王への挨拶 3
あの後、ある程度の質問に答える為の設定の擦り合わせ等を行った。多少の真実を混ぜると信憑性が上がるだろうとの事で、全てが嘘でないのがありがたい。1から作った設定なんて覚えられる気がしなかった……もちろん口にはしていない。
設定はこうだ。
私は8年前にエルダジア帝国に吸収された今は亡き国、アスティアナ王国の男爵令嬢アリシア・マリージュで、年頃になり聖属性であることや魔力量等に目を付けられ、エルダジアの貴族に吸収されそうになった。直前で逃げ出し、雇われの悪漢に追われ気付けばフェジュネーブの領土に入っていた。そして悪漢に捕まって絶体絶命な私を助けたのがルシウス様。その際怪我をしたルシウス様を治療し、保護される中で仲を深め想いを通わせた……というものだ。
陛下には、殿下から事情を話して下さっているとの事。さすがに陛下を騙すわけにはいかない。
「よろしく、アリシア」
「はい、お願いします。ルシウス様」
エスコートされながら、豪華な装飾が施された扉を潜る。
高い天井からキラキラと輝く大きなシャンデリアが室内に光を注いでいる。これも魔道具なのだろうか、蝋燭の灯りのようなゆらゆらしたものではなく、文字通りキラキラ輝いているのだ。
広い会場に色とりどりのドレスがヒラヒラと揺れ、その隣をエスコートの男性が誇らしく歩いている。美しく着飾った自分のパートナーが自慢なのだろう。
もちろん、全員にパートナーがいるわけではない。男性同士で集まって、意中の女性とのきっかけを伺ってるような者もいれば、完全に壁の花と化してる女性もいる。私も壁の花に徹するのが一番だったのではないだろうか、なんて思ったが、こんな素敵なパーティーにエスコート付きで参加するという貴重な経験は今後ないだろう。そう考えるとルシウス様には感謝しかない。
ビュッフェスタイルで、会場の両サイドに美味しそうな料理も並んでいる。ブドウ数粒で本日ここまで乗り切った私からすると、全ての用事か終わった暁には必ず立ち寄りたい場所である。
「昼前から準備だったと聞いている、あとで何か取ってこよう」
あまりにも視線を送りすぎたのか、ルシウス様に考えが読まれてしまった。食いしん坊レッテルを張られてしまうのは恥ずかしすぎるが、実際お腹はすいているのだ。小さな声で「お願いします」と答えておいた。
チラリとルシウス様を見上げると、口をおさえ小さく笑っている。
そしてここでやっと、回りの視線に気付くようになったのだ。クスクスと笑うルシウス様の姿を見たのはもちろん私だけではなかったわけで、未婚令嬢から小さくではあるが声が上がっている。
内容は表情の事や、隣を歩く私の事。後者に関しては良い内容でないものが殆どだが、それははじめからわかっていたことだ。
とりあえずは、令嬢スマイルを張り付けて会場の中心部分まで歩いていく。
ふと、向いから歩いてくる女性に目が止まった。
ふわふわで柔らかそうなピンクブラウンの髪の毛。ブルグレーの瞳。ルイーゼ様とはまた違ったタイプの美女がにこりと微笑んだ。
ルシウス様と私の前に立ち、綺麗なカーテシーをしてそのぷっくりとした唇からは優しい声がうみ出される。
「ボルド様、お久しぶりでございます」
「ああ、ミランダ嬢。いつもご助力頂き感謝する」
「どんでもないことでございます。それが私共聖女の役割にございます」
「ありがとう。遅くなってしまったが……紹介しよう、アリシアだ」
一瞬詰まってしまったようだが、どうにか持ち直している。
にこりと優しい微笑みを向けられ、余りの美しさに見とれてしまいそうになるも慌ててあいさつを返した。
「お初にお目にかかります。私はアリシア・マリージュと申します。どうぞ、アリシアとお呼びください」
「はじめまして、ロレーヌ伯爵家が長女ミランダです。私の事もミランダと」
互いに目が合いにこりと微笑むと、とりあえずのあいさつは終了だ。
先程”聖女の役割”と言っていた。だとすると、彼女も同じ聖属性なのだろう。それだけで勝手に親近感が沸いた。
「あの、つかぬことをお伺いしますが……お二人は、その、恋人でいらっしゃいますか?」
そのワードに緊張からか、はたまた嘘をつく罪悪感からか、体に少し力が入った。このような質問を想定して設定を作ったのにすぐに言葉が出てこない。
