第8話 西粟倉村
「あの餓鬼は、液体のような体を持つでござる。故に、音波や空気と言ったものでは破壊できぬのでござるよ」
「イヤッフー! 早く言って欲しかったなぁ!?」
西粟倉愛の前に、ニシアワクラカーがやってくる。
西粟倉愛は車の中に手を突っ込み、稲妻の形をしたペンダントを取り出した。
「音波も空気も駄目なら、これならどうだい?」
そして、西粟倉愛はペンダントを餓鬼に向かって投げ、黒いサングラスをかけた。
ペンダントは、餓鬼の頭上で形を失い、雷となって餓鬼の全身へと落ちた。
強烈な音と光が、周囲を襲う。
「ヒャッフー! この超高性能サングラスなら、雷光でも眩しくないのさ!」
「一言寄こすでござるよ!? 拙者の目が潰れてしまうでござる!」
「さかちゃんなら大丈夫さー」
雷光が収まる。
餓鬼は、体から黒い煙を上げ、先程よりも小さくなっていた。
雷が、餓鬼の体を崩していた。
しかしすぐに、雷によって吹き飛ばされた体が集まり、元の大きさへと戻っていく。
「マンマミーヤ!?」
「雷も、きかぬでござるか」
音波、空気、雷、全て駄目。
美作さかは二本の刀を抜き、再び餓鬼の前に立った。
「何をしてるんだい?」
「決まっているでござろう。餓鬼を、斬るのでござるよ」
「音波も、空気も、雷も効かない相手をどうやって斬るつもりだい?」
当然の問いに、美作さかはフッと笑った。
「我が先祖、宮本武蔵は言っていたでござる。正しく鍛錬を積めば、この世に斬れぬ物はないでござると!」
「マンマミーヤ!? 斬れない物はあるよ!? しかも、餓鬼はこの世の物じゃない化け物だ! さかちゃんの剣でも、マンマミーヤな結末が目に見えているよ!」
「それでも、やるしかないでござる! 拙者は、美作市の市長でござる!」
美作さかの両手に力が入る。
グッと握られた刀は、その想いに答えるように、刃をギラリと輝かせる。
「ふー、やれやれ。お互い、立場があると逃げられなくて辛いねえ」
覚悟を決めた美作さかを見て、西粟倉愛もまた覚悟を決めた。
ただ目の前の相手を全力で踏み潰そうと、その方法を全力で考える。
餓鬼は、依然大地からエネルギーを吸い上げていた。
大地を食らい、自身をより大きく成長させる。
西粟倉愛は、そんな餓鬼の姿を見て、頭に電球が浮かんだかのような閃きが降りて来た。
「さかちゃん。数分だけ、時間稼ぎをお願いできるかい?」
「何か、思いついたでござるか?」
「ああ。今から、発明する」
「承知したでござる。数分と言わず、数時間は食い止めて見せるでござる!」
美作さかは、西粟倉愛の最たる能力を知っている。
だから、西粟倉愛の言葉を疑うことなく、西粟倉愛を守るように跳んだ。
空中で刀を振り、餓鬼の体を両断する。
餓鬼の体は上下に分かれ、切断面からは無数の手が生えてくる。
無数の手が、美作さかを捕まえようと伸びてくる。
「猪口才でござる!」
宙においても、美作さかの剣術は失われない。
空中にて体勢を立て直し、自身に向ってくる手を全て斬り捨てる。
一方の西粟倉愛は、ニシアワクラカーから取り出した工具にて、その場で新たな道具の開発を進めていた。
開発には、時間をかけた思考と作業が必要になる。
が、西粟倉愛は即興で開発を実現できる。
何故か。
それは、西粟倉村が起業家の村だからに他ならない。
西粟倉村の人口は、一三六二人。
対し、ベンチャー企業の数は五十社。
圧倒的な企業数。
否、起業数である。
この数を支えるのは、起業支援金の支援、そしてベンチャーによるベンチャー育成を行う西粟倉ローカルベンチャースクールをはじめとした、手厚い制度である。
そして、起業数から生み出されるのは、多くの革新的なテクノロジー。
西粟倉村は、最新鋭のテクノロジーを多く所有する、奇跡の村なのである。
当然、その頂点に立つ西粟倉愛は、全てのテクノロジーの開発方法を把握している。
戦闘から医療まで、幅広く。
そんな莫大な知識をもってすれば、即興での開発もお手の物である。
「イヤッフー! 完成だよー!」
西粟倉愛が手に持っているのは、巨大なキャニスター型の掃除機を模した何かだった。
本体はリュックサックのように西粟倉愛に背負われ、ホースは西粟倉愛の両手によって握られる。
もちろん、全ての部品が木製だ。
「さあ、ヒヤウィゴーだ! さかちゃん、ちょっとよけといて!」
「承知したでござる」
