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 月の夜 1

「この場所が、禁断の地の中心……」


 先に見えるは、蔦の張った立派な館。もしこの地に纏わる伝承が真実なのであれば、これは500年程前の建物ということになる。

 木々の間から差し込む光に照された蔦の緑、隙間に見える白い壁。朽ちてはいるが、その当時どれだけ豪華なものだったかはこの距離からでも窺うことが出来る。

 間違いない、貴族の館だ。少なくとも伯爵、否それ以上……?

 500年もの間、誰も踏み入れることなく自然と調和したその美しさに、ごくりと息を飲んだ。

 まるで時が止ってるみたい。


「ねぇアリシア、どうする? 中、入ってみる?」


 同じ聖属性魔術師のノエルが、その幻想的な風景に見とれていた私に声を掛けてきた。

 今回、王都で最もとされる魔術師団と騎士団が派遣された理由はただ1つ。500年もの間、禁足地とされていたこの地域の開拓の為だ。

 フェジュネーブ王国の領土内、王都より南西。大陸の中心よりやや東側、隣国に近いこの一帯には昔1つの国があったそうだ。王位継承のもつれで国が滅び、そして何故かその場所に魔人が住み着いたと言う。

 禁足地とされた理由も、その魔人が放つ瘴気が濃い事と、そのせいもあってかこの一帯の魔物は他の地域よりも格段狂暴だとされているから。現にここにたどり着くまでに倒したそれらは、他の地域のそれより強いし狂暴だった。

 ただ不思議なのは、当初予測されていたよりも魔物の数が少ない事。個体各々の強さはあるが、数で言うとやや少なく感じる。それも対峙した全ての個体が古種なのだ。どうしても館と一緒に時が止っているみたいに感じてしまう。

 ここ数十年、瘴気は安定し魔物の被害も減ってきていて、今回この地を完全に領土と統べく、国が動き私たちが派遣された。国としては確認されていない魔人は、存在しないものとして見てるらしい。


「もう少しだけ、近づいて見ましょう。中に入るのは別の隊にいる団長達に報告してからね」

「はぁーい」


 ノエルの間延びした返事にクスリと笑いながら、私を先頭に館に向かって歩きだす。

 森の一部と化した門扉は緑の蔦で覆われ、私達を招き入れるべく開いた状態を保っている。まるで数百年もの間ずっと待ってくれていたように。

 ここから先は庭園かな? そんな事を思い門扉を跨ぐその瞬間。ゾワリ。身震いするほどに感じる魔力。館から突然重く濁ったような淀みを感じ、私は瞬時に後方に腕を伸ばし皆を静止させた。


「止って! おかしい。こんな魔力今まで感じなかったのに……」


 魔術師の中にはごく稀に魔力を関知する事が出来るものがいる。私もその中の1人だ。でも、文字通り関知であって識別出来るわけでもない。人か魔物かぐらいの識別なのであれば関知のうちだが、それがどこの誰の魔力かとなると、それは全くわからない。

 人は量こそ違えど必ず誰しもが魔力をもっているので、町中は関知しなくとも魔力に溢れてるし、それが常。

 人がいない森の中だとある程度の距離があってもポツンと存在する魔物の魔力は感じることが出来るのに。この状況は何だ? 門扉を跨ぐ今この時まで、館の中の魔力の存在に気づかなかった。

 例えばそれがもう数分で命が消える程弱った魔物だったらまだ良かったし、納得だってできたのに。

 今関知しているそれは魔物ではないとても膨大な魔力。

 ドクンドクンと鼓動が耳元に響く、今までに感じたことのない感覚に体が強張る。


 ——きっとあっちも私達に気づいてる。でも、動かない。


「探索打ちきり、ノエルは全隊に信号上げて。非常時対応により街の砦を駐屯地としてこの隊も一旦そこへ向かいます。その後、本隊含む指揮は全て師団長及び騎士団長に戻します。全員直ちに撤退!」


 空に黄色い光が上る。

 ノエルの上げた魔力信号を確認して来た道を戻りだした。その途中も感じていた魔力は消えることはない。動きはしないもののだんだんとその存在が大きくなっていくのがわかった。

 いやな予感がする。あれは人の魔力だ。人の魔力であるからこそ違和感を感じずにはいられない。だってそれは、今まで出会った誰よりも、フェジュネーブ王国最強と言われる師団長をも遥か上回る魔力だったから。


