灯は終わる。そして、火は継がれて。
誰もが、この世界は何も変わらないと信じて止まなかった。
目を開ければ朝日が昇り、
日が空に浮かぶ間に外へ赴き、
夕日が翳れば家屋へと戻る日常があった。
日常の裏には意思の坩堝が絶え間なく逡巡し、世界は誰もが変わらないモノであれと望まれていた。
そんな安定と繁栄を約束されていた平和に浸る13年前の世界観は、
ある日突然、前触れ無く来訪した「変化」によって崩壊した。
「変化」は宇宙から熱を帯びて地球を訪れた。
それが何故其処に落ちて来て、
何の為に落ちて来て、
何らかの意思があったのか、今日においても定かではない。
定かではないが、人類にとって与えた影響は大きかった。
先ず「変化」が落下した地点から半径5キロが吹き飛んだ。
窓ガラスが衝撃で粉々になって吹き飛んだとか、爆風で自動車やバスが転げたり吹き飛んだりしたとか、そんな小規模な評価を下すには凄惨な衝撃だ。
建物、
自動車、
そして人々。
そういった、先ほどまで確かに存在していた全てが"消滅 "したのだから。
一瞬にして、須らく。
衝撃の後に残ったのは無機質で広大なクレーターと、その中心に残った「変化」そのものだった。
科学者たちはこぞって「変化」の正体を探った。
宇宙からの漂着物、衝撃で何もかもを消失させる馬鹿げた出力、大気圏で燃え尽きなかった耐久力。
其迄の物理学に真っ向から立ち向かう未知そのものに、科学者たちは興奮を隠せなかった。
…その熱意が、不幸にも奇跡を呼んでしまったのか。
たった3年という短い期間で、その「変化/未知」の解析は完了した。いや今となっては「してしまった」と云うべきだろう。
曰く、ソレは自発的にエネルギーを生成している。
構成する細胞の一つ一つが永久機関の様な熱力学を無視した駆動を行い、小さな欠片一つでさえ車を動かせるほどの力を保有していた。
また細胞一つ一つは隣り合わせることで生成するエネルギー量の上限が増加する特性を持っていた。
曰く、変形が容易で破壊が難しい。
鉄と同じような性質と言えばわかりやすいだろうか。
高温を与えることによって形をぐにゃりと変え、飴細工の如く如何様にも出来。
形態を保ったまま一定温度まで冷却してみると、急速に硬質化する。
この性質によって後年、この「変化」を加工する方向へと走ることが出来たとされる。
そして、曰く。
特定の条件下において、この物質は増殖・強化される。
科学者たちがその条件を達成したその瞬間、
研究に使用され続け数センチしか残っていなかった「変化」が増殖を始め、数分で部屋一つを埋め尽くすほど細胞分裂を行った。
そして増殖した「変化」はそれまでよりも高いエネルギー量を保有し、またエネルギー充填速度を向上させた。
こうして、科学者たちの3年間の献身によってこの「変化」には名が与えられることとなる。
細胞一つ一つが極小の永久機関であり、
可変性と硬質性を持つ鉱物の側面を持ち、
条件を達成することで分裂・強化される。
人類をより良く進化させる物質として望まれた「変化」の名は、
________________「EVOL GENE」
是はとある男の物語。
舞台は日本。
EVOL GENEの恩恵によって高度に発展した中央都市から、北へ遠く遠く遠く離れた田舎。
電柱の一本すら無く、そも通信すら繋がっているか危ういような過疎村にて。
大雪の壁と森林の迷宮の更に奥深くに立つ民家の中に、仏壇に向かって頭を下げる青年の姿が在った。
「おはようございます、御師様」
懇願するように、
祈祷するように、
黙祷を捧げる為に、頭を下げている青年。
或いは彼が失ったモノを再確認するために、モノ言わぬ木製の板に対して綴る言葉を続けていく。
「御師様の遺言通り、本日付で僕はこの家を出ます。
新天地での生活は慣れず四苦八苦する事と思われますが、どうか天国で見届けて頂きたい所存です」
深々く、
恭しく、
縋るが如く、正座の状態から頭を下げる。
表に出る感情は淡白で平静だが、部分に滲む決意は真直ぐな芯を持っていた。
そんな青年の後ろには黒いキャリーケースとリュックサックが置いてある。
