第79話 会談
「あのときの……」
エミリスが呟く。
マッキンゼ卿が連れてきたもう1人は、ミニーブルへ向かう途中に馬車でトラブルになっていたのを助けた少女、ウィルセアだった。
「お久しぶりです、マッキンゼ卿。……それに、ウィルセア嬢も、ご無事で良かったです」
アティアス達は立ち上がり挨拶をする。
マッキンゼ卿は2人に座るように促し、自分たちもその正面の席についた。
「よく来てくれました。アティアス殿、それにエミリス殿。ありがとうございます」
「こちらこそ、ご招待いただきありがとうございます。姉もご招待いただいていたようで、図々しくも当家から3人も来てしまいました」
3人とは、もちろんエミリスを含んでのことだ。
「パーティは華やかな方がいいでしょう。娘も喜んでいます。……あぁ、紹介が遅れました。これは私の娘のウィルセアです。アティアス殿とは顔見知りのようですが……」
マッキンゼ卿がそう言って紹介したのは、彼の隣に座るウィルセアだった。
「改めて、はじめまして。父ヴィゴール・マッキンゼの長女、ウィルセアでございます。……この前は危ないところを助けていただいて、感謝の言葉もありません」
ウィルセアは一度立ち上がり、丁寧に礼をする。
それを受けて、アティアス達も同じように立ち、礼を返した。
「私はアティアス・ヴァル・ゼルムです。これは妻のエミリス。先日は大したご挨拶もできずに申し訳ありません」
「お気になさらずともかまいません。なによりアティアス様達が助けてくださらなければ、私やオースチン共、あの場で殺されていたかもしれません。……なんとお礼をしていいか」
ウィルセアが真剣な顔をして話す。それにマッキンゼ卿が続けた。
「私も娘や護衛につけていたオースチンから、詳しく話は聞かせてもらいました。私からもお礼を言わせていただきたい。そのこともあって、事前に来ていただいたのです。……本来なら私たちから出向くべきなのでしょうが、気軽に城からは離れられないもので」
「そうでしたか。たまたま休憩していたら近くで騒動があったもので、仲裁したまでです。相手が何者かなどは全くわかりませんでしたが……」
「相手に関しては若干の心当たりがありますので、私たちで対処します。……オースチンはうちの兵の中でも優秀な魔導士ということもあって、護衛は1人で充分だと思っていたのですが、このような不甲斐ない結果に。……彼からはエミリス殿が優秀な魔導士だということを聞きましたよ」
あの時エミリスは全力を出してはいなかったが、それでもある程度はわかってしまったのだろうか。
「相手とオースチン殿の相性がよくなかっただけで、恐らくもう一度やれば勝てたでしょう」
アティアスが返すが、マッキンゼ卿は首を振る。
「命のやり取りに2度目はありません。彼も今回のことが身に染みたでしょう。いずれにしても、あの場でウィルセアに何かあれば、パーティーに招待した方々にも面目がつきません」
「なんにせよ、無事で良かったです」
「うむ。あと、こっちのセリーナは私の従姉妹でね。この城で魔導士をやっている。ついでに紹介しておきます」
「よろしくお願いします」
マッキンゼ卿の紹介で、セリーナも改めて礼をする。城での地位が高そうなのは、マッキンゼ卿の親戚だからか。
「なにか困り事があれば、このセリーナに伝えてください。できる限りのことはさせてもらうつもりです」
「わかりました」
「あと、ルコルアでの報告も耳に入っています。……正直に言うと私は最初、あなた方がこちらの領地の偵察に来たのではないかと疑っていました」
マッキンゼ卿は真剣な顔でアティアスに向き合って話し始めた。
「ですが、少なくともあなた方は、損得抜きに行動できる人格をお持ちなのでしょう。疑って申し訳ない」
それに対して、アティアスはどう答えるべきか悩む。
少し考えて口を開いた。
「いえ、マッキンゼ卿の想像通りです。私たちは旅をしながら、もし争いにでもなりそうなら、すぐにゼバーシュに知らせるつもりでいました。……ただ、自分は戦争など起きてほしくはないし、困ってる人がいれば助けるべきだと思っています。それが自分の領地であろうと、なかろうと」
正直に思っていることを話す。
隠しても、マッキンゼ卿にはおそらく見抜かれるだろう。
「なるほど。……概ねそんなところだとは予想していました。私もいずれゼバーシュ領にも、とは考えていましたよ」
マッキンゼ卿は少し表情を緩めて続ける。
「ただ……大事な娘の恩人のあなた方に刃を向けることは、私としては避けたい。ですので、アティアス殿さえ良ければ、私はゼルム家と友誼を結ぶことも考えています。……どうでしょう?」
「それは願ってもないことです。ぜひお願いしたいと思います」
思わぬ提案に、アティアスは即答する。
本来なら父親に相談すべき内容だが、デメリットはないと判断した。
「ありがとうございます。では準備します。娘の誕生日パーティの後にはなりますが、文書で取り交わしましょう」
「よろしくお願いします」
アティアスは立ち上がって深く礼をした。
一旦話の区切りが付いたところで、ウィルセアが会話に加わった。
「お二方は、護衛も付けずに旅をされているのですか?」
「そうです。……と言っても、私とこのエミリスが出会ってからまだ半年ですが。それまでは、ノードという者を護衛に付けておりました」
その名前を聞いて、ウィルセアが「ああ」と頷いた。
「確か、今回ナターシャ様と来られている方ですね。なかなか腕の立つ剣士だとか」
「はい。ただ、今はこれがあまりにも有能なのでね、頼り切っていますよ」
アティアスは気恥ずかしそうにエミリスを見て話す。彼女も照れている。
「私は精一杯頑張っているだけですから……」
そんな彼女の様子を見て、マッキンゼ卿が問う。
「エミリス殿の髪……あと、眼鏡でわかりにくいですが、赤い目ですよね? ……その容姿について、ずっと北に伝わる女神の話はご存知ですか?」
それは、以前ゼバーシュにて、マッキンゼ卿の部下であるオスラムが話していたことだった。
2人は表情を変えないが、一瞬沈黙してしまう。
その様子を見て、マッキンゼ卿は概ね理解し、一度目を閉じて考えてから口を開いた。
「……私も詳しいことは知りません。ただ、その女神は絶大な魔力を持っていたそうです。……エミリス殿はアティアス殿に出会うまで、自分の力に気づかなかったのですか?」
「お恥ずかしながら……」
「魔法は教わらないと難しいですからね。……しかしそれほどの短期間であのオスラムを上回るとは」
何気なくマッキンゼ卿が出した名前に、彼女は暗い顔を見せた。
「……申し訳ありません」




