第82話 開会
「こんな感じでどうでしょうか?」
エミリスは先日買ってもらったドレスを纏い、変なところがないかアティアスに確認する。
「ちょっと回ってみて。……うん、良いんじゃないか? すごく可愛いぞ」
彼の前でくるっと回って、全身を確認してもらった彼女は、満面の笑みを見せる。
ドレスは濃いワインレッドで、スカートの丈は長く、脛くらいまであった。それがふわっと広がっていて、よく似合っていた。
アクセサリーはいつものイヤリングと、首のネックレスには大きな赤い宝石がひとつ輝いている。
このネックレスは、ナターシャからのプレゼントだった。エミリスが結婚したときに、彼女の指輪とイヤリングに合うようにと、ナターシャが贈ったのだ。
今日は眼鏡を付けていない。
「ありがとうございますっ。アティアス様もかっこいいですー」
「そうか、ありがとう。こういう格好はあんまりしないからな」
アティアスも日中のパーティに合わせて、モーニングコートを身に付けていた。
ゼバーシュにいた頃でも彼はそういった服装をすることがなかったが、例外として何度か城で開催された晩餐会で見せたことがあった。もちろん、その時にもエミリスは婦人として彼と共に参加していた。
「それじゃ、少し早いですけど、そろそろ行きますか?」
「そうするか。……気疲れするかもしれないけど、頼むよ」
「ふふ、大丈夫ですよ。ご心配なく」
言いながら彼の腕に手を回し、部屋を出た。
◆
「ようこそいらっしゃいました」
ミニーブルの城に着くと、2人を見つけたセリーナがすぐに声をかけてきた。
マッキンゼ卿の従兄妹ということもあって、彼女もパーティに参加するようで、青いドレスを身に纏っていた。
前回会った時はゆったりとした服でわからなかったが、今は身体のラインがよくわかるドレスを着ていることもあって、かなりグラマーな体型であることがわかった。
起伏が少ない体型のエミリスはそれを羨ましく思ったが、これから成長したらもしかすると……と淡い期待を持つことにした。
「今日はよろしくお願いします」
アティアスが挨拶すると、セリーナは会場へと案内してくれた。
パーティ会場は城の中の広いホールで、すでに10人ほどが集まっていた。
見回すがまだナターシャは来ていないようだ。
ふと、エミリスが小声で耳打ちしてきた。
「……アティアス様。この部屋、わかりにくいですけど、魔法が使えないように大きな魔法陣で覆われてます」
「そうか。それは用心しないといけないな。……エミーにも影響あるくらいか?」
「……大丈夫です。私の魔力を抑えるほどの力はないみたいです。……ですので、できるだけ離れないでくださいね」
「わかった」
そのとき、後ろから声をかけられた。
「アティアス殿、エミリス殿、今日はよろしくお願いします」
声の主はマッキンゼ卿だった。
この城の主として、アティアスと同じように正装していた。
握手を交わし、アティアスも挨拶をする。
「マッキンゼ卿。招待いただきありがとうございます。ウィルセア嬢のお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとうございます。まだ準備中ですが、娘も喜んでいますよ。ごゆっくりしていってください。それでは、また後ほど」
マッキンゼ卿は次の招待客を周るため、2人から離れる。
「主催者は大変ですね……」
エミリスが呟く。
「ああ。ただ、今回のパーティはそれほど大きくないから、まだ楽な方だな」
「ほえー、これで……ですか」
徐々に人が増えてくる会場を見回す。
ふと、ひとりの華やかな女性が目に入った。
――ナターシャだ。
長い黒髪を靡かせ、淡いオレンジ色のドレスを纏う姿は、元々長身ということもあってかなり目立っていた。
エミリスは、同性ということを抜きにしても、つい見惚れてしまった。
「……綺麗ですね、ナターシャさん」
「黙ってれば……な」
2人はナターシャの普段の性格を知っている。
そして堅苦しい貴族では、彼女の夫として務まらないだろうことも。
ナターシャは後ろに従者としてノードを連れていた。
アティアス達に気付いた2人は、こちらに近づき声をかけてきた。
「うわー、エミリスちゃん。すっごく可愛いわね!」
「ありがとうございます、ナターシャさん」
アティアスのことは無視して、ナターシャはエミリスに話しかけた。エミリスも笑顔でそれに返す。
「その可愛さで、家事もなんでもできて、しかもすっごく強いって……。アティアスもよくこんな子捕まえたわねぇ……」
「親父と同じこと言うなよ……」
アティアスは愚痴を呟いた。
◆
「今日は私の誕生日パーティのために遠くからお越しいただき、誠に有難うございます」
ウィルセアの誕生日パーティが始まった。
前に立ち挨拶をするウィルセアは、少女に相応しく全身にフリルの付いた薄ピンクのドレスに包まれていた。
このような場でしっかり挨拶をこなす姿は、幼い頃から教育されていたからだろう。
マッキンゼ子爵の長女として生まれ、場合によっては望まぬ結婚をすることになるかもしれない。
不憫に思うが、自分で生まれを選べないことも、アティアスはわかっていた。
そして自分はエミリスという伴侶を得て、どれだけ恵まれているのかも。
「参加者は30人くらい……でしょうか?」
エミリスが周りを見渡して呟く。
「だな。10人くらいが近隣の貴族の関係。あとは多分ここの重臣と……親戚とかかな」
アティアスもちらっと周囲を見ながら返答する。見知った顔も何人かいるようだった。
しばらくすると、挨拶を終えたウィルセアが真っ先に自分のところに向かってきた。
「アティアス様、ようこそいらっしゃいました。何もないですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです」
定型の挨拶だったが、心なしか頬を赤らめている。
彼女が去った後、その様子を見ていたナターシャが聞く。
「アティアス、あの子と面識あったの?」
「ああ、この前ちょっとあってな。その時はマッキンゼ卿の令嬢とは全く知らなかったけど」
「へー、そうなのね。……あの子、どう見ても恋する乙女の顔だったわよ? この面子の中であんたに一番に挨拶するとか……何やったのよ」
呆れたようにナターシャが呟いた。さっきの一瞬でよく見ていたものだと感心する。
「彼女が乗った馬車が襲われてるのを、たまたま助けただけだ。まぁ、実際やったのはエミーだけどな」
「ふーん。変なことにならないと良いんだけどね……」
もう既に求婚されていたなどとはさすがに伝えなかった。
「俺にはエミーがいるからな。もうお腹いっぱいだよ」
「アティアス様は少食ですからねー」
急に割り込んできたエミリスに、苦い顔をしながら答える。
「俺は普通だ。それに意味が違う……」
「それくらいわかってますよぅ」
口を尖らせる彼女に、少し目線を逸らして呟く。
「……それだけお前を愛してるってことだよ」
エミリスは一瞬目を丸くしたあと、頬を染めて俯く。
「はい……。私もです……」
そんな2人の様子をナターシャは横目で見ていたが、ついに半眼で口を挟む。
「はいはーい。こんなところで惚気話をしない。そーゆーのは2人っきりの時にどうぞ」