仏壇が鎮座されているこの部屋も最低限の物しか設置されておらず、明日にでも吹いて消え去りそうな薄っぺらさだ。
「また、同じく遺言に従い暫くこの家を空けますので「不用品」はすべてお焚き上げして頂きました。これでいいんですよね、御師様」
問うた。
冷たく静謐に佇む遺影に問いを投げかけた。
当然答えは返って来ない。そんな事実は重々承知している。
故にこの問は彼自身に投げかけていると同義であり、
「………うん」
自身の中で答えは決まっていた。
では行ってきます。と言った後に青年は正座を解いて立ち上がり、重い荷物二つを抱えて部屋を後に。
「財布よし、バッグよし、ケースよし、資料よし」
最後の荷物確認をして、
「靴…はどうせ一足しかないから、これっと」
雪に足を取られぬ様適した靴を履いて、
家主と同居人を失った木造の家屋に向かって礼をして、ガラガラと扉を開く。
「さて」
一面「白」の世界が青年の視界を埋め尽くす。
ふわふわと降り積もった雪は何処迄も果て無く続き、遠く見える向こうには森林が万里彼方まで覆い尽くし、只人の踏破を防ぐ壁として機能していた。
「此処からトーキョーまでだいたいえーっと…1日程掛かる計算だったな」
ざく。
雪を踏む。
踏み、踏み、踏みを重ねて道なき道に歩みを進める。
手には御師様に託された遺言状と、地図と資料が同封された入学許可証。
「コウコウが一体どんな施設なのか与かり知らない所ではあるが、まぁなんとかなるだろう。知り合いが居なかろうと第三ノ掟さえ守り尽くせばどうとでも成せる」
見知らぬ土地に赴くというのに青年の足取りは軽い。
新天地への不安は心を埋め尽くす事無く、掟があるからと転じて胸を躍らせているのが青年の本心。
悩むには時期尚早。
あたふたして思考に溺れるなら困ったときだけにすればいい。
今は唯、新たな世界に胸躍らせてこの白い大地を歩むのみ。
青年の名は「七篠 ナナ」。
生まれたその日から全てを持たず、師より賜った掟と名を胸に生きる男である。
________________
長くはないが決して短くもない時間を七篠は感じた。
思えばあの家屋で育って8年、一切家の周囲から離れたことはない。故に遺言状に従って征くべき道を征く。
「ばす」なる長方形の乗り物にがたごとがたごとと三度揺られた。
「…ん…」
「れっしゃ」なる殊更に長方形の乗り物にごとごとと二度ゆらり揺られて、
「ん、ぅ…」
「ひこうき」なる空飛ぶ箱には一度乗った。もう一度乗る時は耳栓を用意しようと固い決意を以て。
「…ふぁあ…漸く、トーキョーとやらに着いたか?」
最後には「ものれーる」なる奇怪な乗り物にゆらゆらと乗る内に寝てしまい、醒めた時には扉は開いていた。
「さて、確か「カイサツ」なる場所に行けばいいんだったな。何でもこの写真の女性と合流してコウコウに向かえと」
手持ちの資料に同封されていた写真を見る。其処に移っていたのは女性の写真。
翡翠色の両目、
人形の様に整った顔立ち、
そして、燃えた灰が混じったように煤けた金色の長髪。
世間一般に於いては「美人」と評するべき女性が、固い形式上の表情で写真の中央に移っている。
「さて、この人は一体何処にいるのやら………ん」
そうやって周囲を見回して、ようやく七篠は気づいた。
誰もいない。
近くの座席にも、遠くの座席にも、運転室にも人がいない。
はて御師様の遺書に曰く「トーキョーには多種多様な人が向かう故道に迷ったなら他者に助けを希うべし」と書かれてあったのだが、どうして人っ子一人居ないのだろうか。
しかも注意して周りを見てみると増々おかしい。本やら財布やらバッグやらが靴跡と汚れに塗れながら散乱している。
まるで数分前に戦いから逃れようと一目散に逃げたような散らかり方。
「_____________ん」
嗅ぎ取った。
匂いを、頭の奥底をガツンと叩き起こさせる戦いの匂いを本能で感覚した。
この先目的地の方向へと足を運べば何か自分を巻き込んだ出来事と出会うだろう。多分。
そしてそれは自らの意思によって抗える代物ではなく、透き通った川が流れゆくように只自然と身を任せるしか対応する方法がない事も理解する。恐らくは。
