に振り向くと、それはもうにっこりと笑顔を浮かべた彼と、ニタニタと見守るグスタフ様の姿。
その表情に自分が早とちりをしていたことに漸く気付き、恥ずかしさに自分で動いたと思えないようなスピードでグスタフ様の後ろに下がった。
「突然失礼いたしましたっ」
「心配してくれたのだろう? ありがとう」
「い、いえ、はい」
「微笑ましいとこ悪いが、お前じゃないんだったら重体ってのはいったい誰なんだ?」
火照る頬の熱を抑えるべく静かに深呼吸をした。
いちいち揶揄う内容を挟んでいるのは頂けないが、スムーズに話題を戻して貰えた事には感謝している。
そう、ルシウス様でなくても重体者がいる現状は変わらないのだ。それこそ、私のヒールの効力をしっている騎士様が私が適任と言うだけの重体。聖人・聖女数人で止血するほどの、重体。四肢欠損、もしかするとそれ以上の可能性だってある。
私たちは部屋に向かって歩きだした。
「それが、わからないんです。奇襲にあった私達を見つけ騎士服を見てフェジュネーブの民で間違いないか問われました。そうだと伝えると、加勢する、と」
「どっかの友好国の凄腕ってわけじゃねェだろうし」
前を行く二人の歩幅は大きく、私はと言うと完全に早歩き状態でついていく。
駐屯所としては広いこの建物、奥にあるドアの前に騎士様が1人立っているのが見えた。きっとあの部屋なのだろう。
「ええ。ただ騎士のようでした。深緑色の生地に黒や金の糸で刺繍がされていて」
「え……」
思わず足が止まった。
私はその服を知っている。
「どうした、アリシア」
私に気付いたルシウス様が振り向き、声を掛ける。その声は聞こえていたものの、返事ができなかった。
違う、そんなはずない、いるわけがない。頭の中は先ほどの騎士服の事でいっぱいで他の事の処理にが追い付かない。
心拍が上がり、息も短くなってくる。
「どうした、アリシア嬢。体調でも悪いのか」
「……知ってるんです。その、騎士服……でも、まさか」
まさか、私以外に、この時代に誰か来ているなんて。
気付いたら走り出していた。
ドアの前に立っている騎士様が声をかけようとするも、構わず取っ手をつかみ勢いよく開いた。それはもう力任せに。
ドンという大きな音が響く。部屋の中で治療に当たっていた聖人や聖女達が一斉にこちらを向いた。その中に見知った顔、ミランダ様だ。
聖人と聖女が囲むベッド。隙間から見える服、所々血が滲み赤黒くなってはいるがやはり間違いない。あれは、共に国を守っていた騎士服だ。
「アリシア、待っていたわ! わたくし達ではもうこれが限界で、こちらの騎士様を、どうかっ」
一歩近づく。千切れた片腕が見えた。
もう一歩踏み出す。夥しい出血あとの残る腹部は抉れたままだった。
そのまま掛けよった。青白い顔色で静かに目を閉じる男性がいた。薄い灰色の短髪、閉じている目を開いてくれれば濃い灰色の瞳があるのに。私は彼を知っている。
「ナフタック様!!」
か細い呼吸はぜぇぜぇと雑音を含んでいた。まだ生きている。
すぐに魔力を練り込みなナフタック様にヒールをかけた。彼の体が光に包まれ時が戻るかのように怪我が治っていく。
光が収まる頃には、彼の腕も、腹部も、小さな怪我も、呼吸でさえも穏やかなものになっていた。
「よかった、間に合った……」
その声が聞こえたのか、彼の目蓋がピクリと動く。そのままゆっくりと、少しだけではあるが濃いグレーが私をとらえた。まだ力が入らないであろう手が私の頬に延びる。
「アリ……シア? ああ……よかった……」
ナフタック様は今にも泣きそうに微笑んで、穏やかな呼吸で再び目を閉じた。
お読み頂きありがとうございます。
X:@sheepzzzmei




