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第1話 新庄村

 新庄村しんじょうそん

 岡山県の北西部に位置し、鳥取県と隣接する村である。

 人口は県下最少の八四七人。

 林業と農業が、経済の大半を占めている。

 

「さーて。今日も、ひと働きすっかぁ」

 

 村民たちは、現代社会に残る自然豊かな『ふる里』の中で、今日も林業と農業に勤しんでいた。

 手拭いを頭に巻き、鍬を持ち、今日も畑へ向かうのだ。

 いつも通りの平和な日常。

 

「んあ?」

 

 だった。

 

 たった、今までは。

 

「なんだあ、あれ。カラスか?」

 

 日常を壊したのは、黒い球。

 空に浮かぶ、黒い球。

 砲丸のように固く重そうな黒い球は、まるで雨粒のように落下し、大きな地響きと共に地面へ着地した。

 

「なんだなんだ?」

 

「なんの音だ?」

 

「誰か転んだのか?」

 

 音に誘われ、村民たちが一斉に家の外に出てくる。

 音の正体を探るべく、音のした方へわらわらと群がっていく。

 そして発見したのは、黒い球。

 畑に埋まった、直径二メートル五十センチメートルの黒い球。

 

「ぎゃー!? おらの畑が!?」

 

 群衆の中、畑の所有者である一人の男が悲鳴を上げる

 粉々になった作物と沈んだ地面を前に、膝をついておいおいと嘆く。

 

「……どんまい」

 

 慰める一人の村民。

 作物は我が子も同然。

 改修前の野菜を傷つけられた心痛は、計り知れない。

 

 それ以外の村民の興味は、専ら一方向。

 黒い球。

 何者かわからぬ、黒い球。

 

「なんだあ、これ?」

 

「ボウリングの球か?」

 

「アホか。どこにボウリング場があるんだ」

 

 当然、新庄村にボウリング場などない。

 だからこそ、黒い球の存在は奇妙で不可解だ。

 人々が続々と集まってくる。

 

 黒い球を見ている村民は、一人から数人へ。

 

「俺、見てた。空から落ちて来たんだ」

 

「空からあ?」

 

「カラスの卵か?」

 

「アホか。カラスよりでかいだろ」

 

 数人から数十人へ。

 

 村民に囲まれる中、黒い球はピシリと体にひびを入れた。

 ぶ厚い殻の破片が球の周りに落ちて、ギイイという産声が響く。

 

「ほらみろ、やっぱ卵だったんだよ」

 

「カラスのか?」

 

 一人の村民の言葉は、正しい。

 黒い球の正体は、卵である。

 一人の村民の言葉は、誤り。

 黒い球の正体は、カラスの卵ではない。

 

 黒い球に開いた穴の奥から、巨大な鎌が現れた。

 ゼクリと黒い球が両断され、まるで桃がぱっかりわれた様に、黒い球が二つに分かれた。

 そして現れる、巨大な生物。

 

「カ、カマキリ!?」

 

 全身が真っ黒な、カマキリの形をした化け物。

 四本の脚で立つ、カマキリの形をした化け物。

 本物のカマキリと違う一つ目で、カマキリの形をした化け物は村民たちを見下ろし、鎌を振り下ろす。

 

「ひ、ひいい!?」

 

 化け物の鎌は、躱そうとした村民の背中を容赦なく裂く。

 化け物の鎌は、触れた大地を裂いて無情に疵を残す。

 

「ギイイイイイ!」

 

 そして叫ぶ。

 

 叫ぶ。

 

 威嚇するように。

 

 自身が捕食者であることをアピールするように。

 

「に、逃げろー!」

 

 村民たちは、一斉に走った。

 二本の脚で、力の限り。

 

「ギイイイ!」

 

 化け物は、容赦なく追った。

 四本の脚で、力の限り。

 

 幸いだったのは、化け物が生まれたばかりであったこと。

 人間よりも足が遅く、村民たちは無事に化け物から距離を開いていく。

 

 化け物は空腹だ。

 代わりの餌を求めるように、周囲の全てを捕食しながら村民たちを追い続ける。

 木々を斬って、捕食する。

 道路を斬って、捕食する。

 化け物が通った道は、無残な景色に変わり果てる。

 

「ぜ、全員起きろお! 化け物が! 化け物が来るぞお!」

 

 村民たちが真っ先に行ったのは、化け物の存在を知らぬ者への注意喚起だ。

 誰も死なぬよう。

 誰も化け物に食われぬよう。

 自らの危険も顧みず、村民全員を叩き起こす。

 

 事情を知らぬ村民は眠い目を擦りながら家の扉を開け、捕食の音で目を覚ます。

 

「な、なにあれ!?」

 

「わからん! わからんが、やばい!」

 

 子供も。

 大人も。

 年寄りも。

 一心不乱に逃げ続ける。

 

 逃げ切れる。

 はずだった。

 化け物が、進化しなければ。

 

 斬る。

 食う。

 斬る。

 食う。

 捕食を繰り返し続けた結果、化け物は成長した。

 孵ったばかりの赤子から、外を走り回る子供へと、化け物は成長した。

 

 人間に追いつける程度に速く走れるまで、成長した。

 

「ギイイイイイ!」

 

 距離が、詰まっていく。

 

「く、来るなー!?」

 

 追いつかれた村民は、近くの家に立てかけてあった桑を手に取り、剣を持つように握る。

 が、必死の抵抗も、無意味だ。

 桑は、剣ではない。

 村民は、剣士ではない。

 対し化け物は、人間を捕食する本能を持った生物である。

 

 振り上げられた鎌を前に、村民の手から桑が落ち、村民はその場にへたり込んだ。

 

 悲鳴。

 悲鳴。

 劈く悲鳴。

 一人の命が消えようとしている悲劇。

 自身ではどうすることもできないという絶望。

 あらゆる負の感情が悲鳴となって、この場に渦巻く。

 

 

 

 鎌が、振り降ろされる。

 人間一人を容易く真っ二つにする、鎌が。

 

 

 

 惨劇は――。

 

「これは、何事かしら?」

 

 防がれた。

 一人の女によって、防がれた。

 女が手に持つ巨大な白い塊が、黒い鎌を真っ向から止めた。

 

 その女の正体を、村民たちは知っている。

 その女の名前を、村民たちは知っている。

 紫のかかった黒い長髪を靡かせる女を見て、一人の村民が叫ぶ。

 

「村長!」

 

 新庄村村長。

 新庄しんじょう姫子ひめこ

 

 新庄姫子は周囲を見渡し、負傷している村民を見つけた途端、表情を怒りに染める。

 ぎろりと化け物を睨みつける。

 

「貴方がやったのかしら? 私の……私たちの家族を傷つけた罪は、重いわよ?」

 

「ギイイイイイ!」

 

 化け物は、新たな餌を見つけた喜びに、叫ぶ。

人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。

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