第92話 先制
「……あまり状況は良くないようです」
馬車が動き出してからしばらくして、マッキンゼ卿が話す。
「それはどういう意味でしょうか?」
アティアスが問う。
「先程彼らが使った魔法は、かなりの威力がありました」
「……ええ。そうですね」
エミリスが同意する。
彼女でなければ間違いなく一発でやられていただろう。
「恐らく、セリーナが持っていた魔法石とは違います。……ただ単に魔法を溜めるだけではなく、より威力を高められるように、複数個の魔法石を組み合わせて使う研究もしていたのです」
「それは……」
「それが完成していたとは知りませんでした。先程は5人で充分と踏んだのでしょう。……恐らく、ダライではもっと人数をかけてくると思います」
それぞれに魔法石を持たせて、複数人で1つの魔法を使うというのか。
どこまで増やせられるのか分からないが、非常に危険であることは予想できた。
「……危険ですね。際限なく威力が上げられる可能性もある」
アティアスの言葉にマッキンゼ卿が頷く。
「ただ、射程距離は変わりません。なので、ただ戦うだけならばエミリス殿の敵ではないでしょう。……しかし、近づけないと話し合いもできませんからね」
「確かに……。戦争ならともかく、目的は彼らを止めることと考えれば、一気に難しくなりますね」
「正面から行っても十分かと思っていましたが、少し作戦を考えたほうが良いかもしれません」
マッキンゼ卿の言葉にアティアスも頷く。
相手を圧倒するだけならば、離れたところからエミリスが魔法を放てば、先ほどのワイルドウルフ達のように何とでもなるだろう。
しかし、殺さぬようにしつつ、相手を戦闘不能にするのはそれだと不可能に思える。
かといって不用意に近づき、破壊力のある魔法を使われると彼女でも耐えられないかもしれない。
「……ある程度の怪我は許容されますか?」
エミリスが不意に言葉を発し、それに対してアティアスが聞く。
「それはつまり?」
「魔法で攻撃するのであれば、防御を破る加減が難しいので、殺さないようにするには1人ずつ攻撃するしかありません。でも、私は魔法以外にも攻撃手段がありますから……」
……なるほど。
彼女は以前ダライで見せた、石などを魔力で放つという攻撃をしようというのか。
確かにあれならば効果的だろう。剣士ならばともかく、軽装の魔導士が相手であれば防御手段は無いに等しい。
「エミー、あれをするつもりか?」
「ええ、それが一番効果的かと思いまして」
明確には言わないが、2人の共通認識になっていた。
マッキンゼ卿が聞く。
「少々の怪我は構いません。……それで、あれとは?」
「……こういうことです」
エミリスは自分の荷物から飴玉をひとつ取り出して見せる。
そして魔力を使い、手のひらの上でふわふわと浮かべてみせた。
「おやつとか持ってきてたんだな。……遠足じゃないんだから」
アティアスが呆れるが、彼女は笑みを浮かべる。
その飴玉を蝿が飛ぶように目の前でくるくると自由に動かしてから、自分の口の中に放り込んだ。
「自由に浮かべられると言うのはわかりますが、それでどうやって?」
「雨粒でも硬ければ痛いですよね? ……そのあたりにいくらでも武器が転がっているようなものです」
彼女の言っている意味がわかったのか、「なるほど」と呟く。
「離れたところから降らそうということですね。……確かに、広い場所であれば効果的でしょうね」
欠点は、砦などの室内では使えないことくらいか。
エミリスが頷き、それに呼応するようにアティアスが言う。
「……まずこれでダライの手前の軍は抑えられると思います。街に入ったあとのことはわかりませんが」
「街に入ってしまえば、堂々とは仕掛けてこないと思っています。私を暗殺することを公にはできませんからね。最初に軍を圧倒してしまえば、それだけの兵力でも勝てないということを理解させられるはずです」
「確かに、そうですね」
次が正念場か。
圧倒しなければならないが、できるだけ被害は少なくしなければならない。
自分にできることはほとんどなく、エミリスに頼るしかないことを申し訳なく思う。
「エミー、毎回すまないな。大変だと思うけどよろしく頼む」
「ふふ、私にお任せください。……あとでたっぷりご褒美をいただきますけど」
「ああ、期待しとけ」
「はいっ」
◆
「もうすぐダライです」
オースチンが口を開く。
戦いがあることを見越して、ダライの手前で一度休憩を取り、そこで昼食をしっかりと摂っていた。
エミリスの食欲に、アティアスを除いた皆が驚いたことは言うまでもない。
「……そろそろ馬車から降りて歩きましょうか。かなりの気配を感じます」
「そうしましょう。――オースチン」
「はい」
彼女の提案にマッキンゼ卿が同意し、馬車を停めることを指示する。
ゆっくりとその場所で馬車を停めて、4人は馬車を降りる。荷物などはそのまま馬車に置いておく。
御者には自分たちが戻るまで待機するように命じ、歩いてダライに向かう。
「距離はどのくらいでしょうか?」
マッキンゼ卿の質問に対して、彼女が答える。
「歩いて15分くらいです。ただ、2グループに分かれています。1つは正面で、もう1つは少し右斜め前方に固まっています。それぞれ30人ずつくらいでしょうかね……。獣は居ません」
「かなりの人数だな。挟み撃ちでもするつもりかな……」
アティアスが呟く。
「どうでしょうか。ただ、分かれていると一度でっていうのは難しいのでちょっと面倒ですね。まぁ、さほど問題は無いですけどね」
「とりあえず片方ずついくか。……マッキンゼ卿、それで構いませんか?」
「ええ、よろしくお願いします。……最悪、死者が出ることもやむを得ません。そのつもりでお願いします」
「承知しました」
2人は頷く。
歩いてあと5分くらいの距離に近づく。
見通しが良ければ見える距離だが、あいにく街道に高低差がある場所であり、まだ見えない。
恐らくある程度奇襲できる場所を予め選んでいるのだろう。
しかしエミリスにはその動きは筒抜けだった。
「アティアス様、そろそろいきますよ? かまいませんか?」
「ああ、任せる」
その場で立ち止まった彼女は、最後の確認をアティアスに取る。
目の前の街道が盛り上がっていて向こうは見えないが、大凡の位置は分かっているようだ。
「むー」
彼女が唸りながら集中する。
そして周囲にあるものすごい量の小石が目線ほどまで浮かび上がる。以前にダラスで披露した時とは比較にならないほどの量だ。
ただ、それぞれの石はかなり小さく、致命傷にはならないように配慮しているようだった。
そして――、そのすべてが弾丸のように打ち出されていった――




