第241話 王都到着
「あらら、大丈夫ですか?」
エミリスを抱きかかえたまま食堂に降りてきたふたりを見て、ウィルセアが手を止める。
ただ、眠そうな様子はそれほどなく、彼の首に腕をしっかりと回していた。
それを見て安心すると、注ぎ分けたスープを手にしてテーブルに並べようと厨房から出る。
すでにテーブルにはそれ以外の料理――簡単なパスタのようだ――は並べられていて、スープが最後のようだ。
「はい。でも早く寝たいですけど……」
「そうですわね。明日も王都まで行かないといけないですし、ささっと食べましょう」
先にウィルセアから椅子に座って、準備が終わったことを示す。
まだ手伝うことがあるかとも思っていたアティアスも、エミリスを椅子に座らそうと、足でそっと椅子を引いてから彼女をその上に座らせた。
「ありがとうございます」
「ほら、早く食べて風呂に入れ」
「わかりました。……ウィルセアさん、ありがとうございます。それじゃ、いただきます」
「いえいえ。このくらいしかお手伝いできませんから。いただきます」
ペコリと頭を下げるエミリスに、ウィルセアも同じように笑顔で答えた。
それを見届けてからフォークを手に取ると、一皿だけそびえ立つ山盛りパスタに勢いよく突き刺した。
◆◆◆
そして翌日の午後、まだ明るいうちに王都の近くまでやってきた。
本当ならば昼頃には到着する予定だったけれど、それよりはずいぶんと遅い。
その理由は、暗いうちにゼバーシュを飛び立つはずが、エミリスが布団を掴んで離さなかったため、彼女が起きるまで待ってから出発することになったからだ。
そのため、ゼバーシュの街の外まで歩く必要もあった。
尤も、彼女に飛んでもらわないとこれほど短時間で王都に行くことはできないから、やむを得ない事情と言えるだろう。
「そろそろ降りますよね?」
「そうだな」
今はまだ街道から離れた場所を目立たぬように飛んでいる――もちろん、近くに人がいないことをエミリスが監視したうえで――が、街道は王都から四方八方に延びているから、王都に近づくにつれどうしてもどこかの街道に近づいてしまう。
それを見越して、そろそろ降りる頃合いだということだろう。
一度、飛ぶ速さを緩めたエミリスは、改めて人目がないことをチェックしたうえで、人気のない街道に進路を取る。
そして、すっと着地すると、さも歩いてきたかのように振る舞うのだ。
「毎回こういうのって面倒ですよねぇ……」
仕方ないとは思いつつ、エミリスが呟く。
できる限り目立つことは避けるようにというアティアスからの指示を守る必要がある。
自分のように飛べる魔導士が他に何人もいれば話は別だろうが、こればかりは常人離れした魔力を持つ彼女くらいしかできない芸当だ。
「悪いな。夜なら良かったんだがな」
「ま、仕方ないですね。……お母さん、居ますかねぇ?」
一番の心配ごとはそれだった。
事前に連絡をしたわけでもなく、エレナ女王の予定を確認する余裕もなく、運任せで飛んできたのだから。
老齢になって視察に出ることも少なくなっているとは聞いていたけれど、それでもゼロではない。
エレナがいない場合、当然護衛をしているワイヤードも付き添っているだろうから、どちらとも会えないことになる。
「さぁな。せめて向かった先が分かればなんとかなるが……」
「うわ、また飛べって言う気ですね? 仕方ないですケド」
肩が凝っているのか、両腕を大きく回してストレッチをしながらエミリスが口を尖らせた。
とはいえ、機嫌が悪い様子ではない。
「まぁそう言うなって。……ほら」
歩きながら彼女をなだめつつ、後ろから肩に両手を載せると、ゆっくりと大きく肩を揉んだ。
少し力を入れるだけで、華奢で柔らかい肩に親指がぐっと沈み込む。
「ふにゅ……。おぉおぉ、そこ。そこが気持ちいいです……ぅ」
少しくすぐったいのか、肩を竦めるようにしながらも、凝り固まっているところを指示しながら嬌声を上げた。
歩きながらではそのくらいしかマッサージできないものの、彼女の機嫌を取るには十分だろう。
と――。
「――よう。どうしたんだ、急に」
「きゃあっ!」
突然背後から聞こえてきた声に、アティアスたちと並んで歩いていたウィルセアが驚いた。
もちろんアティアスたちも驚いたのは同じだったが、ウィルセアの声にかき消された格好となった。
「驚かさないでください、お父さん」
エミリスが不満そうな顔で振り返ると、そこには宮廷魔導士のローブを身に付けたワイヤードが立っていた。
初めて会った時と全く変わらぬ姿で、にやりと笑う。
確かにそこにいるように見えるのに気配が感じられないから、いつものように分身体なのだろう。
「まぁそう言うな。エレナに何か用でもあるのか?」
「お母さんにも用はあるんですけど、どちらかというとお父さんに話があります」
アティアスの代わりにエミリスが要件を告げた。
もちろんどちらが話をしてもいいのだが、エミリスに任せたほうがいいだろうとのアティアスの判断だ。
「俺にか? そりゃ珍しいな」
「ああ。ここで話をしてもいいんだが、できればエレナ女王と一緒のほうがいいと思う。急ぎ会えるだろうか?」
「ふむ。今日は夜に晩餐会がある。その前なら大丈夫だと思うが……。それまでに王宮まで来れるか?」
顎を押さえて考えながら言ったワイヤードが、傾き始めた日を見ながら問いかける。
ここから王宮まで行こうとすると、徒歩だとかなり時間がかかるからだ。
「急がないと間に合わないな」
「うーん……。飛んでいいなら余裕なんですけど」
許可が出ないことは分かっていたものの、ちらっとアティアスの顔色を窺う。
「さすがに駄目だ。走るか……」
「えー、嫌ですよ。走って早くなった以上に、休憩時間増えますし」
「はは、もう少し運動はしておいたほうがいいぞ? ……俺が門のところに馬を手配しておくから、それで来い。じゃあな」
ふたりのやり取りを見ていたワイヤードは、軽く笑い飛ばしたあと、ふっと姿が消え去った。




