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第2話 新庄村

 新庄村は、村民一家族の村。

 住民一人一人の顔が見えるコミュニティのサイズ感である。

 故に、村民たちはひとつの家族。

 互いに助け合い、かつ自主自立の道を進む。

 

 村民は、兄弟であり親子である。

 そして、新庄村の頂点に立つ新庄姫子は、家族の大黒柱も同然。

 村の大黒柱も同然。

 

 故に、怒る。

 村民が傷つけられたことを。

 家族が傷つけられたことを。

 自分が傷つけられるよりも、大きく大きく怒るのだ。

 

「ギイイイ!」

 

 が、化け物には関係ない。

 泣こうが怒ろうが関係ない。

 ただただ食うために、鎌を振り下ろすのみだ。

 

「後悔なさい」

 

 新庄姫子は、後ろへ跳んで、振り降ろされた鎌を軽やかに避けた。

 赤い着物にピンクの羽織を羽織っているとは思えないほど、軽やかに。

 

 鎌は何も斬ることなく、地面へと突き刺さり、そのまま地面を斬りつけた。

 

「私の家族だけでなく、私の家をも傷つけますか」

 

 繰り返す。

 新庄村は、村民一家族の村。

 村民が家族であるならば、家は新庄村そのもの。

 斬られた地面に、食われた木々と建物。

 新庄姫子は、さらに怒る。

 

 が、怒っていたとしても、村長。

 

「私がこの化け物を引きつけます。皆は、すぐさま避難を」

 

「は、はい!」

 

 心配は、家族が第一。

 守るは、家族が第一。

 立ち止まっていた村民に指示をし、速やかに避難させる。

 安全な場所へと。

 

 村民の役割は、安全な場所への避難。

 対し、村長の役割とは安全な場所を作ることである。

 

 即ち、化け物を倒すことである。

 

「ギイイイ!」

 

 叫ぶ化け物を前に、新庄姫子は手に持った白い塊をちぎり、投げつける。

 硬い硬い塊は、化け物の腹部へと衝突する。

 

「ギイイイ!?」

 

 腹。

 それは、生物の重要な器官が詰まっている場所。

 それ故に厚い皮膚に守られ、それ故に弱点になりうる。

 

 弱点を突かれた化け物は、当然怒る。

 睨み。

 叫び。

 捕食以上の殺意を持って、新庄姫子に襲い掛かる。

 

「鬼さーん、こーちら。手ーのなーる、ほーうへー」

 

 一方、新庄姫子は余裕の表情だ。

 手を数度叩き、走った。

 

 村民たちとは逆の方向へ。

 

「ギイイイ!」

 

 化け物は追う。

 新庄姫子を。

 怒りの形相で。

 

「手ーのなーる、ほーうへー」

 

 新庄姫子は逃げる。

 化け物から。

 余裕の表情で。

 

 

 

「さ、ここでいいかしら」

 

 新庄姫子が立ち止まったのは、桜並木の街道。

 桜の花は眠りこけ、花咲かぬ木が並ぶ桜並木の街道。

 

 がいせん桜通り。

 明治三十九年に日露戦争での戦勝を記念し、桜が植えられた場所。

 五メートル三十センチメートルおきにソメイヨシノが並ぶ場所。

 新庄村の春を代表する、桜並木。

 

 新庄姫子が立ち止まったのを見て、化け物も立ち止まる。

 獲物が立ち止まるのは諦めた時。

 食われる事実を認めた時。

 

 捕食者たる化け物が本能で知る、獲物の最期。

 

「ギイイイ!」

 

 化け物は笑い、鎌を振り上げる。

 切り裂き、食らうために。

 

 が、同時に感じた違和感。

 化け物が感じた違和感。

 

 笑う獲物――新庄姫子への、違和感。

 

 本能に刻み込まれていない獲物の仕草に、鎌を振り上げた化け物が、鎌を振り下ろすことを躊躇った。

 追い詰めたのは本当に自分かと疑い、戸惑った。

 

「美しいでしょう?」

 

 新庄姫子は、笑う。

 諭すように。

 教えるように。

 言葉を紡ぐ。

 

