マナ関知教室2 - 1
あの夜、少しして落ち着いたジョエル様は少し赤くなった目元のままいつもの緩い笑顔を浮かべた。
抱き心地がよくてつい長く抱きついてしまった、なんて言っていたけれど、あまりにも説得力がなくて「そんな冗談で済む傷ではないでしょう? 無理はしないで下さい」と伝えたら「ありがとう」と今まで見た彼の表情の中で一番柔らかく笑ってくれた。
その表情があまりにも優しくて綺麗で見とれていたら……隙あり、と額にキスをされたのだ、そのあと合った視線の先にはいつもの緩い笑顔で楽しそうな彼がいた。
「豆鉄砲食らったみたい、はは。私が言うのもなんですが、こんな夜中に男を簡単に部屋に通したらダメですよ?」
意地悪にそう言って、突然の事に固まる私を楽しそうに眺め「それでは、アリシア嬢。また明日」と部屋を出ていってしまった。
部屋の残された私はというと、呆気にとられ固まるばかりで、頭が正常に動き出すまで立ち尽くしていたのだった。
ジョエル様としては、見せた弱みをを誤魔化したくてとった行動だろうけれど、百戦錬磨の騎士様とただの古代人魔術師では攻撃力に差がありすぎて、惨敗だ。結果として、彼の誤魔化しは大変有効だったのだけど。
「お持たせして、申し訳ございません。急遽怪我人が出てしまい……」
開いた扉から、申し訳なさそうにミランダ様が入室する。
お会いするのは、王への挨拶の日以来だ。あの時はお互い正装だった。今こちらに歩いてくる彼女はは見慣れぬ衣装を纏っていた。白を貴重としたローブのようなワンピースのような服だ。教会のシンボルが刺繍されている事から考えるに、恐らく”聖女”の制服のようなものだろう。
挨拶でお会いしたときのような華やかなメイクではないけれど、やはりとても綺麗で可愛らしく、見惚れてしまいそうになる。
座っていた席を立ち上がり、ミランダ様に挨拶をした。
「とんでもないことでございます。寧ろ、お忙しい中お時間を作って頂き本当にありがとうございます」
ここ聖人、聖女が所属する教会の本部にある応接室だ。
今日はここで現最上位聖女であるミランダ様にマナについてお伝えする予定が組まれている。その関係上、私の正式な身の上も前もって伝えると殿下からは聞いている。
その話の後に、いったいどこまでの情報なのだろうと首をかしげそうになったが、実際にミランダ様と話したらわかるだろうとそのままにしておいたのだ。
「改めまして、本日は魔法の根元になっているものを学べると聞きました、よろしくお願いいたします」
優しく微笑まれ、席に座るよう促される。
彼女の指示で給仕の人が新しい紅茶をいれる。ティーカップから華やかな香りが漂ってきた。
ミランダ様が一口紅茶を口にした。そして、見惚れるほどの所作でカップを置くとこの部屋の人払いをする。
ここからは最重要機密事項なのだ。
ミランダ様についていた人達が部屋を出て行く。扉が閉まると同時に、この部屋には私たち二人だけになった。少しの緊張感、閉まった扉からミランダ様に視線を移すと、ブルーグレーの瞳が懇願するようにこちらを見つめていた。
「可愛すぎる」
気付いたときには思考が漏れだしていた。
突然の私の発言に、きょとんとするその表情も可愛い。……だとしても、今のは失言だ。伯爵家の方に対して気安すぎだ。
「た、大変失礼いたしました! その、思わずと申しますか何と申しますか……」
恥ずかしすぎる。あまりの失態に言葉漫ろになり、それを取り繕うと必死になるも、私にはそんなスキルはないのだと、再確認する現状だ。最終的には言葉の見つからず「申し訳ございません」と謝ることとなった。
クスクスと小さな笑い声が聞こえてきたのは謝ってから数秒してからだった。正確にはそれ以前から笑っていたのかもしれないが、私はそれを認識する余裕がなかったのだ。
「ふふ、アリシア様があまりにも可愛らしくて。申し訳ございません」
それでも尚クスクスと笑う姿に、少し落ち着きが戻ってきた。
