王への挨拶 2
ボルド様は騎士の正装だ。
なんだろう、目が離せなくなるようなそんな感覚になる。騎士様の正装はケイオス団長やナフタック様達で見たことはあった。その時に”かっこいいな”と思ったのも確かだ。でも、ボルド様の場合、格好いいのはもちろんだけど、なんだか落ち着かなくなってしまう。
そんなことを考えてる間も目はあったままで、恥ずかしく緩みそうな表情を誤魔化すために微笑もうとしたが、抑えきれずに照れ笑いとなる結果だ。
「ルシウス。アリシア嬢に伝えることはないのか? お前のパートナーだぞ」
殿下の呼び掛けにようやくはっとした様子のボルド様。ぼーっとしていたことを誤魔化すように咳払いをした。
「アリシア、その……一緒に選んだドレスも似合っていたが、今日のその姿もとても綺麗だ」
「ありがとうございます。ボ、ボルド様の正装姿もとても格好いいです……」
なんだろうすごく恥ずかしい。心臓の音がうるさい。ボルド様だって耳が真っ赤だ。
男爵令嬢ではあるが魔術師として城に上がることが殆どだった私だ。めかし込んで城に向かうなんて片手で余裕で足りる程度だ。ボルド様も同じではないだろうか、騎士として城にいる事が日々で、正装してそれもエスコートまでしながらというのは中々ないだろう。
耳元で揺れたイヤリングが彼の色だと思い出し、頬が熱くなってくる。
「そなたら、それで恋人のふりができるのか?」
「あら、良いではないですか! とても初々しくて見ていてきゅんとしてしまいます」
「……へ?」
熱を逃そうと必死になっていると聞こえてきた殿下達の会話。ちょっと、否、全くわからなくて間抜けな声を出してしまった。
そもそも違和感はあったのだ。
謁見なのにボルド様の色を身に付ける事、夜からと予定された事、当日にこんなに気合いをいれてめかし込まれた事。
「あの、謁見、なんですよね?」
「謁見? そんな事は言ってない。”挨拶”と言っただけだ。そんな堅苦しいものではない。本日の社交パーティーで陛下が騎士達を助けてくれたお礼を伝えたいと言うだけの内容だ」
それはそれで大した内容だと思うのだが。
「私が言うのもなんだが、陛下ーー父上は気さくな性格をしていてな。あまり堅苦しいことは好きではないようなのだ」
「国民の事を思い政治を行う、とても素敵な国王陛下なの。もちろん政治だから派閥はあるけれど、取るに足らない少数。そのくらい人望があるのが陛下なのよ」
陛下が素晴らしいという情報は、わかった。でも違う、今私が知りたいのは国の事でなくて、この状況だ。
「あの、1つよろしいでしょうか」
「ああ、なんだ?」
「先ほど仰っていた、恋人のふりというのは一体……」
殿下に質問を投げ掛け、ボルド様を見ると恥ずかしさをかみ殺したような表情をしている。
一緒にお買い物をしたときに、ドレスも選んだのだ。少なくともその時はボルド様もこの事を知らなかったのだろう。その後どのタイミングかで認識の修正がされ今日に至るのだ。もしかしたら、私と同じく今日まで知らなかった可能性もある。
「アリシア嬢、そなたには言ったつもりだが? 自身を客観的に見るべきだ、と」
「あの、客観的に見て古代聖魔術師の男爵令嬢なので……強いて言うなら”古代魔術”が使えます」
事実を述べると、呆れた顔の殿下がこれでもかと盛大なため息をついた。
「教えてやろう。ルシウスがあのように見入っているのは俺が知るかぎり初めてだ」
「殿下」
「事実であろう?」
何やら企んでいるように広角を上げニヤニヤとボルド様に視線を送っている。ボルド様は口を固く結び視線を反らした。
「そういう訳だ」
……どういう訳だ。
理解ができなくて眉間にシワが寄りそうになる。殿下の前だ、とどうにか抑え、あまり理解できないことを令嬢らしく匂わせる。
「まだ伝わらぬか。簡潔に言えば、アリシア嬢、そなたは」
「とっても綺麗だし、可愛いのです!!」
殿下を遮りルイーゼ様の熱の籠った声が響く。
「柔らかなオリーブベージュの髪の毛、愛らしい目元、女性らしい体つきに細い腰、形の良い唇から奏でられる可愛らしくも芯のある声! こんなに整った容姿の女性が男性に放って置かれるわけがありませんわ! このようなスタイルを日頃は魔術師のローブで隠されていたのでしょう? 普段からとても素敵なのに、着飾ったときのアリシアの見た男性は一発で虜ですわ!」
ルイーゼ様のこのテンションには殿下も敵わないようだ。苦笑で見守っている。
すごく褒められているが、目の前に絶世の美女がいるのだ、あまり入ってこない。
「あ、ありがとうございます」
「んもうっ、アリシアったら信じていませんわね! 本当にとても綺麗で可愛いのよ! ね、ルシウス!」
「あ、ええ」
ボルド様。巻き込んでごめんなさい。
「アリシアは未婚の19歳。近づこうとする男性がたくさんいるはずよ。だからこそ、ルシウスの色を身に付けて親密さをアピールすれば虫除けになるでしょう?」
ああボルド様、本当にごめんなさい。
きっとそんな事をしなくとも全く問題ないような事に巻き込んでしまい申し訳なさが募る。
この社交以降は多数の人にボルド様と私は恋人だ、もしくはそのような関係だと思われることになるのだ。それを了承で受けているとすれば、以前ジョエル様が言っていたようにボルド様には婚約者はいないのだろうけど、いくら殿下からの指示でも、もし想い人がいた場合その相手にも勘違いをされてしまう可能性はないのだろうか。
「ボルド様、なんだか巻き込む形になってしまい申し訳ございません。……その、もしも想われる方がいるのであれば誤解を与えてしまいますし、無理はなさらないで下さいね?」
「大丈夫だ、そのような相手もいないので問題ない」
「そうですか、では……あの、よろしくお願いします」
「ああ」
なんだろうこの気まずさは。恥ずかしすぎる。
これから、エスコートされて何か起きれば恋人として振る舞うことになる。自慢ではないが、恋人なんて居たこともないのだ。どんな振る舞いをしたら良いのか全くわからない。
「お互い確認ができたところで、アリシア。回りに恋人のように思わせるためにも、ルシウスの事はお名前で呼ぶことよ」
「そうだな。親密さももちろんだが、ボルドと呼ぶとルシウスの家族もボルドなのだから会った時にややこしくもある」
もっともな事なのだけど、後半が気になってしまい落ち着かない。
家族が”ボルド”なのはわかるのだけれど、会ったときに、とは。社交パーティーに呼ばれるのは貴族だ。王族の開くパーティーに呼ばれると言うことは、かなり上流階級の家だと認識しているのだが、そうではないのだろうか。あとで本人に聞いてみるのが一番早そうだ。
「では、そのように。改めまして、本日はよろしくお願いいたします、ルシウス様」
「ああ、よろしく頼む、アリシア」
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