美作さかが餓鬼の側から離れると同時に、西粟倉愛は手に持っている機械の電源を入れた。
瞬間、ホースの先頭にある吸込口が、周囲のあらゆるものを吸い込み始めた。
落ち葉も、砂も。
当然、餓鬼の体も。
餓鬼の体は次々ちぎれ、水滴のような形状となって機械に吸い込まれていく。
「見たか! これぞ新発明、餓鬼キューム! 吸い込んだ餓鬼を分子レベルにまで分解して、世界に還す機械さ!」
餓鬼は、徐々に小さくなる体を見て、体を再生させようと吸い込まれた体を手繰り寄せる。
だが、吸い込まれた体は一向に戻ってくることはなく、どころか検知もできなくなった。
餓鬼は、餓鬼キュームに吸い込まれた体の一部の消失を理解した。
餓鬼キュームに吸い込まれると消滅する。
そんな理解をした餓鬼のやることは一つ。
吸い込まれた体を諦め、エネルギーを取り込み、新たな体を作ること。
餓鬼は、足場となる地面を飲み込み、体の体積を増やし続ける。
「ま、そうなるよね」
餓鬼キュームもまた、餓鬼の体を吸い続ける。
餓鬼の体は、大きくなったり小さくなったりを繰り返す。
「拮抗でござるな。この勝負、おそらく先にエネルギーが切れたほうが負けでござる」
美作さかが、餓鬼キュームをちらりと見る。
餓鬼キュームの本体は、西粟倉愛が背負える程度には小さい。
吸い込んだ物を分子レベルまで分解する性質上、本体の中に吸い込んだ物が貯まって満杯になるということはない。
だが、美作さかの心配は電力だ。
小型であればある程、蓄えられる電力は少ない。
美作さかは、餓鬼キュームのエネルギーが先に切れてしまう未来を不安視した。
餓鬼がエネルギーとしているのは大地。
全生物を支える大地なのだから。
「不安そうだね?」
美作さかの不安を感じ取った西粟倉愛は、余裕の表情で笑った。
「さかちゃんにはイヤッフーな情報、そして餓鬼にはマンマミーヤな情報だ! この餓鬼キュームのエネルギーは、無限さ!」
西粟倉村は、環境モデル都市にしてバイオマス産業都市。
平成二十五年、再生可能エネルギーの導入等の先駆的な取り組みを評価され、西粟倉村は環境モデル都市に選定された。
平成二十六年、バイオマス産業を軸とした環境に優しく災害に強いむらづくりを目指す取り組みを評価され、西粟倉村はバイオマス産業都市に選定された。
即ち、西粟倉村は自然のエネルギーを活かし、産業に必要なエネルギーを循環させる、超エネルギー循環都市。
「大地のエネルギーで再生? それはマンマミーヤな能力だ! でも、こっちは地熱、水力、太陽光、木質バイオマス、地球の全てのエネルギーが味方さ! たかが鬼が、地球と言う惑星に勝てると思うかい?」
「ジャバ……バア……!」
吸われる。
吸われる。
吸われる。
餓鬼の能力の強さは、自身の周囲に取り込める物質さえあれば、無限に再生できるということ。
餓鬼の能力の弱さは、物質しか取り込めないということ。
そして、生物ゆえに、取り込むための体力という限界が存在すること。
「ジャアアアアアア!?」
餓鬼の体が小さくなっていく。
大地と言うエネルギーを吸収する体力がなくなり、一方的に餓鬼キュームが餓鬼の体を吸い込んでいく。
餓鬼の体から、眼球だけが飛び出した。
眼球から小さな四本の脚が生え、てとてとと逃げ出していく。
餓鬼キュームに吸い込まれないよう、吸い込まれていく体を壁にして、ただただ生きるために遠くへ走る。
餓鬼の、最後の抵抗。
「どこへ行く気でござるか?」
が、逃げた先に立っていたのは、美作さか。
「ジャ……」
美作さかの二本の刀が、餓鬼の眼球を四つに分けた。
餓鬼の体が全て吸い込まれた後、餓鬼の四つの眼球もまた、なすすべなく餓鬼キュームに吸い込まれていく。
そして分解され、世界へ還った。
「ふーう、掃除完了」
西粟倉愛は餓鬼キュームのスイッチを切り、額の汗を拭った。
「美作市を救ってくれたこと、感謝はしておくでござるよ」
自分で倒せなかったことへの憤慨と、市長として被害を最小限に抑え込めた感謝で、美作さかは礼を言った。
「別にいいよ、さかちゃん。アレを放っておいたら、うちどころか岡山全体が傷つくところだった。……それに」
「それに、なんでござるか?」
「多分まだ、マンマミーヤなことは終わってない」
美作さかと西粟倉愛が空を見る。
岡山県の全市町村長集合令が届いたのは、その直後だった。