「アリシア様、もしよろしければなのですが……わたしくのお友達になって頂けないでしょうか」
「……へ?」
「このような場でなくきちんとお茶会などを開催してお話をしようと思っていたのですが、その矢先、アリシア様が遠征に向かわれたと聞き……。なかなかタイミングが合わないまま今日を向かえてしまったのです」
申し訳なさそうにこちらを見るミランダ様は、本当に年の近い女の子なのだなとそう思えた。
友達、此方にきてからそう言える相手がいなかった。私の友達はみんな過去の人になってしまっているのだ。
「私でいいのですか?」
「もちろんです!わたしくしとお友達になって頂けますか」
「ええ、喜んで」
そう返事をすると、すごく嬉しそうに微笑むミランダ様の可愛らしさときたら……私が男だったら、きっとこの瞬間に落ちていたに違いない。
聞けば、最高位の聖女として接されていて他の聖女や聖人にも友達と呼べるような方がいなかったらしい。
「あの、わたくし憧れてることがありまして……お友達とフランクにお話をしてみたいのです」
「ええ、是非。ミランダ様さえよければ敬称も必要ありません。アリシアと、そうお呼びください」
親しい友達とは名前で呼び合う、あの頃もそうだった。魔術師団の女性で仲が良かったもの達は、家の爵位関係なく名前で呼んで、フランクに会話をしていた。ミランダ様にはその経験がないのだろう。
憧れていたと言うことは、他の聖女達にとっては通常だったのかもしれない。
「では、改めて……アリシア、これからよろしくお願いします。……なんだか慣れないわ」
「ふふ、そのうち慣れます……慣れるよ、よろしくミランダ。よし、それでは早速本題入ります」
はい、と背筋を伸ばしたミランダに400年前の魔法の説明を始める。これはルシウス様にもお伝えした内容だ。
体内魔力であるオド、自然魔力であるマナ。属性魔法と非属性魔法の魔力放出の違い。ルシウス様にお伝えした時は仮定だったが、この間の遠征で実際に魔法を見て確信した内容、この時代もマナの干渉を受けていて、それをコントロールすることで放出量をあげることが出きるという事も。
きっと勉強熱心だし好奇心も旺盛なのだろう。新たなことを知る喜びなのか、目を輝かせている。
「すごいですっ。アリシアに出会わなければこれらの仕組みはこの先に世に甦ることはなかったと思うと更に……っ」
「ふふふ、大袈裟だよ」
少し興奮気味のミランダがおかしくて笑ってしまう。
実際、マナが何故使われなくなってしまったかはわからない。でも、今の時代においてマナを必要とするようなことは通常はない。この間のフェンリルは特殊案件だ。
オドでの魔法だけで生きている時代、魔物もその範囲で倒せているのであれば、もしも今この時代に私がいなかったら、マナの存在は人々の中から消えてしまっていたのかもしれない。
「じゃあ、私の手を握って。今から私のオドを流すから、まずはそれを感じ取ってみて」
ルシウス様とも行った、オドとマナを感じとる実技。
魔人の魔力の残滓でこの時代に飛ばされ、同じ国の異なる時代を生きるようになった。単なる偶然、かもしれないが、今自分が行ってることに何か意味があるのであれば、それが私がこの国に飛ばされた理由なのかもしれない。偶然なんてものはなく、全ては何かに繋がるための必然。
そう考えると、私がこの時代にきた意味もきっとあるのだ。
「これが、アリシアの魔力」
「次はこのままマナを取り込むから変化があったら教えて。いくよ」
その意味が何かなんてわからないけど、私は今できる事をしよう。フェジュネーブの国民として、魔術師として、この国の支えとなりたい。
「暖かいわ……、すごい、体がポカポカするわ、まるで身体中お湯に覆われているみたい」
「それがマナだよ」
「これが……」
私にとってのその一歩がきっと今この瞬間なのだろう。
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