マナ関知教室2 - 2
聖属性はコントロールに長けている。ジョシュア様が良く言っていた。自身がその属性なので、実感としていまいちだったのだが、人に教えるとなった際にそれは顕著に現れる。
ルシウス様は感は良い方だった。そして何より努力の人だった。始めてマナを感じ取って1月もしない間に多少ではあるがコントロールできるようになっていたのだ。
そして今、目の前のミランダは多少ではあるが既に自身の体内にマナを引き込む事に成功している。
最高位聖女とは魔力量だけでなく、そのコントロールも含めるものだろうか。何にしても、目を見張る成長だ。
「ここまで、できればあとは反復で日々その感覚になれていくことが大切。ルシウス様も少量だけど今ではマナをコントロールして魔法を放出できるようになってるの」
「日々の積み重ね、ですね。マナを引き込むのにきっとまだ余分なオドを使ってしまっているのか、魔力の消耗が激しいのが難点です」
少し照れ笑いをしながらミランダはそう言う。
扱いなれないと、オドを無駄に消費してマナを引き込むことになるなんて、今の今までは知らなかった。それがわかると言うことは、やはりミランダはすごい魔術師なのだろう。
「あの、勉強会はここまでで、ですよね?」
「え、うん。その予定だけど……」
フランクに慣れないのかミランダのフランクがそれなのかはわからないが、そして全てではないが伯爵令嬢が男爵令嬢に丁寧語を使うというよくわからない画が出来上がっている。マナコントロールの実技の際に私も丁寧語にしようとしたところ、「フランクに」と注意をうけてしまったので仕方ない。彼女なりのフランクルールがあるのだろう。
「あの、だったら、アリシアの事について少し聞きたいのだけれど……」
「私の事?」
「ええ、あの……」
少し伏せた視線が左右に動く。何やら話しにくいことがあるのだろうか。
そもそも”私の事”とは、事前に伝えられているであろう情報量によっても変わってくる。
今日このあとの予定は特にない。ミランダもそうなのであれば時間はたくさんある。あせることはないだろう。彼女が次の言葉を発するのをゆっくりと待つことにした。
何かを決心したようにテーブルの上に置いた手をきゅっと結んだ。ブルーグレーの瞳がこちらをとらえる。
「アリシアとボルド様の関係について、聞きたいの」
私はてっきり古代人としてのあれこれの質問かと思っていた。思っていたからこそ、まさかルシウス様の名前がでるとは思わず、一瞬脳内処理が合いつかなくなる。
ルシウス様との関係? 恋人のふり、という事だろうか。もしかすると、いや、もしかしなくてもミランダはルシウス様の事を……。
「殿下より、アリシアとボルド様は利害一致のために恋人のふりをしていると聞いて……その、アリシアは本当にボルド様をお慕いしているのではないの?」
「利害一致……うん、そんな感じかな」
わかりきった関係なのにミランダに聞かれて胸の奥がチリっと痛んだ。
「では、やはりアリシアは別にお慕いしている方がいるのですか」
両手を組み不安げに瞳が揺れる。
恋人のふりをすると言う約束になったときに、ルシウス様には想いを寄せる相手がいないという事は聞いていた。でも、よく考えると、その逆は多分にあるのだ。
もちろん、地位や名誉を求めての相手だとすると、ルシウス様がこの恋人のふりをするに至った原因にもなっているのだろうし、そこは”効果有り”と言うところなのだろうけど、ミランダ様の場合はそうではない。
きっと一緒に仕事をし人となりを知った上で、ルシウス・ボルドという人物に想いを寄せているのだろう。だとするのであれば、私は邪魔物でしかない。私という存在がこの時代に来なければ、二人は添い遂げていたのかもしれないのだ。
「……ごめんなさい、私のせいで……」
「いいえ……やはり一緒にいる時間も長いでしょうし……そうですよね」
眉を下げ笑うその笑顔がなんとも切なく、その愛らしい目元からは今にも涙が流れてきそうで、心がぐっと締め付けられる。
「でもっ、でもねミランダ!一緒にいると言っても」
「ごめんなさい!話題を出したのはわたくしですが、二人の仲を裂こうとかそう言うわけではないの……ジョエル様が幸せであれば、私はそれで」
「裂くも何も恋人のふり……って、え?」
