第86話 探索
アティアスが刺されてから5日経った。
定期的にウィルセアが報告に来てくれるが、まだセリーナは見つかっていない。
「だいぶ良くなったよ。ありがとう」
アティアスがベッドから立ち、エミリスに言う。
それまでは立つと目眩が酷く、トイレに行くのも一苦労だった。
しかも1人では行かせられないと、身体を支えながら付いてきてくれ、少し恥ずかしく思った。
「良かったですー」
「そろそろ動くか……」
アティアスの言葉に彼女も頷く。
「とはいえ、何をするにしても、一度宿に帰らないとな。服も剣もないから」
「そうですね。私もずっと借り物の服ですし……」
「なら、今晩帰らせてもらおうか。……明日、もう一度来よう」
彼の言葉に、彼女は深く頷き答えた。
「はい。承知しました。……早く片付けてしまいましょう」
◆
「あー、落ち着きますねー」
ウィルセアに断り城から出て宿に戻ると、エミリスはベッドに飛び乗ると、足を伸ばして大きく息を吐き出した。
「今回もすまなかったな」
アティアスもベッド脇に腰掛けると、いつものように彼女の頭を撫でる。
「んふー、アティアス様が元気になられて嬉しいですー」
ご機嫌な彼女は、彼に擦り寄ってくる。
「俺は覚えてないけど、相当危なかったんだよな?」
「ですね……。本当にギリギリでしたから。……もうあんなの二度と御免です」
「俺も気をつけるよ。……感謝してる」
「ふふふ、今は誰も私達に近づけないよーに、壁を張りっぱなしですから。寝てても維持されてるはずです。……自分ではわかりませんけど」
彼女は自慢げに胸を張る。
「それはすごいな」
「だから私から離れたらダメですよ。……ずっと一緒にいますから」
「わかってる。とりあえず今回の件を早く片付けて、ゆっくりしたいな」
「はい。私、温泉に行きたいですー」
「それは良いな。これからまた寒くなってくるからちょうど良い」
「楽しみですー」
彼女は笑顔を見せ、彼の背中に覆い被さるように抱きつくと、後ろから耳元で囁いた。
「それで、その……。まだ万全ではないかもしれませんけど……構いませんか……? そろそろ我慢の限界が……」
振り返ると、彼女は頬を染め、物欲しそうな表情を見せる。
「……良いぞ。ただ、風呂に入ってからな」
そう言いながら、ずっと支えてくれていた彼女に口付けをした。
◆
「それじゃ行くか」
「はいっ!」
一晩宿でゆっくりしたあと、装備を整えた2人は、ミニーブルの城に向かう。
城は入り口のみならず、周囲も厳重に兵士が巡回しており、今までとは異なる様相を呈していた。
通常、外部の者が帯剣したまま入城するなど許されないが、二人はマッキンゼ卿から許可されており、すんなりと入ることができた。
「先日はありがとうございました」
受付から連絡が入ったのだろうか、城に入ってすぐの大広間を歩いていると、魔道士の男が2人に声を掛けてきた。
その後ろには彼の部下だろうか、同じように3人の魔導士然とした若い男たちが付き従っている。
「確かオースチン殿……でしたよね。お久しぶりです」
「あの時はあなた方がゼルム家の方々とは知らず、失礼いたしました。……ウィルセア嬢から手伝いをするようにと仰せつかっております。何なりと申し付けください」
男は、以前ミニーブルに来る時、ウィルセアの警護をしていたオースチンだった。
彼はアティアス達に礼をする。
「ありがとう。とりあえず自分の身はできるだけ自分で守ってください。……まずは、セリーナを探します」
「はい。よろしくお願いします」
アティアスの言葉にオースチン達は頷く。
「それじゃ、エミー頼むよ」
「はーい」
軽く答えたエミリスは目を閉じ、くんくんと犬のように匂いを嗅ぐ。
しかし、首を傾げながら呟いた。
「……うーん? おかしいですね。匂いがほとんど無くなってます……」
「そうなのか? 昨日まではどうだったんだ?」
「昨日ここを出るまでは、間違いなくいたと思うんですけど……」
「となると、夜の間に?」
「かもしれません」
それを聞いて、アティアスはオースチンに聞く。
「オースチン殿。昨日の午後から今までに、城を出入りした者を確認して欲しい」
「わかりました。全て門で確認しているはずです」
そう答えて、オースチン達は入り口の門の守衛に確認に行く。
2人もそれについて行く。
しばらく待っていると、オースチンがメモを持って2人のところに歩み寄る。
「アティアス殿。確認しましたが、常勤の兵士以外の出入りは確認できませんでした。人が入れるような荷物などもありません」
「そうか……。ありがとうございます。となると、門以外から出たってことになるが……」
アティアスは首を傾げて考える。
この城は周囲を水濠で囲まれていて、門以外から出るにはそれを越えねばならない。
泳ぐか、魔法で凍らせたりすれば或いは可能かもしれないが……。
仮に夜間だとしても、警戒している城からそんなに簡単に抜け出せるだろうか。
「とりあえず何か痕跡がないか、城をぐるっと回ってみますね」
そう言いながら、彼女は歩き出した。アティアスはその後ろをついていき、更にオースチン達が続く。
ミニーブルの城は3階建で、入り口のある1階から順に回る。
ウィルセアの誕生日パーティがあったのは1階だ。そしてアティアスがしばらく療養していたのは2階だった。
2階までは特に痕跡がなかったようだ。
3階に上がった時、彼女は呟く。
「……たぶん、昨日まではこの近くにいたんだと思います」
3階はマッキンゼ卿も含めて、主に彼の親族が住んでいる部屋と、執務室などがある階だった。
「どの部屋だったか分かるか?」
「流石にちょっと。この辺は匂いが入り混じっていて、特定が難しいです。それに人が多くて気配も殆どわかりません……」
困った顔で彼女が答える。
「この階から移動しようとしたら、上に行くしかないんじゃないか? 下に行くと見つかるだろ」
「上って何があるんです?」
「この上は屋上です。攻められた時に上から応戦できるようになっています」
彼女の質問にはオースチンが答えた。
「あまり普段行くところではありませんが、行ってみますか?」
「はい。もしかしたら屋上からロープとかで降りたかもしれませんし」
今度はオースチンが先導し、屋上への階段を登り、扉を開けた。
そこはただ広い屋上になっていた。
正面に1つ、大きな塔が立っている。ただ、扉の閉まった入り口はかなり高いところに付いていて、歩いて入れるような入り口はなかった。
周りを見渡しながら、彼女が聞く。
「……あの塔は何でしょうか?」
「あれはこの城の主塔です。梯子がないと入れませんが、何かあった時に籠城することができます。ですので、非常食なども保管されています」
オースチンが説明する。
なるほど……と頷いたエミリスは、とりあえず魔力でその塔に人がいないかを確認してみる。
「……誰か、中にいますね。まだわかりませんが、アタリかもしれません」
ぽつりと呟いたエミリスは、長らく彼女が見せていなかった、ぞっとするほど無表情な顔に変わっていた。




