閑話 揺らめく色 ルシウス視点
「ルシウスの色を身に付けろ」
陛下がそれを発したその瞬間は、わからないと言うよりは思考自体が働いてなかった。
だが直ぐに止まった脳は動き出したし、その後の陛下の言葉でその理由も理解は出来た。
彼女はあまり気付いていないようだが、稽古を見に来たあの日から……否、アリシアの救出した時から部下達の中には彼女を少し意識しているものもいるようだ。
綺麗な面立ちをしているのは勿論だが、話してみて感じたのはあの物腰柔らかな見た目に反してしっかりとした意志を持っているという事。突如未来に飛ばされ不安ばかりであろう現状に負けず凛と強く立っている。そんな内側からくる魅力と言うのだろうか。
一般的に言う女性らしい体つきをしているのも男の目を引く理由の一つだろう。
ふと浮かぶ浴室でのアリシアの姿。水か滴る髪の毛、服が張り付き強調された体のライン、胸の膨らみ……ーー。
陛下の書斎で何て事を思い出しているのか、急激に上がってきた熱を誤魔化すために慌てて咳払いをした。
「どうした、ルシウス」
「いえ、なんでもありません」
「本当か?」
唇を少し上げ、殿下が揶揄うように笑う。
「……先ほどアリシアに私の色を身に付けろと、殿下がそう言っていたことを考えていて」
「ほう。どのようなことだ」
ここで、アクシデントで見てしまったアリシアの姿の事などバカ正直に話したものなら、殿下の良いおもちゃだ。もちろん、言うわけがない。
「色を身に付けるとなると、何が良いのか、と」
これは嘘ではない。
実家からは結婚しろ相手を連れてこいと散々催促されていた。さすがに25にもなると両親の圧力も増してくる。
母の参加した茶会などでそのような話しになるのかは知らないが、最近やたらと令嬢達から声をかけられるのだ。仕事中にも関わらず、声をかけてくる彼女達には少しまいっていた。
勿論好意を持って接する相手なんて特別いるわけでもなく……。
そんなこともあり、女性に自分の色を身に付けてもらった事などないのだ。
「なに、難しく考えるな。そうだな……一番良いのはアクセサリーだろうか」
「ネックレスなどですか」
「エメラルドのついたネックレスか似合うだろうな。それに……ネックレスは輪になったその形から”永遠の愛”や”独占”なんかの意味合いでとられることも」
「ネックレスはやめておきます」
「そう遮るな。耳が赤いぞ」
「……」
結果、殿下が「アリシア嬢は可愛いからなんでも似合うだろう」と無責任なことを言い放ち、この会話は終わったのだ。
アリシアを部屋に迎えに行くと、彼女が出掛ける準備をしているため部屋の扉の前に護衛としてジョエルが立っていた。彼は令嬢達からの人気がかなり高いようで、それなりに関わりがあるように思える。彼なら何か良い案が聞けるかもしれない。
「ご苦労様。アリシアはまだ準備中か」
「お疲れ様です。ええ、もうすぐ準備が終わるかと」
「そう、か。……聞きたいのだが……ジョエルが令嬢にアクセサリーを贈るときはどんなものを贈るんだ?」
「アクセサリー、ですか? ……贈ったことないですよ?」
「……一度もか?」
「はい。……え、副団長、私をなんだと思ってるんですか。本命には意外と一途なんですよ」
その綺麗な顔でクスクスと笑う。
「後にも先にも、私が贈りたいと思ったのはただ一人です」
少し悲しそな笑顔に見えた。奔放そうに見える彼にも、何か事情があるのかもしれない。そもそもジョエルも……
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
扉が遠慮気味に開いた。
部屋から出てきた彼女は、妃殿下に借りた服を着ている。さすが妃殿下と言うべきだろうか、とても似合っていた。そのまま二人で街へ向かった。
必要なものを揃え最後に向かった店は妃殿下が教えてくださった場所だ。
