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第244話 しばしの休憩

「美味しかったですね。アティアス様」


 王宮に準備された部屋で食事を終えたウィルセアは、まだ残った食事とともに酒を飲んでいたアティアスに、横から注ぎ足しながら声をかけた。

 ウィルセアは自分がお酒に弱いことを自覚し、自宅以外では飲まないと心に決めたようで、今日は一切手を付けなかった。エルドニアでは彼女の年齢だとまだ飲んではいけないということも理由のひとつではあるものの。


 ちなみに隣室のベッドには大量の食事とワインを胃袋にしまい込んだエミリスが完全にダウンしていて、仰向けで寝息を立てていた。


「晩餐会の料理を融通してくれたのが良かったな。なかなかのものだ」


「そうですね。家ではここまで豪勢にはできませんし」


 テーブルに並べられていた料理は、もちろん晩餐会を優先させたとはいえ、余分に準備しこの部屋に運んでくれたものだ。

 それにはエレナ女王の取り計らいがあったことは言うまでもない。


「……これはこれでいいし、旅先で知らない料理を食べるのもいい。でも家でゆっくり食べるのも好きだよ。そりゃ、ノードとか呼んで賑やかなのもたまにはいいけどな」


「ふふ。それって、アティアス様は美味しいものが食べられれば場所を問わない、って言ってますわね?」


「まぁ……そうだな。旅ばっかりしてた頃は野宿で味のないものばっかりだったからな。毎日美味いものが食えるのはありがたいことだよ」


 領主の仕事が忙しいときは、食事くらいしかゆっくりできない日々だった。

 そのことをわかっているエミリスが、できるだけ彼の気分や好みに合わせてメニューを考えていることにアティアスも気づいていた。

 ……日中の執務では、ほとんど役に立たない彼女ではあるものの。


「私は今回初めて旅をしてみて、野宿も悪くないって思いましたわ。お風呂に入れることが前提ですけれど。ふふふ」


「そりゃ、エミーに感謝しないとな。普通は野宿だと風呂は無理だからな。ま、それも馬を使えば無理に野宿する必要もないが」


「はい。でも何事も経験ですわ。ほんの少しだけですけれど、冒険者の方々の大変さが分かった気がします」


 ウィルセアは微笑みながら、目を細めてアティアスにしな垂れかかる。

 今回の旅で、それまで真っ白だったウィルセアの肌は日焼けで色を変えたが、これから冬になっていくにしたがって、そのうち元に戻るのだろう。


「……そうだな」


 アティアスは頷くとグラスに残っていた酒を一気に飲み干し、テーブルに「コツン」と小さな音と共に置いた。

 それを見て、ウィルセアが改めて新しく酒を注ごうと瓶に手を伸ばすが、アティアスは片手で制する。


「いや、今日はもうやめておくよ」


「はい。承知しました」


 途中で手を止めたウィルセアは、その手を一瞬空中でふわりと彷徨わせたあと、アティアスの肩をそっと掴んだ。


「……明日はどうなさいますか?」


 ウィルセアが耳元で囁くように尋ねる。

 エレナとワイヤードに相談した結果、いったんは手を出さないことを勧められた。

 とはいえ、大切な荷物もそのままにしてきたし、バリバスからの依頼に対して何も返答せずに無視するわけにもいかないだろうことは、彼女にもわかっていた。


「……一度は戻るしかないだろうな」


「そうですよね……」


 ここ王都に来るだけで2日かかったのだ。

 つまり戻るとすればそれと同じだけかかる。

 そして、それから更に自宅があるウメーユに戻るのも、近いくらいに。

 行ったり来たりすることを想像すると、あまりに大変な道のりだ。


 それを考えたのだろうか。

 アティアスはしばらく考えたあと口を開く。


「荷物を取りに行くだけだから、ウィルセアはウメーユで待っていてくれ。どうだ?」


「でも……」


 ウィルセアはそう言いかけるが、別室で寝ているエミリスのことを考えて口を噤む。

 彼女に運んでもらわなければならない自分はただの荷物に過ぎない。

 少しでも負担を減らすことを考えるならば、先に戻って待っているほうがいいのは間違いなかった。

 もちろんアティアスたちのことが心配ではあるけれど、それもきっと彼女がいれば何があっても解決してくれるだろう。


 以前エミリスは「自分ひとりならもっと速く飛べる」と言っていた。

 だから、荷物のことだけを考えれば彼女がひとりで行くのが早いのだろう。

 とはいえ、彼女はアティアスと離れることを良しとしないだろうし、バリバスと話すにはアティアスがいないといけない。


「ま、ウメーユならポチもいるしな。数日空けるだけだから、心配はいらないさ」


「……はい。承知しました。わたくしは先に帰ってお待ちしております」


「すまないな。……さ、今日はそろそろ終わろう」


 アティアスは最後に紅茶で喉を潤したあと、傍らに寄り添うウィルセアの髪をそっと手で梳く。

 以前は彼がエミリスに対してしていたその仕草を、いつも心の底では羨ましく思っていた。

 もちろん、今でも彼女に対してはとても敵わないのだろうが、それでも自分にも時折その温かい手が向けられることが嬉しくて、そっと目を閉じる。


「はい。……お背中、お流ししますね」


 そしてうっすらと目を開き、見上げるようにしてウィルセアは呟いた。

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