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第48話 残件

 それからあっという間に一週間が過ぎた。


 エミリスが捕らえた二人の男はそれぞれ魔導士と一般兵士で、どちらも死んだオスラムの部下だった。


 情報を聞き出すと、オスラムはマッキンゼ子爵の魔導士部隊の一人で、ゼバーシュ伯爵領を混乱させる命令で動いていたことがわかった。

 二人の男に対して別々に尋問し、同じ話だったので間違いはないのだろう。


 また、レギウスに毒を盛ったのもその男達だったことが判明した。

 料理人に金を積み、睡眠薬と偽って渡していたようだ。それは請け負った料理人を見つけて裏付けを取ることができた。

 無論、その料理人は後に暇を与えられることになったことは言うまでもない。

 金に目が眩み、貴族の暗殺に手を貸したのだ。本来なら死刑になってもおかしくないが、回復し始めたレギウスによって死罪だけは赦されたのだった。


 当のレギウスは、まだ万全ではないにしてもかなり良くなっていた。身体を起こせるようになり、来週にも執務が再開できるだろう。


 ――アティアスとエミリスの二人は、ルドルフのところへ報告に来ていた。


「今回の事件は君のおかげで片付いたようなものだ。本当に助かったよ。ありがとう」


 ルドルフがエミリスに対して労いの言葉をかける。

 後になって振り返れば、今回の暗殺未遂事件に関しては、ほとんどエミリスの力で解決したようなものだった。

 アティアスとケイフィスを暗殺しようとしていた男を見つけて捕らえることに始まり、その後の尋問も行った。さらに、運悪く自分が攫われることになってしまったものの、それも独力で解決してしまったのだ。


「いえ、大したことはしていません。アティアス様をお守りするために私はここにいますので……」


 謙遜するが、彼女の功績は皆が認めるところだった。

 彼女が強力な魔導士だということもそうだが、それ以上に少々のことでは動じない、少女とは思えないほどの精神力に皆が驚かされた。

 それは皆が本当の彼女の歳を知らないからでもあったが、あえて公表する必要もなかったので伏せてあった。


「アティアス、よくこんな良い娘を見つけてきたな。大事にしてやれよ?」

「ああ、もちろんだ。……これからも頼むよ、エミー」

「はいっ! 私はアティアス様とじゃないと絶対に嫌ですからっ」


 ルドルフの前ではあったが、エミリスは気にせず彼に抱きつく。

 そんな彼女の頭をそっと撫でながら、アティアスは言う。


「しばらくしたら、今度はエミリスと2人で旅に出ようと思う。……親父、構わないか?」


 しばらくルドルフは思案し、答えた。


「ああ、普通は護衛も付けずにってのはないんだけど、その娘が付いてるなら許そう」

「ありがとう、親父」

「ありがとうございます」


 二人は揃って礼をし、執務室を後にした。


 ◆


「平和ですねぇ……」


 空を見上げてエミリスが呟く。

 ルドルフへの面談から帰ってきた二人は、自宅の庭に植えられた芝生の上に寝転がっていた。

 今日の彼女はオスラム達に攫われたとき駄目にしてしまったグリーンの服に似たドレスを着ていた。

 あの服がお気に入りだったので、新しく似た雰囲気のが欲しいとアティアスに買ってもらったのだ。


「そうだな」


 彼女の横にはアティアスが座っている。

 あの事件から一週間、特に何も起こらず、ふたりはのんびりと日々を過ごしていた。

 彼女にとって、これほどゆったりとした日々は今までなかった。もちろん家事は彼女が受け持っているので、何もしていないわけではないのだが。


「さっきも親父に言ったけど、そろそろまた旅に出るかなぁ。……どう思う?」


 ぼそっとアティアスが彼女に聞く。もちろん彼女がどう答えるかはわかっている。

 だが、妻である彼女に意見を聞くことは忘れなかった。


「はい、アティアス様のご希望なら私はどこへでもご一緒しますよ」


 笑顔で頷く。

 彼とならどこに居ても、どこに行っても楽しいと思えるだろう。

 そんな彼女の頭をアティアスは撫でる。彼女は猫のように目を閉じて彼の手の感触を堪能する。


「……嘘だよ。そもそもこの街でやり残していることがあるだろう?」

「えぇ? まだ何かありましたっけ?」


 突然の問いにエミリスは慌てて考える。

 暗殺事件は片付いた。

 身内の犯行かとも思った兄弟達の疑いも晴れて、元の平和な日常に戻ったはずだ。

 マッキンゼ子爵からの火種が片付いた訳ではないが、すぐに何かできることはないだろう。

 特に何かをやり残しているようには思えなかった。


「……何か大事なことを忘れてないか?」

「……うーん? 全然分かりません。ヒントくださいよぅ」


 彼を指でつついておねだりしてみる。


「ヒントか……。それは難しいな。どういうヒントを出しても答えがわかってしまうからな……」


 考えてみるが、なかなか良いヒントが思いつかなかった。


「まぁいいか。……近いうちにまた指輪を買いに行かないといけないな」

「……えっ?」


 エミリスは一瞬きょとんとした顔をするが、すぐに身体を起こし、目を輝かせて彼に身を乗り出してくる。


「……そ、それって?」

「あとドレスも仕立てないと。できるまでに時間がかかるからな」


 にやりと彼女に目配せする。

 彼が言いたいことを確信して、彼女は涙を浮かべている。


「アティアスさまっ!」


 そして彼の胸に頭をぶつけるように突進し、そのまま二人は芝生に倒れ込む。

 それほど重くはない……というよりも小柄で軽量な部類に入るだろう彼女だが、それでも急に体当たりされるとそれなりに痛い。

 押し倒される格好になった彼は、下から彼女の頭に手を回し、ぐいっと強く胸に抱きながら耳元で告げる。


「……それが終わるまでは、ちょっと旅には出られそうにないな」

「……はいっ。アティアス様、大好きですっ!」


 そしてエミリスはぐっと身体をずり上げて、彼に思いきりキスをした。

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