そこで店員にエメラルドを使ったものをお願いしたのだが、並べられたアクセサリーの中のイヤリングに何故だか凄く心引かれたのだ。店員に声をかけ、アリシアにつけてもらう。
「あの、ボルド様いかがでしょうか?」
シンプルなデザインのイヤリングだ。
彼女の肌や髪色と合わさり、とても美しい。こちらを見つめる彼女の耳元で揺らめくエメラルド。
「や、やはり私には」
「似合っている……すまない、見惚れてしまった」
「みとっ、え、あっ、ありがとうございます……」
らしくないことなんて自分でわかっている。だが、そのときは本当に強く思った、彼女にこれを身に付けて欲しい、と強く。
「アリシア、もし良ければこのイヤリングは、俺から贈らせて欲しい」
そう伝えると、恥ずかしそうに頬を染め睨んできた彼女があまりにも愛らしく、自分にもそんな事を思える気持ちがあることに心が緩む。
その後は日々の仕事に追われ気がつけばもう陛下への挨拶の日だった。
謁見でなくパーティーだと知らされ、恋人のふりをすることになった。普段ならば心底面倒だと思うようなことだったが、相手がアリシアだからだろうか、そのような感情は一切沸いては来なかった。
挨拶はほんの数分だった。
ただそのたった数分で、この先の彼女の人生に関わるとても重要な事項が告げられたのだ。
挨拶が終わり、その場を離れるその時まできっと色んな感情を圧し殺していたのだろう。
「……アリシア、平気か」
このような言葉しか掛けることが出来ない自分が腹立たしい。
いくら剣が使えても、魔力があっても、気のきいた言葉一つ用意できない。
苦しそうに笑顔を作った彼女の瞳から涙が溢れ頬を伝う。
平気なわけがない。誰一人と自分の事を知らない場所に、突然、何の理由もなく放り込まれたのだ。今までだって、きっと不安だったはずだ。それでも、一人で耐えていたのだ。もとの場所に戻れることを信じて。
今日その希望すらも消えてしまった。
「すみません、直ぐ止めますから」
「無理をするな。俺を頼ってくれないか。アリシアの力になりたい」
マントで彼女を隠し、そっと彼女の目元を拭った。驚いたように見開いた瞳は、潤み光を受け、まるでアクアマリンのようだった。
その揺らめきがゆっくりと弧を描く。優しく、そしてとても綺麗に。
「ありがとうございます」
「ルシウス」
アリシアの言葉が切れる瞬間だった。俺を呼ぶ声に振り替えると、そこに立っていたのは俺の家族だった。反射的にアリシアを庇うように、彼女の前に立つ。
「珍しく殿下の護衛じゃないと思ったら……ほう?」
二番目の兄がニヤニヤと楽しそうに話しかけてくる。陛下への挨拶を優先としてたため、家族にアリシアの事は話していない。
過去からきたというのは勿論極秘事項なのだ。家族であっても話すことは出来ない、アリシアには悪いが恋人として紹介する他ないだろう。
「おい、早々にルシウスを揶揄うな。それにまだ関係を聞いてもいないだろう? 何よりご令嬢にも失礼じゃないか」
「まぁ、そうですが……でも、あのイヤリング」
俺の後ろから少し見えたアリシアの耳元に光るエメラルドグリーン。これに反応したのは兄さん達だけではなかった。
揺れるその色に一番の反応を見せたのは……母だ。
「まぁ! まぁまぁっ! この色は、そうなのよね、ルシウス!!」
ずずいとアリシアに近づき、彼女の手を握りその勢いのまま目を輝かせながら俺に話しかけてくる。
ずっと相手がいないと思っていた息子が、自身の瞳の色を身に付けている女性を連れているのだ。結婚結婚という言葉を呪文のように唱えてた母からすると、さぞかし喜ばしい事だろう。だからといってアリシアを置き去りにするのはどうだろうか。
「母上、アリシアが驚いています。手を放して頂けますか」
「あら、やだ、私ったら。嬉しくてつい! ごめんんなさいね」
「い、いえ」
にこにこと笑顔の母が適切な距離に戻る。その隣に父が、そして兄たち2人も並んだ。