「ああ。本日初めて陛下にあいさつに上がるのでしっているものは少ないが」
「そうでしたか。とてもお似合いなお二人ですね。アリシア様、イヤリングとても素敵です。デザインも色もアリシア様にとてもぴったりで……ボルド様が贈られたのですね?」
「ありがとう存じます。はい、ルシウス様から頂きました」
右手で優しくイヤリングに触れると、エメラルドグリーンが小さく揺らいだのがわかった。
「ふふ、普段表情があまりぶれないボルド様がそんな表情をされるなんて……想われてますね、アリシア様」
揶揄うような笑顔を向けられ、ルシウス様に視線を移すと「こちらを見るな」と顔を背けられてしまった。でも、私から見えているルシウス様の耳は真っ赤だ。
「それでは、私はこれで。アリシア様、きっと近くまたお会いできると思います。またお話お聞かせくださいね」
「はい、よろしくお願いします」
クスクスを可愛らしく笑ったミランダ様は挨拶に向かうようで「失礼します」と去っていった。
表情、姿勢、言葉遣い、全てが一流のご令嬢で、自身の受け答えのレベルの低さを思い知る。これこそが社交慣れしている本物のご令嬢なのだろう。
ふと、立ち居振舞いなど教育に置いて国で一番であろう女性、ルイーゼ様の姿が浮かんだのだが、素を知ってしまった身としてはなんとも言いがたい気持ちになる。
それにしても、ミランダ様を何処かで見たことがある気がする。もちろん、本日この時間にいたるまで、ルイーゼ様以外の貴族女性とは接触してないはずだ。
否、ジョエル様に連れられて行った騎士様の稽古場で、ジョエル様ファンであろう女の子たちと少しだけ話した事がある。でもあの時の子達の中に、あんなに素敵なピンクブロンドは居なかった。
「どうした? 考え事か?」
「いえ、ミランダ様をどこかで見たことがある気がして……」
私はルシウス様のエスコートで再び歩き出した。
「どこかで、か。もしかすると、稽古場かもしれない。たまにだが稽古場に来ていると部下が話してた気がする」
稽古場。一度しか行ったことがないけれど、あのときは見学よりも緊急事態の印象が強すぎるのだ。
それに、ミランダ様は聖女だと言う。もし稽古の見学にいたのだとすれば、あの場にて治療に当たっていたのではないだろうか。
遡って記憶を辿り、稽古場の見学席を思い出したその瞬間、にこりと向けられた笑顔がよみがえる。
「あっ、稽古場の見学席の後方にいた素敵な女性……きっとミランダ様だったんだ」
「それはこの間のヒールを使ったときか?」
「そうです。私が見かけたときに後方の位置にいらっしゃったので、もしかしたら事態が起こる前に帰られてしまっていたのかもしれませんね」
王族の席が見えてきた。
正面にお掛けになられているのが陛下だろう。この時代の陛下は私の時代のヴァレリス陛下よりもお若いようだ。
短めに整えられた口元と顎の髭。少し長めの髪の毛は一つに結っていた。
国王陛下には適切な表現ではないことはわかっているけれど、ケイオス団長をもっとハンサムにして素敵なおじさまにした、雰囲気がそんな感じがする。もちろん口が裂けても言わない。
隣の王妃様もてともお綺麗な方で、立派に成人して結婚している子供がいるなんて、言われても疑いたくなる程だ。
立ち止まる、殿下と妃殿下も優しく微笑んでいた。
ルシウス様が挨拶をする。いよいよ私の番だ。
「国王陛下並びに王妃様にご挨拶申し上げることお許しください」
「許そう」
「お初にお目にかかります。私はマリージュ男爵家が長女、アリシア・マリージュと申します。本日はこのような場を頂きましたこと、心より感謝申し上げます」
「話しは息子から聞いているよ。私はマグナス・ド・フェジュネーブ、そして妻のアウレリアだ」
王妃様がにこりと微笑んだ。
「報告のあった先の出来事について、礼を言わせてくれ。あの者達が、今も変わらず国を守っているのは貴方のお陰だ。本当にありがとう」
「そんな、とんでもないことでございます。偶然居合わせて、偶然聖属性魔術師だったというだけで……」
「だとしても、その力を騎士達に使って下さったのは本当に感謝しているのですよ。だから、是非ともお礼の言葉受け取って欲しいの」
陛下と王妃様の優しさが伝わってくる。
私としては本当にたまたま居合わせて、そして私自身が聖属性魔術師だったというだけの事なのに。
