第85話 背景
「……それはどういうことでしょうか?」
「アティアス殿は、ここの魔導士部隊の増強については、もちろんご存知ですよね?」
マッキンゼ卿は、逆にアティアスに確認する。
「ええ。……有名ですから」
「それは私の父の代から始まっています。……褒められたやり方では無いのですが、かなり強引に増やしてきた経緯があるのです」
アティアスは思い当たることを口に出した。
「人攫い……ですね」
「……はい。私に代わり、そのようなやり方では良くないと、関係を切るように動いています。ですが、父がまだ存命である今、部隊の中に未だそういう者達と関係を持っている者が居るようです。……先ほどの宝石はそこから奴らに流れたのでしょう」
……なるほど。
テンセズで魔導士の素養を持つ子供を攫おうとしたのは、ここに発端があったのか。
「部隊に孤児が多いのも、それが理由です」
「つまり、ダライで俺たちが狙われたのも……」
「恐らく、テンセズでの一件を発端として、あなた方を逆恨みしているのでしょうね」
「その人攫いの組織は、どのくらいの規模なんでしょうか?」
「私も全貌はわかりません。ですが、少なくともメラドニア全てに広がっているようです。……或いはそれ以上かも」
これは相当大きな話になりそうだった。
それほどの組織に狙われているのなら、どこに行っても危険が付き纏う。しかし、そのままにしておく訳にもいかず、判断に迷うところだ。
「……ウィルセア嬢が狙われていたのは?」
「それもそこが発端です。……そもそも狙われているのは私なのですから」
「関係を断とうとしているから……でしょうか?」
「ええ、恐らくは。これまでなかなか尻尾を見せず、部隊の誰が動いているかわかりませんでした。……なので賭けでしたが、敢えて手薄にして、ウィルセアを襲わせようとしたのです」
「なるほど……」
あのとき、ウィルセアがたった1人の護衛であの場所にいたのはそういうことか。
「オースチンはかなり優秀で、オスラムとも並ぶ実力があります。そして信用における。彼ならば、と思ったのですが……」
ふっと自嘲しながらマッキンゼ卿は続ける。
「今回、ようやく尻尾を掴んだのです。セリーナを捕らえて聞き出したかったところですが……」
その言葉に、不意にエミリスが口を挟んだ。
「彼女なら、まだこの城に居ますよ」
まさかそんなことは無いだろうと、マッキンゼ卿が聞き返す。
「……それはどう言う意味でしょうか?」
「そのままの意味ですけど……。彼女の匂いがまだずっと漂ってきてますので、必ず近くにいます。……早く城を封鎖した方が良いです」
エミリスははっきりと言い切った。
「それならすぐに手配しましょう。……爆弾を嗅ぎ取った貴女の言葉なら、間違いないのでしょう」
「辿れば場所もわかると思いますけど、私はここを離れる訳にはいかないので……。すみません」
「いえ、それだけ分かれば充分です。ありがとうございます」
そう言って、マッキンゼ卿はすぐに部屋の外に出て、待機していた兵士に命令しに行った。
3人が部屋に残される。
「……アティアス様、ご安心ください。この部屋には常に壁を張っています。もう2度と不覚は取りません」
エミリスが彼の耳元で囁く。
どんな時も、絶対に彼の近くを離れないつもりだった。
「ありがとう。俺はしばらく立てそうにない。……頼む」
「はい、頼まれます。お任せを」
そんな2人を、ウィルセアは複雑な表情で見ていた。いつか、私にもこんなに信頼できる人ができるのだろうか、と。
マッキンゼ卿が部屋に戻ってきた。
「回復するまでここをお使いください。信用のおける者を充てます。……と言っても、セリーナも信用していたのですがね」
自虐しながらマッキンゼ卿は残念そうに呟いた。
「ありがとうございます。……ところで、ナターシャ達は?」
「ナターシャ殿は、ゼバーシュに帰っていただきました。これ以上、巻き込んでしまう訳にはいきませんから」
「その方がいいですね。助かります」
「そのついでにですが、友誼の話も書状にしてお渡ししていますので、いずれ伯爵にも届くでしょう」
先日の会談で話をした、ゼルム家との友誼の話を進めてくれているようで、アティアスは安堵した。
「ありがとうございます。……最後にもう1つ聞かせてください。あの魔法を溜めておける宝石は、ここで発明されたものですか?」
「……はい。私たちは魔法石と呼んでいます。……それもセリーナが主導して開発しました。まだ完全ではないですが」
アティアスは話すかどうか悩んだが、伝えることにした。
「実は……その魔法石を首に付けたワイルドウルフを、テンセズで見ました。……狼が突然魔法を使ってきたので驚きましたよ」
その言葉に、マッキンゼ卿は驚き、独り言のように呟く。
「そんなことまで……。本気なのか……」
そして何かを決心し、アティアスにはっきりと言った。
「私が思っていたより、状況は良くないようです。ここで潰しておかないと、近いうちに取り返しのつかないことになるに違いありません。……可能なら、アティアス殿が完治したあと、協力していただきたいのです。特に……」
マッキンゼ卿はエミリスの方に視線を向けた。
2人は当然その意味がわかる。エミリスの力が必要なのだと。
アティアスは答える。
「そのままにしておく訳にもいかないでしょうね。できるだけのことはしたいと思いますが……。エミー、かまわないか?」
「はい。それがアティアス様のご希望であれば。それにアティアス様を殺そうとしたのです。……私は絶対に許しません」
一瞬、周囲の空気が変わったのを皆が感じ取った。
彼女の感情の昂りで、部屋を満たす魔力が揺らいだのだ。
「……城を壊さない程度に頼むぞ」
アティアスが宥めるように彼女の頭を撫でながら言う。
「あ、はい……すみません」
それで落ち着いたのか、エミリスは表情を緩める。
彼の言葉は誇張でもなんでもなく、もし自分が死んでいたならば、彼女は本気でこの城ごと潰していたかもしれない……とアティアスは思っていた。
「ありがとうございます。……まずは回復を優先させてください。それでは……」
「失礼します」
マッキンゼ卿親娘は、礼を言って部屋を退出していった。
それを見送ったアティアスは、彼女に呟く。
「……話してる時に気付いたけど、手の紋様が無くなってるんだな」
そう言いながら彼女の左手を取り、そっと撫でる。
「はい。私もあとで気づいたのですが、アティアス様に治癒をかけたときだと思います。一度にあれだけの魔力を使うなんて、以前ならとてもできませんでしたから……」
「そうか。俺はそのおかげで助かったのか」
「だと思います。……たぶん、今ならこの城くらい簡単に潰せちゃいますよ」
怖いことを微笑みながら言う彼女だが、嘘でもないのだろう。
「それはやめてくれ。外交問題になるぞ」
「ふふ、大丈夫です。前にも言いましたけど……アティアス様のご命令がなければしませんから」