今、ジョエル様と聞こえたような気がする。これはもしかすると、色々行き違っているのではないだろうか。
「ミランダ、あの確認だけど……ミランダはルシウス様をお慕いしているのでは……?」
ミランダはぱちぱちと数回まばたきをして、こてんと首を傾げた。
「あの、ルシウス様は素敵な方だと思うわ、でもお慕いしているわけでは……その、私がお慕いしているのは、ジョエル様、なので……」
そう言って恥ずかしそうに頬を染める彼女の姿は、世の男性をコロリと落としてしまうであろう威力だ。
ミランダはジョエル様に懸想している。その事実を知ってこれまでの事を思い出した。
始めて見かけたのは、騎士団の稽古場。彼女と目が合ったのは、ジョエル様のとなりに私がいたからだ。その後の騎士様の緊急事態の時には既に居なかった理由も、ジョエル様の稽古姿を見に来たら、稽古にいないばかりか見知らぬ女と歩く姿をみる羽目になる。そして次に会ったのは陛下への挨拶前。そこでルシウス様に恋人か確認したのは、稽古場での私たちを見かけたからだったのだろう。そのときに払拭された不安が、殿下から私の情報を得た際に再び、というところだろうか。
「こんなお話はしましたが、二人の事、応援しているのっ」
だめだ、早めに止めないと勘違いが進む一方だ。
「ミランダ、待って、応援しないで。ジョエル様は諸事情がある私の護衛をしてくれてるだけ、それだけ。っというよりさっきまで、ミランダはルシウス様の事を想っていて、ふりとはいえ申し訳ないと思っていたくらいで……」
「ジョエル様と密かにお付き合いをされてるのでは……」
「ないよ!」
「でも、数日前の夜にジョエル様がアリシアを抱き締めてたって、騎士の方が話してて……騎士様達は、ルシウス様と話を真実としてるので、ジョエル様が適当な願望をと笑ってたのだけど、私は利害一致の話を聞いた後だったので……」
待って、行動だけだったら事実だけれど、なんでそんなことが騎士様達に知れ渡っているのか。どう考えても、情報源は本人じゃないか。
「あの、ミランダ、ごめんなさい。確かに行動としは事実だけど、誤解しないで!感情は違うから、慰めるというか、あの、変な意味じゃなくてねっ、えーっと、でも本当に違うの!! 子供を宥めるといった方が近いの!こう、背中をトントンって……そ、それに私はルシウス様の方がっ」
ルシウス様の方が……?
少し焦ってたと言え自分で発した言葉にどきりと心臓が脈打った。ルシウス様がいったい何だというのだろうか。ただの利害一致の恋人のふりの関係だというのに。
「と……とにかく!優しいし、素敵な方だと思うけれど、そういった対象では見ていない、本当よ」
ポポポっとまるで音が聞こえるかのように、ミランダの顔が染まっていく。勘違いに気付いたせいなのか、秘めてた想いを話したせいなのか。
どちらにせよ、染まった頬を両手で隠すようにして恥ずかしそうに俯いた彼女は、それはもう今すぐにジョエル様に見せてあげたいほど可愛かった。
「このお部屋が防音でよかったです」と眉の下がった笑顔をこちらに向けてくれる。そうだ、忘れていたけれど、この部屋の前には護衛でジョエル様がいるのだ。
「ふふ、ジョエル様が好きなんだね」
恥ずかしそうに視線を下げたミランダは、テーブルの上で両手を組み、ぎゅっと握る。
「初めはね、いつも笑顔なのに、ふとした瞬間に何だか寂しそうだなって思ったの。気になって見かける度に……こんな風に笑うんだとか、こんなときに怒るんだとか、剣術にも魔術にも長けていたり、ちょっと軟派な感じだったり……たまに目が合うと何だか恥ずかしくて反らしてしまって。そんなある日、一緒に遠征に行くことになって、その時始めて話しかけられたの、少し照れくさそうに笑って、目合いますねって。ジョエル様にそう言われて、自分が彼を目で追ってた事にもその理由にも気付いたんです」
愛おしそうに話してくれるその話に心がぽかぽかと暖まる。
ジョエル様の傷を癒してくれるのが、ミランダでありますように。人の恋の協力をするなんて器用な事はできないけれど、願うことならば私にもできるよね。
「話してくれてありがとう。ミランダが幸せになれるように、全力で応援するね」
お読み頂きありがとうございます。




