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あなたが幸せであることを  作者: 卯月めい
第一章 未来への着地
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稽古場の見学 1

 部屋にノック音が響く。


「はい、どうぞ」


 返事をすると黒髪の騎士がドアを開けた。


「おはようございます、アリシア嬢。今日からよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 にこりと向けられた優しい笑顔。やや中性よりな綺麗な容姿とや柔らかな物言いに、ぐらりとくる令嬢も多いのではないだろうか。第一印象だけだと私もきっと外見からのイメージで接していただろう。でも、この綺麗な顔をした彼は結構な軟派だと把握している。女タラシというわけではなさそうだけど、女性に慣れているという点では扱い方も上手そうだ。

 でもだからといって、それを隠しているわけではないので、男性からも信用があるのだろう。それについては、昨日身をもって。

 私の元まで歩いてきたジョエル様がさっと跪くき手をとる。そしてそのディープブルーの瞳に私を写し、微笑みながら言うのだ。


「本日はどうされますか?」


 違う。色々と違う。

 先ずなんで跪いて手をとる必要があるのか。そして「本日はどうされますか?」なんて騎士様の台詞ではない。

 空いている手を頬に添え思わず息を吐いた。


「ジョエル様、先ずは立ち上がって下さい。私はそのような扱いをされる身分ではないです」

「私がしたいだけなので、お気になさらず」


 スッと立ち上がったものの、その手はとられたままだ。


「ジョエル様、手を」

「ーー口付けますか?」

「……ジョエル様」

「はは、冗談ですよ」


 冗談だとわかっていてもこの破壊力だ。ジョエル様に落ちた女性はどれだけいるのだろう。

 遠い目でそんなことを浮かべていたら、くすくすと小さな笑い声と共に再びの質問が飛んできた。


「それで本当にどうしますか? まだ街に出る許可は出てないですが、この宿舎周辺だったらある程度案内も出来ますよ」


 揶揄われてもこの笑顔で許してしまう。きっとそな令嬢も多いのだろう。これも今身をもって。

 そんな事はさておき、本日の過ごし方だ。昨日の夕方、建物の周りはぐるっと一周歩いた。文字通りただ歩いただけで、探索が出来たわけではない。

 騎士様の稽古場なんかもあるのだろうか。

 ケイオス団長の怒号が飛ぶ稽古を一度みたことがあるが、グスタフ様がそのような稽古をするのだろうか。それともボルド様が稽古をつけているのだろうか。


「騎士様の稽古を見れたりもしますか?」

「ええ、通常に見学もあるくらいです。今日なんかはボルド副団長が指導の日なので混んでる気がしますが」

「混んでる?」

「稽古の見学の令嬢で、ね。副団長は人気ですからね。仕事人間で婚約者もおらず、普段女性に愛想がないくせに優しいから、本気になる令嬢が多いんですよ」

「ふふ、褒めてるのか際どいですが人気があるのはわかりました」


 愛想がないというのは、通常に表情を揺らさないからそう見えるのではないだろうか。たった2日ではあるが、愛想がないとは思わなかった。むしろ少年のようだとも思った瞬間があったのに。


「では騎士団の稽古場に向かいましょう。私がご案内いたします」


 とても綺麗にボウ・アンド・スクレープをしたジョエル様に「よろしくお願いします」とカーテシーで返す。体制はそのまま顔を上げると目が合いお互い笑ってしまった。


 そこには色とりどりの服を身に纏った女性達がたくさんいた。時代も変われば服装だって変わるだろう。どの女性もドレスではなく、動きやすそうなワンピースやセパレートタイプの服を着こなしている。デザインもそれぞれ違って、着ている人の好みなのだろう。


「すごい、みんな綺麗」


 例えば、後列に立っているふわふわのピンクブラウンの髪が目を引の女性の服、襟元が大きく開いているのにレースが重なっていて肌の露出をおさえつつも女性の美しさを引き出してる素敵デザイン。

