遠征 2
「お、助かるぜ。ありがとな」
「いえ、こんなことしかお役に立てずすみません」
「そんな事ねぇよ、男は単純で格好つけたがりだから、アリシア嬢はいるだけで役に立ってるよ」
クククと笑うグスタフ様の額に汗が滲んでいる。そこまで暑い時期ではないけれど、ここまでずっと歩いてきたのだ、湿度も合間って少しばかり汗ばんでしまうだろう。
遠征の時はもちろん湯浴みなんて出来ない、寝る前に魔法でだした水を溜めてタオルで体を拭いていた。でも今日はそれも難しいかもしれない。
テント1張りに数人で過ごすのだ。魔術師団で夜営をするときは女性も多かったので女性だけのテントも勿論あった。
この時代、討伐に聖女や聖人が同行する際には復数人いるらしく、そのときは1張りほどは女性用テントができるらしい。だが、今は状況が違う。この場に女は私だけだ。
今回は団長と副団長のテントに間借りすることになっている。そんなところで流石に服を脱いで体を拭くなんて出来るわけがない。
ーー後でこっそり服を着たまま魔法で水を頭から被って風魔法を使って乾かせばバレないかな。
「そうだ、こんな話をしに来たんじゃねぇ。アリシア嬢、水浴び行くぞ」
「へ?」
「汗かいちまったし、すっきりしたいだろ?」
「え、ええ、まあ」
「じゃあ決まりだ。タオルは……あーお前は風魔法で速乾か? ま、念のため持っていけ」
水浴びが出来ることは正直嬉しい、嬉しいが、団長様は私を同性かなにか思っているのだろうか。そう思ってしまうほどに水浴びに普通に誘われているようだけれど。
「あの、グスタフ様」
「ン?」
「私、野宿も遠征でのテントの割り振りも経験あるのでなんとも全く問題ないんです。ないんですが……その一応、女ではあるので流石に一緒に水浴びは……」
「……ぷっ、くく、はははは!!」
親しみやすいがグスタフ様は団長なのだ。
意見する事に申し訳なさと恥ずかしさが混ざり、切れ切れ伝えた言葉だったが、グスタフ様は一瞬だけポカンとした、まるで脳内処理が追いつていないような表情になり、次の瞬間にはそれを豪快な笑いで吹き飛ばした。
「ク、ククッ一緒に水浴びしてくれんのか? そりゃすげえ得点だ」
どうやら何かツボにはいったようで、どうにか笑いをこらえようと必死になっている。
「まあ、じゃあ、行くか、っ」
「行くか、じゃなです。団長、アリシアを揶揄うのはやめて下さい」
いつの間にかこちらに来ていたルシウス様が大きなため息をついた。
「アリシア、団長は水浴びが出来場所まで案内するだけだ」
「チっ、言うなよルシウス。アリシア嬢の反応が面白かったのに」
どうやらグスタフ様のおもちゃになるのは騎士様に限ったことではないらしい。
「実は以前にもここで夜営をしたことがあるんだ。その時、近くにちょうど良い場所があったんだ。先ほど確認したが近くに魔物もおらず使用できそうだったので、俺たちが使う前にと声を掛けたんだが……団長に任せたのが間違えだった」
すんとした表情でそんな話をするルシウス様が少し面白い。
「アリシア嬢が面白ェ勘違いをしたもんだから楽しくてな……ま、そう言うことだ」
「こっちだ、ついてこい」と先頭を行くグスタフ様の後ろをついていく。少し歩くと生い茂った木々を抜けた先にその場所があった。
半円を描くように覆われた岩壁から、糸のように白く水が流れ落ちている。その注がれた水が溜まり、その水が流れ川を形成している。
「わぁ……きれい」
「だろ? あの岩壁の奥辺りに信頼できる騎士を数人配置して魔物対策、通り道のこっちは俺かルシウスが野郎避けに番をするから安心して水浴びしてこい」
グスタフ様の言葉に、先ほどの勘違いした自分がとても恥ずかしく申し訳なくなった。
「あの、グスタフ様……」
「ン? どうした?」
「先ほどは失礼な勘違いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「気にすんなって、俺の伝え方も悪かったんだしな。でもまあ、ルシウスを見張りに立てて、一緒に水浴びしても俺はいっこうに構わないが、どうだ?」
グスタフ様はニカっとした笑顔を私に向けた直ぐ後に、今度はニイっと口角をわざとらしく上げてスシウス様を見た。
「はぁ……団長、冗談言ってるくらいなら信頼に足る忍耐力をもった騎士を教えてください」