そう結論付けたのは七篠の理性であり人として持ち得る直観。それでも彼は笑って受け入れる。
「何とでもなれ、だ」
迂回方法は見当たらない、新天地でそんな博打に興じるのは逆に悪手。
ならば突き進め。
迷いながら暗夜行路に怯えるぐらいなら、せめて迷う迄は笑いながら歩んでみようじゃないか。
「ものれーる」の扉を出て広場に出る。
車内と同じようにプラットフォームもモノが散乱としていて殊更深く嫌な予感が背筋を伝う。更に狭い車内と違って此方は彼方此方に戦闘の痕跡が見えた。
弾痕に抉れた地面、ひしゃげて吹っ飛んだベンチ、上部ごとワイヤーが切れて下に落下したエレベーター。
明らかに尋常ならざる雰囲気が漂う広場を大きく胸を張って歩を進める。
「さーて、このヒト何処にいらっしゃるかなー」
呑気すぎる足取りで写真の女性を探し始めた。
___________
リオン・ハートにとって今日は厄日以外の何物でもないと思った。
理由は複数ある。
理由その1、土曜日だったのに理事長からお願いをされてしまった。
気温良し天気良し体調良しお財布具合良しのベストコンディション…お洒落をキッチリしてステップしながら寮を出たというのに、出て3秒足らずで人使いが荒い事に定評のある理事長にオネガイゴトをされてしまった。
『あ、リオンちゃんいたぁ~』
『げぇ、理事長ぉ!?』
『そんな、会って早々「げぇ」はナシにして頂戴よ…およよ…』
『ああもう泣かないで下さいよ…何か御用でしたか?』
彼女が此処で可哀想と思ってしまったのが運の尽きだった。
此方の罪悪感にかまけてあれよあれよと話を聞いて、気付けば今日北の田舎から来る特待生を駅まで迎えに行く約束を取り付けられてしまった。生きて帰ったらあの理事長を一発殴りたい。
「本当にヤツは来るのか?」
「来てくれきゃ困るだろ?この女がターゲットと合流するのは分かってんだ、コイツさえ抱えときゃ向うから来てくれる」
「で、でも結構遠いところから来るんだ、ろ?大雪で来れなくなったとか、あるかもだよな?」
(あんの、理事長…情報、殆ど漏れてるじゃない…)
理由その2、駅に着いたらいきなり襲撃に巻き込まれた。
どんよりとしたテンションで駅に到着、苛立ちのままにコーヒーブレイクしたのも束の間だった。
赤色の爆発と衝撃が広大な駅の各所に発生。其れに合わせて各地点から武装した襲撃者が駅を破壊し始めた。
逃げる民衆。
応戦する警察と援軍として来た学園の部隊。
恐怖し泣き喚く声、
そして、爆発に巻き込まれて吹っ飛んだリオン。
お気に入りの服はボロボロ、化粧は流血で台無しになってしまった。
(さい、ッ悪)
「戦況の方は?」
「俺ら3人を除いて全員制圧されたよ。警察も心地学園の「EGF」部隊も優秀だ。
…此処を襲う前にも言ったが俺達ゃもうやる事やるしか無ぇんだ。この嬢ちゃんとっ捕まえて、ターゲットをぶっ殺して、命懸けでトンズラする。出来なきゃ終わりよ」
「お、おわ、終わりなんて御免だ…!折角大金とEGFまで手に入れておいて、捕まってたまるか、よ…!」
狼狽する襲撃者の一人が動くにつれてウィンウィンとモーターの稼働音が不安げに響いた。
(コイツ等、誰かに雇われたのね…こんな大規模で、しかも機体まで支給されたの?どんな実業家が雇い主なのよ…?)
倒れながらも現状を確認するリオン。
見える範囲の人影はこの3人のみ、全員量産型EGF「EGMP03S:モノノフ」を纏っている。
顔は見えない。全身がEG含有装甲によって防御されている為物理的手段では顔は割れないだろう。
自分の身体は何とか動く。爆発の瞬間に何とか受け身を取れた御蔭で大きな怪我こそ負ってはいないがそれでも身体の節々は痛む。
(ッ…隙を見て、離脱する…?EGFは待機状態だけど持っているけれど、まだ生体認証だって済んでないのに…)
思考を巡らせる。
次の10秒を生きるために、
迫り来る死の予感から回避するために、
こんな理不尽に自分の命を奪われるわけには行かないと立ち向かう為に。
(イチか、バチか、賭けてみるしかなそう、ね…!!)
そう、決意を決めて立ち上がろうとした矢先に、
「あ、すみませーん。少々お聞きしたいことがあるんですけど」
イレギュラーが唐突に表れた。