稽古場の見学 2
「魔物か!!」
駆けつけたグスタフ様がそう叫ぶ。その問いに対して軽傷の騎士が首を振った。
「いえ、隣国の者かと。数人でひとつの魔術具に魔力を注ぎ、見慣れない魔法を発動しました」
「見慣れない?」
「ええ、火水土風聖どの属性にも当てはまらないもの、克つ威力も桁外れで……ただ、未完成だったようで暴発状態であちら側はほぼ全滅、こちらは……重体者多数」
未完成品の暴発だと、吐き捨てるようなグスタフ様の台詞が聞こえた。
聖人や聖女と呼ばれるものはまだ到着してないようだ。彼らの到着を急く声が聞こえている。
突然のことに呆気にとられていた自分にはっとした。聖人聖女と耳慣れない言葉が飛び交ってはいるが、実際の所”聖属性魔法が使える者”を呼んでいるのだ。そして私はその力がある。
「あの、グスタフ様!!」
突然現れた古代人が治療をしても良いものか、そんな事はよくわからない。でもわかることもある、私は負傷者を救える。
「私じゃダメでしょうか。聖属性魔法、使えます」
「……手伝ってくれるか、ありがたい。聖女達が来るまでの間、アリシア嬢1人だ。魔力的に辛いだろうが重体者から頼む」
「問題ありません!」
グスタフ様の後ろを小走りで付いて行き、待機していた場所から離れる。先ほど遠ざかっていった呻き声が、また近づいてきた。
負傷者の並ぶ部屋に入ると、指揮を取っていたボルド様が駆け寄ってくるのが見えた。
「団長、負傷者は一旦全員こちらに」
「わかった。聖女達はまだだ、それまでの間急遽アリシア嬢が手伝ってくれることになった」
「アリシア、いいのか?」
「もちろんです、私にも出来る事をさせてください」
そう返事をして部屋を見渡した。
先ほどのボルド様の報告からすると、この部屋に今いる人数で負傷者は全てだろう。
腕のないもの、夥しい出血の痕跡があるもの、骨折、打撲……。症状はそれぞれだが、人数的にも症状的にも、そして私の魔力にも全く問題はない。
「ありがとう。重体者なのだがーー」
恐らく重傷者の場所へ案内しようとしていたボルド様の言葉を待たず移動する。誰だってなるべく早く痛く苦しい時間から解放されたいに決まっている。
「この部屋の中央はこの辺りですね」
「そうだが、重体の者は奥の端に」
「大丈夫です」
ボルド様から焦りを感じる。苦しむ部下を早く助けたい、その気持ちがひしひしと伝わってきた。
そう、優しいのだ。ボルド様は。
「魔術師団所属、アリシア・マリージュにお任せください」
安心させようと、そう言ってにこりと微笑む。
魔力を練り込んでいく。この部屋の全員に中級ヒールをかけるのだ。
魔物と戦う時にも騎士様のサポートで使う事が多い魔法。練り込んだ魔力を広げるイメージで両手を広げる。
「ヒール」
小さ呟くと魔力が部屋中に降り注ぐ。キラキラと見慣れた光が負傷者を包んで癒していく。
呻き声が止み一瞬静まり返った部屋の奥から声が上がった。
「手がっ、手がある!!」
その台詞にその場にいる全員が声の主をとらえるる。赤黒く染まったノースリーブから延びる手をぐーぱーぐーぱーと握っては開き確かめているようだ。
パッと見渡しての判断で上級ヒールを使ったが、欠損や出血ぐらいであれば治せる。私が見落としてそれ以上の重体者がいた場合はまだ完治してないだろうから、個別に対応させてもらいたいところだ。
「あの、みなさん。まだ怪我が治ってない方や痛みが残ってる方はいらっしゃいませんか。個別に対応させて頂きますので」
ざわついていた室内が静まり返る。こんどは、みんなの視線が私に向いている気がする。いや、気がするのではない、確実に見られている。
どうしよう、何かまずかっただろうか。泳ぐ視線でジョエル様を見つけるも、彼だけはどうも必死に笑いをこらえてるようにしか見えない。逆に何なんだ。
そのまま、ボルド様とグスタフ様に控えめに視線を送り小さめの声で聞いてみた。
「あの、ボルド様……ダメ、でしたか?」
「そんなことはない! ただすまない、正直驚いてしまって」
「いや、驚くなんてレベルじゃねぇな。奇跡でも見てるかのようだった」
驚く? そんな特別なとことした覚えはないけれど。現にジョエル様も驚くというより笑って……と、再び視線を向けるとそこにはスンと何事もなかったかのように立つ彼の姿があった。
きっと笑っていたのがバレないようにとりつくったに違いない。じーっと視線を送ると、口元をゆるゆるさせながらそっぽを向いてしまった。面白がっている、確信犯だ。
「思っていた以上の威力なんだな……」
「え? 威力、ヒールですか」
「ああ。まあ、何にせよ……皆の者よく聞け。今回は彼女が聖魔法で治療をしてくれた、感謝するように。そして、今の治療に関してと彼女個人に関しては他言するな」
「そーそー、団長命令だ。彼女はたまたまここに居たし、たまたま聖属性の魔法が使えた。怪我人もそんな彼女が1人で治せる程のものだったんだ。いいか」
「「はっ!!」」
騎士の皆様が回復したのは良いことだけど、どうやら私のヒールに何かしらの問題があったらしい。
グスタフ様の「解散」の合図に皆持ち場に戻っていく。稽古はもう終了だろう。
先ほどの怪我を負った隊員達は上に上げる書類の作成などしなければいけないんだろうな、なんて悠長に考えていたら護衛の騎士様が戻ってきた。それはそれは楽しそうに。
「お疲れさまでした、アリシア嬢」
「ジョエル様もお疲れ様でした。……さっき笑ってましたよね?」