「ちぇ、つまンねぇ男だなお前も。おい、アリシア嬢、恋人役こんなんでいいのかー?俺がかわろうか?」
その瞬間キっとルシウス様の睨みが入り「おー、怖い怖い」と、結局何だかんだ楽しそうで仲良しな二人を見るのが、私としても楽しくあることは内緒だ。
「ふふ、楽しそうな所申し訳ないのですがいいですか?」
その言葉に、ルシウス様の眉間にシワが寄ったのが見えたが、少し面白かったので見なかった事にして話を進める。
「色々お気遣い頂きありがとうございます。ただ騎士様も忙しいなかお仕事を増やしてしまっては申し訳ないので、魔物の警戒の件に関しては私が障壁を出せるので問題ないです」
「障壁? 聖人達が使う光の盾のようなものか?」
「光の盾は存じ上げないのですが……障壁は、うーん……あ、やってみるのが一番ですよね」
手早く練り込んだ魔力を内側から外側に大きく壁のように広げるイメージ。前方へ伸ばした両手を魔力を広げるように左右に開く。
ーーウォール
微かにキィィィンと甲高い音が聞こえた。
この場を取り囲むように障壁を張ったので高位魔物でない限りはこの障壁の中には入ってこれないだろう。もし万が一そんな魔物が現れたらかなりの距離でも魔力関知できるから心配はない。
「今、障壁を張りました。一応この場所には魔物の類いは近づけません。高位魔物ですと破られる可能性もありますが……現時点で関知できないので可能性として低いかと」
「関知って、おい、アリシア嬢も関知できるのか?」
「ええ、実は」
言っていなかった事を思い出し、ぎこちない笑顔になる。そういえば、グスタフ様も魔力関知ができる方だった。
「騎士様達の水浴びの時もこのまま障壁を張っておきますので、体を休める時間で活用ください」
「そうか、ありがたく使わせてもらう」
「うっしゃ」と小さく気合いをいれたのはグスタフ様だった。ぐっと延びをすると、ルシウス様に向き直る。
「そんじゃ、ここを守る騎士はお前だな」
ルシウス様の方にポンと大きな手が乗った。
「重大な役目だぞ。恋人の白い肌を野郎共に見せるわけにはいかねェだろ?」
「分かってます、きちんと見張るので団長はテントへ指示を出しに言って下さい」
あっさりと返された言葉に「ちぇ」といそいそと戻る姿を予想してたのだが、今度のグスタフ様は諦めが悪いらしい。
「いや、分かってねェな。飢えた野郎の視界に一瞬でも入ってみろ、夜ソイツの頭じゃあ……ーー」
途中、グスタフ様は顔を寄せ小声で耳打ちをするように話し出したので、よく聞き取れないが、きっと下らないことを言ってどうにかルシウス様を揶揄い反応を楽しみたいのだろう。
成功か否かは分からないが、なんだかルシウス様の表情が固くなる、気のせいか少し頬が赤い気がする。
「ーーってわけだから、しっかりこの場を守るんだぞ? ……ま、お前にも言えるがな」
明らかに悪い顔をしているグスタフ様を突き放すように、ルシウス様が片手で熱波を出した。
「あっち、危ねェ!」
「団長、部下が待ってますよ。早急にここを離れた方が身のためです」
「クク、へいへい。そんじゃァまあ、ごゆっくり」
ひらひらと振られた手に「ありがとうございます」とお礼を伝えた。
結局団長に遊ばれた結果になったルシウス様が大きく息を吐く。
「アリシア。俺はこのまま少し先の茂みの前で他の騎士達が立ち入らないように見張りをするので、済んだら声を掛けてくれ」
「ありがとうございます」
「それと……俺はもちろん背を向けているので、安心してほしい」
ルシウス様の頬か赤い。きっとグスタフ様に揶揄われたの引きずっているのだろう。
なんだろう、失礼なのは分かっているが、あまりにも可愛くて少しだけ、と悪魔が囁く声がした。
「あの、よかったら、ルシウス様もご一緒しますか?」
「っ!」
「ふ、フフっ」
「……アリシア嬢」
「ごめんなさいっ、ふふ、その、怒らないでくださいね? だって、ルシウス様が、あまりにも可愛くて、ふふ」
「かわっ……はぁ。そのような話はいいので、早く入ってきなさい」
「はい、見張り、よろしくお願いします」
「ああ」
頬を染めながらもしょうがなさそうに微笑んでくれる。そんなルシウス様の笑顔も好きだな、そう思った。
お読み頂きありがとうございます。
ルシウス、可愛い男です。
X:@sheepzzzmei