4 恋瀬姫
《 おばあちゃん 》
おとといの夜。
あれ以来ずっと寝たきりのおばあちゃんに呼ばれて部屋に行くと、久しぶりに起きてあたしを笑顔で迎えてくれた。
…のに、青空市場が終わって一夜明けた今朝、寝たまま息をひきとってた。
穏やかに、ほんとに今にも起きてにこっと笑ってくれそうな顔のまま…
それからは通夜や葬儀の準備とか火葬場の手配とかで実家は大忙し。
あたしもおかあさんに色々手伝いを頼まれて、買出しとか料理とかで彼に電話もできなかった。
でも彼はあたしを心配してくれて、短い文章なんだけどすごく心が落ち着いたんだ。
お通夜にもお葬式にも彼は来て笑顔を見せてくれたけど、やらなきゃいけないことが多すぎて話もろくにしなかった。
ひと通り葬儀が終わる頃、彼から連絡がきた。
『ごめん、そろそろ大学始まるから、1回東京もどるな。力になれなくてごめんね。また連絡必ずするね。ガンバレヨー☆』
全部終わったら気が抜けたみたいにぼーっとしちゃった。
おかあさんがあたしの部屋に帯を持ってきた。
「形見だよ」
「あ、この帯…」
「あんたが欲しがってたって、おばあちゃんが言ってたよ」
「うん」
不意にまぶたが熱くなって、頬に涙が滑り落ちた。
「大事にするんだよ」
「もちろん」
明日は水戸に戻るって夜、彼から連絡が来た。
『水戸まで遊びに行っていいかな?』
ふむ。
まだ付き合ってるわけじゃないんだけど、なんか嬉しい♪
いいよーって返信してからちょっと軽かったかなって反省。
でももうOKしちゃったし、彼のこと嫌いじゃないしいいよね?と自己弁護してみた。
翌日午前中に一度部屋に戻って荷物を入れて、まだあのときざっと片付けたまんまになってた部屋を整理して…
って、ちょっと待って!
ここへ彼を呼ぶの?
自分の大胆さに驚いた。
おばあちゃんの形見の帯をバッグの中から出して、それ、開いてみた。
「あれ?これって…」
帯の端っこにあたしの名前が子供の字で書いてあるのみつけちゃった。
でも、これってあたしの字じゃないし…
「あっ、あのとき?」
小さいとき、夢に出てくるあの男の子。
あたしがいないときに家に来て、おばあちゃんの部屋にいたことがあって、
そうだっ!
あの時あたしが帰ってきておばあちゃんの部屋に行ったら、この帯を急に箪笥へしまったんだっけ。
それが不満で、あたし何度もおばあちゃんにこの帯ちょうだいってわがまま言ってたなぁ…
「てことは、この字はあの子の字?なんで帯にあたしの名前なんか書いたんだろ?」
彼からの電話が来て家の近くのカフェで待ち合わせ。
それからふたりでカラオケへ。
「五時過ぎても随分明るいね」
すっかり春っぽくなってきて、日もずいぶん長くなってきて。
カラオケの部屋に落ち着いたとき、なんだか嫌な感覚。
「や、やだ」
「え?」
彼はじっとあたしを見ながら、周囲へ注意を向けてる感じ。
「来るよ…」
「う、うん」
地震に過敏になってるあたし。
遠雷みたいな…地鳴りがかすかに、そしてだんだん足元から這い上がってくるような感覚!
この一ヶ月毎日やってくる地震。
でもあの時以来大きなのは来なかったけど…ちょうど一ヶ月目の今日のは大きく長く揺れてる!
「終わらないよぉ!」
「でかいな」
急に足元からぞわぞわって悪寒が走って、頭の中が真っ白になって、彼にしがみついてた。
地震そのものも怖い!
でもそれ以上にあたしは、あの日の記憶とその後ひとりぼっちで過ごした三日間の切実な寂しさが思い出されて!
体が小刻みに震えてきた。
カラオケの部屋は三階で、部屋がぐるぐる回る感じで気持ち悪くなってきた。
彼はしっかりあたしを抱きしめてくれてる。
心細さが、あの時の怖さが溶けてくみたいだ。
「ひとりぼっち、怖かった」
「うん。でも今もこれからも…」
「え?」
抱きしめられた耳元に彼の声があったかく広がってく。
「これからも一緒だよ。大丈夫ひとりにしないから」
不意に、いつもみる夢の中の男の子と彼がダブっっちゃった。
ともかく歌歌ってる場合じゃないって彼はあたしを気遣ってくれて、そのままあたしの部屋に連れて来てくれた。
コーヒー飲んで少し落ち着いて、ふっと顔をあげたらそこに彼の笑顔があった。
(あ、ダメ!涙が…でちゃう)
止めようとしたけど止まんない涙がぼろぼろ。
彼は隣に座ってまた肩を抱いてくれて、あたしそのまま彼の胸に顔うずめて子供みたいに泣いちゃった。
「みっともないね」
「そう?」
「そう思わない?」
「全然思わない。むしろ嬉しい」
「どS?」
「どうしてそうなるんだよ。ってか少し元気になったかな?」
「うん。ありがと」
「な、あの帯」
彼の視線の先におばあちゃんの帯があって、あたしそれを持ってきた。
彼はそれを広げて
「やっぱり」
って、何?
やっぱりって、どういうこと?
「これ、俺が書いた」
「え?なんで?なんで帯にあたしの名前?」
「昔からの神事で、常陸帯ってのがあるんだって」
「常陸帯?」
彼は照れくさそうに視線をはずして…続けて話してくれた。
あ、耳が赤い(笑)
「で、それってさ、想う女性の名前を帯に書いて、縁結びを占うんだって」
彼はおばあちゃんに教えられた、昔話の通りに帯にあたしの名前を書いたって…
「え?おばあちゃん知ってるの?」
「知ってるも何も、一緒に陣屋門拝みに行ったよね?」
「ええええええええええっっ!」
そりゃもう驚きましたよ!
夢の中の男の子が彼だったなんて!
信じられない!
彼もあたしと同じ夢をときどき見たんだって、初めて打ち明けてくれた。
でもあたしと違うとこもあるって、戦国武将とお姫様の逃避行的な夢のこと。
実はあたしも回数は少ないけど見たことあって、あたしはつまずいて倒れて助けてって叫んで起きるんだけどね。
「そか、俺たちずっと一緒なんだよ、これからはね」
彼、そう言って笑った。
笑って、そして初めての…
狭いシングルベッドにふたりでくっついて寝て、そういえばあの日以来あの夢見てなかったなぁ
なんて思いながら彼とあたしの体温がひとつになって、心地いい睡魔に誘われた。
『いつまでも一緒ですよ』
綺麗なあの人が、河のせせらぎのような声で言ってくれた。
『これで永い時を報われなかった想いが遂げられたのですよ』
「え?」
『想い合いながら幸せになれなかった、最後のお屋形様と奥方様の想いが遂げられるのです』
「どういうこと?」
あの人は微笑んでるだけで、あたしの質問に答えてくれない。
「あなたは誰?」
『私は恋瀬、五穀豊穣と想いを結ぶ恋瀬川で生まれ、常陸帯に宿った精霊』
「恋瀬、姫?」
彼女はこくりとうなずいて、そして小さく胸元で手を振った。
「もう会えないの?」
『あなたには彼がいます』
「うん、そうだね」
そのとき彼があたしの隣でそっと肩を抱いてくれた。
とても穏やかで心静かに…
あたしも、そしてきっと隣の彼もゆっくり寝ることができたと思う。
【Fin】
うん
ベタだな(笑)