「ここは、日本で最も美しい村。新庄村。貴方ごときが傷つけていいものなど、何一つありません」

 

 日本で最も美しい村。

 新庄村は、NPO法人「日本で最も美しい村」に加盟している。

 即ち、失えば二度と取り戻せない日本の景観を持つ村。

 

 故に、新庄姫子は怒った。

 化け物が傷つけたものは、二度と取り戻せぬ景観。

 化け物が傷つけたものは、二度と取り戻せぬ村民。

 

 化け物は、感じる違和感を塗りつぶすほどの本能で、躊躇いを消す。

 窮鼠猫を噛む。

 獲物たる鼠が捕食者たる猫を噛む事例は、ある。

 しかし、稀少。

 圧倒的稀少。

 獲物があがこうが反撃しようが、捕食者が勝つのが摂理。

 

 故に、化け物は笑った。

 化け物が傷つけたものは、腹に収まるべき景観。

 化け物が傷つけたものは、腹に収まるべき村民。

 

「ギイイイ!」

 

 笑い、望んだ。

 噛めるものなら、噛んでみよと。

 

「いいでしょう。そこまで強く望むなら、私の大都解だいとかいをその目に強く刻むといいわ」

 

 新庄姫子は、化け物の言葉に答えた。

 新庄姫子の持つ『ひめのもち』は、形を剣のそれへと変え、新庄姫子はその柄を手から離した。

 

 地面に、刃が落ちていく。

 

「ギイ……?」

 

 戦いの場で、武器を手放す愚行。

 化け物には理解できぬ振る舞い。

 故に、化け物は声を上げ――。

 

「安心して。後悔なんて、させませんから」

 

 新庄姫子の言葉で我に返った。

 

「その前にあなたは、私の前で塵となって消え失せますから」

 

 剣の切っ先が地面に触れた瞬間。刃は何も傷つけることなく地面に沈んだ。

 まるで水に落ちるように。

 ひめのもちの作る剣は、沈んだ。

 

 瞬間、桜が咲いた。

 がいせん桜通りに並ぶ、百三十三の桜が満開に咲いた。

 

「大都解・がいせんざくら景義かげよし

 

 満開に咲いた桜の木からは、無数の桜の花びらが枝を離れて舞う。

 舞った桜の花びらは、捕食者のごとく化け物へ襲い掛かる。

 

「ギイイイ!」

 

 化け物は、鎌を振りまく。

 自身に向ってくる花びらをはじく。

 はじく。

 はじく。

 数万の花びらを、はじく。

 

「がいせん桜の神髄は、数億にも及ぶ刃による死角皆無の完全なる全方位攻撃。あなたの捕食者としての能力は確かに高い。ですが、鈍重極まる鎌だけでは、がいせん桜を躱すことは永劫叶いませんよ」

 

 が、無意味。

 弾くのは数千。

 化け物を襲うのは数億。

 刃と化した無数の花びらは、あっという間に化け物の全身を包み込み、その体を切り刻んでいく。

 

「ギ……イ……」

 

 体が、体の形を保てなくなるまで。

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

 花びらと共に化け物のかけらが散らばる道を、新庄姫子は優雅に歩く。

 まるで戦闘などなかったと言わんばかりの、余裕の表情で。

 

 戦いの音が消えたことで、村民たちは一人、また一人とがいせん桜通りへ戻ってくる。

 辺りを見渡し、化け物が消えたことが分かると、喜びの表情を浮かべて新庄姫子へ近寄ってくる。

 降り注ぐ感謝に笑顔で応えながら、新庄姫子は速足で進む。

 

「道を開けてください。至急、県知事へお伝えしなければならないことがありますので」

 

 まるでモーゼの海割りのように村民が道を作り、新庄姫子は真ん中をただ進む。

 

「な、何を伝えるんで?」

 

 道を作る村民たちの中から、一つの声が飛ぶ。

 愚問も愚問。

 化け物が新庄村を荒らした瞬間から、伝えるべきことはただ一つ、決まっていた。

 

 新庄姫子は足を止め、声を発した村民に向けてニコリと微笑む。

 

「鬼が出た、と」

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