第252話 見えない盗賊
「……まぁ、コレに変な噂があることは認めるよ。ただ、おかげで助かってる面もある」
アティアスはエミリスの肩をポンポンと叩きながら、レシャーゼに答えた。
実際、事実としてアティアスの耳にも、一部の外部の者から彼女が『魔女』という呼ばれ方をしていることは届いていた。
しかし、それが街の守りに好影響をもたらしているという一面もあった。
例えば――
曰く。夜中に盗みをしようとした集団が、翌朝気絶した状態で柱に吊るされていた。……全員裸で。
曰く。スイーツ店で行列に割り込もうとした冒険者が、突然吹っ飛んで川に転落した。
などなど。
そのたびに「やりすぎるなよ……」と苦言を呈してはいるものの、彼女が言うには「一応、先に警告はしてます~」とのことだ。
確かに彼女の容姿を見れば、街に訪れた外部の人達からすれば、取るに足らない存在に見えるだろう。
だから警告などほとんど意味をなさない。
一方で、エミリスのことを良く知っているウメーユの街の人々からすれば、彼女はよく街を散歩していて気さくに話ができ、人気もあった。
大食い選手権で無類の強さを誇っているところも、その知名度向上に一役買っているのだろう。
「ふ~ん……。ま、なんでもいいけど~」
しかしレシャーゼはさしたる興味もなかったようで、何度か首を傾げたあと、ナハトに顔を向けた。
「で、このあとどーする~? コレ、突き出して賞金もらう~?」
彼女が指し示したのは、足元に転がっている野盗たちだ。
しかしナハトは首を振った。
「いや、ここからだと街は遠いし、賞金首とも限らないだろ? それに、俺たちが探している奴らとも違うみたいだしな」
「そっか、残念……」
それを聞いたレシャーゼはあからさまに肩を落とし、しゃがみ込んだ。
それは見ていたナハトからしても大げさに感じるほどだった。
「い、いや……。そこまで落ち込まなくても……。ほ、ほら、次の街に着いたら好きなだけ酒飲ませてやるから……」
「え、ほんと~? 約束だよ~? うひゃひゃひゃ」
するとレシャーゼはパッと顔を上げて、笑顔でナハトににじり寄った。
こうして見ていると、彼女はのんびりとした口調の割に、感情がころころと変わってわかりやすい。
アティアスはそんな彼女をよそに、ナハトの口ぶりが気になって尋ねた。
「探している? こいつらじゃないってどうして言えるんだ?」
ナハトたちが探しているのが、最近噂になっている盗賊騒ぎに関するものだとしたら、今回の相手がそれとは異なる「理由」があるはずだ。
それがアティアスにはわからなかった。
「ん? 盗賊は盗賊でもこんな雑魚じゃねえ。そりゃ、魔法石はちょっと厄介だが……ま、たまに横流しされたのを持ってる奴は他にも見たことがあるしな。……俺がゼバーシュ卿から受けた依頼は『見えない盗賊』を見つけることさ」
ナハトは意外そうな顔をしてアティアスにそう答えた。
「見えない……盗賊……だと?」
アティアスはナハトの言葉を繰り返す。
普通に考えると意味の分からない言葉だったが、アティアスの頭に引っかかるものがあった。
それを他所に、ナハトは続ける。
「意味が分かんねぇだろ? 俺もそうさ。まだ見つけてないからな。ただ、わかってるのは、襲われた奴らみんな、どんな奴に襲われたのか全く見てないってことだけだ」
「その口ぶりじゃ、顔を隠してただけ、ってわけじゃなさそうだな」
「ああ。夜なら顔が見えないってのもわかる話だがな、そもそも相手がどんな奴らなのかもわからないってことだ。だから俺たちはこのあたりで探してるんだ。3日前の夜、この先に出た、って話を聞いたんでな」
「そうか……」
3日も経っていれば、近くにいるとは限らないものの、それ以上の手がかりがないのだろう。
(相手の姿が見えない……ってのは、以前にも経験があるな……)
同じかどうかわからないものの、少なくともナハトから聞いた話と矛盾はしない。
しかし、もしそうならこれは思っていた以上に厄介な話なのかもしれない、とアティアスは眉を顰める。
「エミーはどう思う? ほら、グリマルトでの……」
アティアスは自分の考えを確かめようとエミリスに尋ねる。
関連があるかもしれないと睨んだのは、以前旅をしたグリマルトで何度か見かけた、姿が見えない男たちのことだった。
エミリスは首を傾げながら答える。
「んー、わかりませんね。でも、その可能性はあります。ま、見えてようが見えていまいが、私には全くかんけーないですけど」
「そりゃ、な」
彼女の力があれば、視界に入るよりも先にその気配を捉えることができるだろう。
たとえ気配を消すことに長けていたとしても、だ。
しかし、大多数の者たちにとっては、そうはいかない。
そのやり取りを見ていたナハトが口を挟む。
「アティアスはゼバーシュに行くって言ってたな。ゼルム卿に会うのか?」
「ん? ああ。俺も盗賊の件は気になっていてな。それで親父に状況を聞いておきたくて」
「わかった。俺たちはまだしばらくこのあたりの街道を監視するつもりだから、何か新しい情報があったら持ってきてくれ。……どうせ、ゼバーシュまですぐなんだろ?」
ナハトはエミリスが飛んで移動できることを知っている、数少ない仲間のひとりだ。
アティアスは二つ返事で頷きながら、ナハトの後ろで暇そうにしているレシャーゼに視線を向ける。
「ああ、任せろ。……その時はついでに酒樽くらい持ってきてやるさ」