アリシアが不安そうにこちらをチラリと見上げた。恐らくは家族にまで設定通りに話すのか否かを迷ってるのだろう。
「ご挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ございません。私はアリシア・マリージュと申します」
「まあ、察しの通り、俺の」
「恋人なのね!」
顔の前で両手をあわせ、嬉しそうに母が言った。
「ええ、はい。紹介が出来なかったのは少し事情があり……陛下への挨拶のあとにと考えておりました」
「嬉しいわ! ルシウスはこのまま独身でいるつもりかと思って心配してたの。家の力でどうにかしようとしても本人が全く興味ない物だからお手上げ状態で……本当にありがとう、アリシアさん!」
「い、いえ。そんな事は……でも、あの、家の力と言うのは……?」
母と兄達の視線が俺に向く。
アリシアと出会ってから今まで、俺は騎士団の副団長という位置付けだ。それは勿論間違いないのだが伝えてない事があるのも確かで、そのまま家族から視線を反らしアリシアを見る。
何の事? と全力で訴えてきている、そんな気がした。
「まさかと思うけど、ルシウス貴方……なにも伝えてないの?」
「……アリシアとは騎士として出会ったので。それに俺は三男です、これからも騎士ですので」
母が盛大なため息をつく。
兄達は「ルシウスらしい」と笑っていた。
ここにきて、今まで母を見守っていた父が漸く話し出した。もちろん、普段と変わらず穏やかな笑みを浮かべて。
「アリシアさん、ルシウスを選んでくれて本当にありがとう、親としても危機感を持っていたので本当に嬉しいよ。ルシウスは騎士だ、それは間違いないのだが私の息子でもある。だから、彼のためにも正しく名乗らせてくれ。私は現ボルド公爵、ネイサン・ボルドだ」
いつか何処かで知ることだろう、そのように考えていた。
公爵家は上の一番のレオポルド兄さんが次ぐ、それを支えるのは次男のフィリップ兄さんだ。俺は公爵家の生まれではあるが、既に一人の騎士として自立しているつもりだ。
何より、アリシアとの関係は言ってしまえば偽装である。実家の爵位などあまり関係ないと思っていた。
「え、こうっ、公爵様。大変失礼致しました、私は」
「大丈夫よ、名乗ったからと言って上下を示したかった訳じゃないのよ。ただ、貴方を、アリシアさんを正しく我が家に歓迎したかったのよ。だって家族になるんだものっ」
「かぞっ、母上、婚約もまだなのに気が早すぎます!」
気を急いた母の発言に慌ててアリシアに視線を移すとあからさまに頬を染めている。それでも尚、攻め込む母に眉を下げ困ったように笑った。
「ゾフィーよ止めないか、アリシアさんが困ってるじゃないか。……でもな、私も妻も、そしてここにいる息子達も、家族になれたら嬉しいと、そう思ってる事は信じて欲しい」
「……ありがとうございます」
赤く染まった頬の側で揺れる鮮やかな緑。
返事をしたアリシアの表情はとても穏やかで、とても嬉しそうに見えた。
そんな彼女の表情が胸に染みて、苦しくなるようなそんな気持ちになる。
彼女の助けとなりたい、穏やかな笑顔を守りたい。
そう強く思った。
お読み頂きありがとうございます。
実はこのお話、投稿ミスで8/26の21:25頃にフライングしてしまいすぐに消しました。
使い方が未だにわかっておらず、ご迷惑おかけしました。
この閑話をもってアリシアがこの時代に生きていくという決意か決まり一端の区切りです。
次からは現代を生き始めた彼女の話が始まります。
ブックマーク、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!
X:@sheepzzzmei
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