 どの時代も女性は美しくありたい、服装やデザインは変わっても思うことはやはり同じだ。


「確かに可愛いですけど、本来の目的ではないですよね」

「ふふ、そうでした」


 もう一度だけ先ほどの女性に視線を写すと、少し目が合いにこりと微笑んでくれた。思わずにこりと笑顔を向ける。

 そして今度こそ本来の目的のために稽古場へ足を進めようそう思ったその時だ。


「ジョエル様っ!」


 数人の女性が私達の前にやってきた。みんな少し頬を染めているのは、きっとジョエル様に憧れているからだろう。年の頃は……おおよそ私と同じくらいではないだろうか。


「今日はお稽古なさらないんですか?」

「私、ジョエル様の剣をふる姿がみたいです」


 キラキラとした視線に「今日はお仕事なんです」と微笑んで返す。それだらなにも問題はなかったのだろう。なのに、彼はその台詞と共に私の肩に手を回したのだ。

 なんでそんな行動をとったかって、きっと楽しそうと思ったかに決まっている。それで被害を受けるのは確実に私だというのに。


「お仕事ですか? ……その人、メイドですか」


 今の私の服装は、お城の住み込み女性のもの。そう思われて当然だ。それらなそういうことで通していた方が、彼女たちの心も私も平和に過ごせるのではないだろうか。


「私はーー」

「いえ、違います。私は当分彼女の護衛任務にあたります。稽古にはなかなか参加できませんが、他の騎士はいますのでまた来て頂けると嬉しいです」


 護衛? この女の? と声には出てないものの彼女たちのオーラがそう言っている気がした。とりあえず、肩に置かれたままの手をペシっと払い、彼女達にカーテシーで挨拶をした。早急に誤解を解かなければ。


「ご安心下さい。ジョエル様は訳あって私の護衛をして頂く事になりましたが、それ以上は本当に何もありません」

「ご希望であればそれ以上も色々サービスしますよ?」

「結構です」


 そんなやり取りにご令嬢達も少し安心したのか、クスクスと笑ってくれた。

 そんな可愛いご令嬢たちに「また今度お話しましょうね」とジョエル様が伝えると、来た時の頬を赤らめた笑顔で手を振り、見学者のいる方へと戻っていった。

 そのタイミングで見学者から黄色い声が沸く。

 何だろうと視線をやるも、この場所からでは見学者の姿は見えても騎士様達の姿は見えないのだ。


「きっと、副団長ですよ。見に行きますか?」

「はいっ」


 てっきり見学者に混ざるのだと思っていた。ジョエル様につれられて見学者の後ろを通過して、奥にある建物に向かう。

 恐らくここは、普段騎士様か稽古場の出入りに使う場所なのではないだろうか。不安になりジョエル様を見ると「大丈夫大丈夫」と笑っている。申し訳ないが、ちっとも安心できないところである。

 そのまま建物を抜けるとすぐに稽古場だった。


「ほら、ここの方がよく見えますよ」

「そうかもしれませんが、ここは……」

「関係者意外立ち入り禁止です」

「ほらやっぱり! 全然大丈夫じゃない場所です」

「でも私は関係者なので、関係者の関係者は関係者って事で……そんな事よりほら、副団長が」


 もはやよくわからなくなって、言われるがままに稽古場を見た。

 木剣同士が激しくぶつかる音。


「きちんと相手を見ろ!」


 飛ばした指示に、騎士が踏み込んだ。それを軽々いなして、足元に崩れた騎士に木剣を向けた。


「今のは少しタイミングが遅かったな。でもよく見ていた。次だ、行け」


 そう短くアドバイスを伝えると、次の相手と剣を構える。

 私は魔術師として騎士様と一緒に討伐に行くことも多かった。だからわかる。ボルド様はすごく強い。剣術ま全くわからないけれど、一つ一つの動きがぐんを抜いて綺麗で整っている。

 それに、剣を振っている彼はとても生き生きしていて、剣術が好きなことが見ているだけで伝わってくるようだ。昨日、魔術師になったかもしれないなんて思ったけど、間違いだった。ボルド様は根っからの騎士様だ。


「頬が緩んでますね、アリシア嬢。うちの副団長格好いいでしょう?」

「ふふ、そうですね。すごく格好いいです」

「ーーうーん、素直に返されちゃと何だか悔しいですね」

「ふふ、だって本当に剣術が好きって気持ちが伝わってくるのでーー」

「副団長ーーっ!!」


 一人の騎士が私たちの隣を叫びながら走って行く。その声に稽古は中断、見学者達もざわつき始めた。

 走ってきた騎士様がボルド様に報告をすると、一瞬彼の表情がこわばった気がした。そのまま周りに指示を出す。主に見学者に帰路を促しているようだ。

 まもなくして入口に物資をのせる荷馬車がついたのだが様子がおかしい。再び、稽古場に視線を戻すとこちらに向かってくるボルド様と目があった。


「この荷馬車の今にも壊れそうで、これ以上運べません!」

「わかった。一端室内に下ろして応急処置を。その間に聖女か聖人に派遣要請を。ジョエル、そこで見ているのなら手伝え。すまないが、アリシアは待機していてくれ」


 ジョエル様や他の騎士様が荷馬車に向かう。

 担がれ運ばれる彼らの騎士服は、赤黒く染まり、体の一部が布ごと足りてない人もいる。

 先ほどまで聞こえてた声とはまるで違う、激痛をかみ殺すかのような呻き声が稽古場に響いていた。

お読みいただきありがとうございます。

パート2に続きます。

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