「身に余るお言葉、ありがとう存じます。あの時お役立てたことを嬉しく思います」
殿下から聞いていた”挨拶とお礼”の任務もこれで終わりだ。この後は特質して立てられている予定もない。このまま挨拶を終え、ホールの端の方にでも移動しよう、そんなことを考えていたのだが、ルシウス様が移動する様子を見せない。
不思議に思い殿下の方へ視線をやると、なんだか気まずそうに眉をしかめている。
「……マリージュ男爵令嬢としては、意図してこちらへ来たわけではなかったと聞いている」
陛下がゆっくりと話し始めた。
「気付いたら”見知らぬ場所”にいて、何もかもがわからぬ状態であったろう」
先程まで笑顔だった陛下はいつのまにか真剣な面持ちになっており、殿下同様少し気まずそうに感じる。
「本来であったら、直ぐにでも元の居場所へ帰してやりたいのだが……既にかなりの時が経ち、今の私の力ではどうすることもできん。……書物を調べているという話しも文官から聞いている。私としてもなにか手だてがないか、私の調べられる範囲全てで調べさせたのだが、何も手がかりとなるものはなかった。申し訳ない」
この場には沢山の貴族がいる。
私たちが陛下と話しているからといって、近くに人がいないわけではない。
だから私は”亡国の男爵令嬢”なのだ。そして、陛下の力をしても、もうそこには戻れないのだ。
息を飲んだ。図書を調べているときに何となく感じてはいた。あの時代でも存在を確認できていない時間の転移魔法を、マナのコントロールすら消えたこの時代で再現できるのか……どう考えても否だ。
それでも、もしかすると古い書物には何か手がかりがあるかもしれないと調べ始めたのだけど……陛下が調べられる全てであれば、私が見ることのできないものも含まれているはずだ。それでも手がかりがないと陛下は仰せなのだ。
小さくゆっくりと息を吐いた。王族特有の碧眼が申し訳なさそうに揺れる。
「お調べ頂きありがとう存じます。心よりお礼申し上げます。そして、お手間を取らせてしまい、大変申し訳ございません。……私としても、薄々は気付いていた事でございます。陛下のお許しを頂けるのであれば、”この場所で”生きていこうと、そう思います」
「ありがとう、もちろんだ」
「ありがとう存じます。これからも、この国の民としてどうぞよろしくお願い申し上げます。……それでは、御前失礼致します」
再びルシウス様にエスコートされて歩きだした。探していた結果が出たすっきりとした気持ちと、淡い期待が消え去ったなんとも言えない気持ちが混ざり合う。
「……アリシア、平気か」
「すっきりしてると思うんです。でも……やはり少し悲しいと言いますか……元は孤児でも男爵家に引き取られて家族が出来たので……」
お父様もお母様も優しかった。大好きだった。
ジョシュア様も、私に沢山の事を教えてくれた。同世代の令嬢達とはそんなに交流はなかったけれど、魔術師団の皆とはとても仲が良かった。ノエルとは年も近く姉妹のようだった。私の事を隊長と慕ってくれる部下だって居た。
ケイオス様ともよくお話した。騎士団の皆は気さくで優しくて、ナフタック様には嫌われていたようだけれど、それでもたまに話しかけて下さったりもした。
目頭が熱くなる、流れそうになる涙をぐっと堪える。
こんな場所で涙を見せてはいけない。
わかってはいるものの堪えきれずに、一筋の涙が頬を伝う。
まずい、そう思った瞬間ふわりと視界が狭く覆われた。
ルシウス様がマントで私を隠してくれている。
「すみません、直ぐ止めますから」
「無理をするな。俺を頼ってくれないか。アリシアの力になりたい」
大きな手が私の目元に触れ、優しく涙をぬぐった。
心臓が跳ねる。見上げた彼の表情が優しすぎて、眩しかった。
この時代で生きよう。
再び魔術師として生きれるだろうか。
役に立ちたい。
また騎士様と並び戦い、この国の支えとして生きていきたい。
……そう心から思えた。
実は他にもいれたい話があったのですが、このページだけで1万文字近くになってしまいそうだったので、いれたかった内容は簡単に次のお話に含めようと思います。
お読みいただきありがとうございました。
次はルシウス視点の閑話です。
追記。
こっそりX始めました。
@sheepzzzmei よろしくお願いします。