 ーー魔人。


 歴史上の戒めのように作られた存在、実在しないある意味での象徴か何かだと思っていたのに。その存在を感じてしまう日がくるなんて。


 ◆ ◆ ◆


「ーー私の隊からの報告は以上です」

「そうか。……確かに莫大な魔力を感じるな。そしてそれは今、この報告中にこちらに向かって動き出している」

「動いてるだと? 関知できねぇ俺にはさっぱりだ」


 砦にて報告をしていた同じタイミングであちらの魔力が動き新たな情報が団員に伝えられた。

 王国最高の魔術師、ジョシュア師団長。王国最高の騎士、ケイオス騎士団長。この二人がいればどんな魔物も恐れることはない、そう魔物は。


「にしても、騎士じゃなく魔術師を探索に向かわせたのは正解だったな。コイツら俺と同じで魔力の関知なんざ出来ねぇから、きっと見今頃空に輝く星になってただろうよ」

「それで言うとケイオス、君もアリシアの隊についていなくて良かったよ。君なんて関知云々でなく、館を見つけた瞬間に1人で突っ走るのが目に見えている」


 凛々しい眉を寄せ少し拗ねるような表情のケイオス団長は、筋骨粒々とした見た目に反して少し可愛くさえ見えてくる。いつも対等にいる二人だが、こんな何気ないやり取りでやっぱり師団長の方が年上なのだなと実感し、皆クスリと笑ってしまう。

 だが現実はそんな事を悠長に考えている状況ではない。あの魔力が何のためかこちらに向かっているのだ。


「師団長、発言をお許しください」

「許そう。アリシア、気になることでも?」

「館の魔力の主ですが、殺気のようなものは特に感じませんでした。その代わり、重くて淀んだ何とも言いがたい魔力を感じました。まるで何かに動揺しているような、そんなーー」

「動揺、か。もし仮にあの館の主があのタイミングで長い眠りから覚めたとしたら……関知したその魔力の解釈もあながち間違いではないのかもしれんな」

「でも師団長! もしそうだとして、そして主が魔人と言われる存在だったら、俺達に勝機はあるんですかっ」


 そう私を睨みながら最悪な展開を言葉にしたナフタック様は私と同じような立ち位置ーー所謂隊長職ーーにいる騎士だ。

 どうにも私は彼に嫌われているようで、身分制度に重きを置く彼からすると元孤児で6歳も年下の男爵令嬢に、伯爵家の次男である自分と同じ信用が有ることが気に入らないらしい。何より、彼よりも私の方が魔力量が多いのが一番の原因であるようだけれど。


「コイツが刺激したから主が動き出したんじゃないですか? 責任も兼ねて1人で偵察に行ったらーーっいってぇ」

「おーおー、お前は25にもなって何そんなガキみたいな事してんだよ。好きな子イジメんのは10歳前後で卒業しろ」

「誰がこんな孤児ーーうグッ」


 ーー今、ゴツって音しなかった......?


 ナフタック様にケイオス団長の鉄拳がヒット、周囲がクスクス笑っていることから、これが日常茶飯事な事が窺える。


「団に身分は関係ない。アリシアはその魔力量と才能から私が直接面倒をみて、19という若さでその任を課している。それはわかっているだろ、ナスタック」

「......はい、師団長。すみませんでした」

「ったく、毎回つっかかりやがって。ちったぁ年相応になれってんだ。アリシアも悪いな、勿論皆お前のせいだなんて思ってねぇから気を悪くしないでくれ」

「そんな、とんでもない。ありがとうございます」


 ギリギリと歯を食い縛りこちらを睨むナフタック様に苦笑を浮かべつつ、話しは本題へと戻っていく。


「あの、師団長。このままその魔力が動き続けたらどのくらいでこの街に着くのでしょうか」


 ノエルの質問に、皆の視線が師団長に集まる。


「……夕方だ。日が落ちる前にはこの街までくるだろう。速度的には歩いてるようのもだ。あの場所からここまでは、君たちが歩いてきた距離でもある。そんなに時間はかからない」


 この街ーーボルノは比較的大きな活気のある街だ。

 禁足地に近い街ではあるが、逆にいうと国境にも近いく、貿易商たちの休憩地点でもある。

 もしこの街に何かあったら私達の国は勿論、隣国であるルドルグス王国にも害が及び国際問題に発展することも考えられるのだ。


「まぁ、俺達で止める他ねぇよなぁ。存在は認めてはいないっつうけど、そんな万が一を想定しての俺達の派遣だろ? よっ、はじめまして、か? ん? 元気そうじゃねぇか! なんて会話できるわけねぇだろうし......刺し違っても止めねぇと、な」


 ケイオス団長の言葉に皆の強張っていた表情が少し緩む。

 得たいも知れぬ”何か”に挑む恐ろしさ、それは皆同じなのだ。そしてそれはこの国で暮らす人々を守るという想いも同様に。


「時間が惜しい。本件について指示を出す。騎士団の一部で街の人々を比較的安全な場所へ誘導、そのまま警護。上級騎士は戦闘へ備えケイオスの指示に従い準備配列。魔術師は属性により役割がわかれるが、聖属性は防御壁生成、サポート、ヒールに徹底。その他属性は遠距離中距離での攻撃を主とする。詳細は隊毎に伝える。以上」


 緊張が走る。

 それぞれの想いを胸に各隊が動き出した。

ご覧いただきありがとうございます。

感覚的には続プロローグ(笑)なのですが、月の夜2に続きます。

よろしくお願いします。

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