ムっと見上げると、ゆるゆるの口元が動くのだ。何の事でしょう? と。
あの時のジョエル様の笑い方は、確実に回りの反応がそうなることがわかっての反応だった。ならば一言教えてくれても良かったのに。
そこまで考えて口から出そうになったが、よくよく考えるとあの距離からその助言をするには無理がある。要するに不可抗力の確信犯、と言うことになる。
「ともあれ、仲間を救ってくれてありがとうございます」
優しい笑顔だ。
「俺達からも礼を言おう、アリシア嬢。力を貸してくれて、本当にありがとう」
グスタフ様とボルド様から頭を下げられ、一気に居心地が悪くなる。身振り手振りどうにか頭を上げさせて、どうにも落ち着かず早口で情報が出ていく。
「とんでもない! 私は出来ることをしただけですし内容だってただの中級ヒールで、戦闘時に皆使うようなものです! 寧ろ、私が耳慣れない単語にぼーっとしてしまい、もっと早く魔法を使っていれば皆様の痛みも短くてすんだのにーー」
「あれが、中級ヒールだって?」
「え? ええ、そうです」
「……なるほど、規格外、か」
「アリシア、今のヒールはこの時代の唯一の聖女も使えないレベルだ」
ボルド様によると、最高位の聖女様が使えるヒールで、1日に1人の欠損を修復するのが限度とのことだ。そして、ヒールにおいてエリアで発動すると言うことはないらしい。
全てはマナを使っての発動ができる、魔法の理の違い。
「因みにだが、アリシア嬢。使える聖魔法はヒールだけか?」
グスタフ様が腕を組みながらなにか考えるように聞いてくる。
私の使える聖魔法、回復魔法、状態異常解除、他にも強化魔法や防護壁等だろうか。それを団長に伝えると「なるほどな」と何やら考えているようだった。
「そして非属性魔法も、恐らくだが俺たちの属性魔法レベルで使えるってことだよな?」
「はっきりは言えませんが、それに近いかと。ただマナをコントロールする分発動は少し出遅れると思いますが」
「……なるほど、な。ま、何にせよ本当に感謝する。この事は俺から殿下に報告しておく。ルシウスはこの後の処理を頼む。ジョエルは引き続き彼女の護衛を」
「「了解しました」」
程なくして到着した聖人聖女の方々に事態を説明するボルド様に軽く会釈をして、ジョエル様と稽古場を出た。
「稽古見学はまた別日ですね。この後どうしますか?」
「ええ……そうですね……」
今回わかった事、それは私が思っているよりもずっと魔法の威力に違いがあると言うこと。殿下が「古代魔術」と言っていたのは、現代の魔法の威力とは違う別物として認識されているからなのだろう。
「行きたい場所ありますか」
頭に浮かぶ1つの可能性。私は、元の時代に本当に戻れるのだろうか。
今の時代は、元の時代よりも魔法の威力も知識も落ちているように思える。魔術具という便利なものがあるので技術はもちろん上がっているのだろうけれど、時代を遡れるようなそんな魔法は存在しない。
「ーーアリシア嬢」
だとすると……私はきっと、この時代に生きることになるのだろう。
「アリシア嬢、返事がないようだったら遠慮なく俺の部屋に……」
「へ? え? ごめんなさい、何でしょうか」
「あら、残念。あまりにも上の空なので折角部屋に連れ込もう思ったのですが」
何やら少し意地悪に広角を上げるジョエル様に、心配されている事をようやく気付き申し訳なさで語尾が消えていく。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて……」
「不安に、なりますよね」
立ち止まったジョエル様を見上げる。
黒い髪の毛が風に靡く。青い瞳は、空を見ていた。
「実は私、魔力関知が出来るんです。ボルノの跡地でアリシア嬢の魔力を関知したの、私なんです」
そういえばあのとき、ボルド様が言っていた「部下が魔力関知した」と。ジョエル様の事だったとは。
「ボルド様が仰っていた部下の方がジョエル様だったんですね。ありがとうございます」
そう伝えると、こちらに視線を戻しにこりと笑って見せてくれた。それでも、その笑顔がなぜだか少し切なそうで、次にかける言葉を迷ってしまう。そんな事を考えていると、ポツンと降ってきたジョエル様の言葉。
「……ごめんなさい」
「え?」
見つけてもらって、助けられた。これはジョエル様が私の魔力を関知してくださったからであって、そうでなければ今ごろ私は……ーー。
「ジョエル様は私を助けてくださったんです、謝罪なんて」
「出来るならば、もう少し早く……もっと早くこんなことになる前に」
「ジョエル様?」
ジョエル様は私の声にはっとして、寄っていた眉間の皺を消しいつものようにヘラっと笑った。
「……いえ、暴漢にアリシア嬢の肌が暴かれる前に、と」
「暴かれるって、あの、確かに曝されはしましたが、なにも」
「ええ、知っていますよ。本当に良かった。もしもの事態になっていたら、きっと私が彼らを殺ってます」
「え、そんな」
「ええ、そんな、です。女性に無体な真似をする輩は極刑です」
「え、笑顔で怖いこと言わないでください」
再び歩きだした彼について、歩いてく行く。その後は固定されてしまった軟派なイメージの彼に戻って、周辺施設の案内をしてくれた。
一瞬見えたあの表情、それはジョエル様の心の深いところにある感情のようで、もう見せてはくれなかった。
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