第239話 次の方針
「……どのくらい知っている?」
アティアスは低く、小さな声で呟くように尋ねた。
先の話の通りであれば、ある程度のことまで知っているのは想像ができた。
しかし、アティアスも慎重にならざるを得なかった。
あまりエミリスの素性を知られたくはないが、恐らくうわさ話を聞いて、事前に調べてきているのだろう。
それであれば、むやみに隠すと逆効果になりかねない。
そんなアティアスの胸中をわかっているのか、バリバスは口元を緩めたような仕草を見せた。
「はは、私どもは普通の魔導士ですよ。始祖の一族と交わったのは大昔の話です。基本的に彼らは表に現れません。……最近、なぜ動きがあったのかもわかりません」
「さっき、地下に住んでいると言ったな? 遺跡の地下はどうなっているんだ?」
「わかりません。そう言われているだけで、我々は入ったことはないのです。というよりも、入り方がわからないと言うか」
「ということは、最近向こうが出てきた、ということなのか?」
聞いた話をまとめると、こちらから行く手段はなく、向こうがバリバスたちに圧力をかけてきていると考えられた。
しかし、バリバスは困ったような顔で首を振る。
「はい。とはいえ、よくわからないんです。彼らは気配もなく、突然どこにでも現れるものですから。ただ、我々の前以外……例えば、街に出てきたことはありません」
「ふむ……」
その話を聞いて、アティアスはエミリスと視線を交わす。
推測に過ぎないが、ワイヤードが自身の幻影を操っていたことがあり、それと同じようなものなのかもしれないと思った。
ただ、それならば――。
「単刀直入に聞くが、そいつらが何者か、知っているのか?」
「何者か、と言われますと?」
「言葉の通りだ」
その質問にバリバスは一度は聞き返したものの、しばらく考え込んでから答えた。
「……恐らく普通の人間ではない、ということだけは。ただ、何があっても手を出してはならぬと、父から強く言われております」
「そうか……」
そこまで聞いたあと、アティアスはじっと考え込む。
バリバスからの頼みごとに対して、どう回答するか。
自分たちが知っている情報からすると、バリバスの言っている者たちは、恐らく魔人かそれに近いものたちなのだろうと推測できた。
となると、いくらエミリスが異常な魔力を誇っているとはいえ、ひとりでは太刀打ちできない可能性も考えられる。
そう考えると、安易にその話を受けるのは危険だろう。
一方で、もし受けないとすればどうか。
バリバスはエルドニアへの戦争をちらつかせている。
戦争となっても魔人たちが出てこないならば、対処することはできるだろう。
しかし絶対にそうとも限らない。
それに、エミリスひとりに頼るばかりでは、更に彼女が目立ってしまうことになる。
今までは自領付近でしか力を発揮していないものの、国同士の戦争ともなればそうもいかない。
目立てば目立つほど、今回のような厄介ごとが舞い込むことになりかねない。
決めかねたアティアスは、バリバスに聞いた。
「……かなりの大事ゆえ、今すぐに判断できない。数日考える時間をもらえないだろうか?」
アティアスが即答できないことを予想していたのだろうか。
バリバスは「わかりました」と頷いた。
「……旅行中にこのような話を持ち掛けて申し訳ありません。数日後、また参ります」
そう言って立ち上がったバリバスは、軽く会釈してから部屋を出て行った。
3人だけが残った部屋では、アティアスが大きくため息をつく。
「ふー……。面倒なことになったな」
「ですわね……」
それまで黙って聞いていたウィルセアが相槌を打つ。
彼女も子爵令嬢として教育を受けていることもあり、先ほどの話がどれほど大きなことなのか容易に想像がついただろう。
「考えて答えは出ますかねぇ……?」
珍しく真面目な顔つきでエミリスが問いかける。
髪の色の話を聞く限りでは、魔人が関係していることは彼女も予想できているだろうと思えた。
「それもそうだけどな……」
「ただ、ひとつ気になることがあります。……もし、この街に私と近いくらいの魔導士がいるなら、私が気づかないはずはないんです。遺跡の向こうくらいまでは十分捉えられる範囲ですし」
彼女はその真っ赤な目を細めて、どこか遠くを見るように顔を上げた。
以前はそれほど遠い距離まで検知することはできなかったものの、今では大きな魔力を持つ者であれば、かなり遠くても存在はわかるらしい。
「地下って言ってたよな。完全に閉ざされていたらわからないんじゃないか?」
「その可能性はないとは言えませんけど……」
彼女の探知は自らの魔力を網のようにして放っていると聞いていた。
だから、全く隙間がなく閉ざされた場所――例えば地下に埋められた空洞など――にいる人を見つけることはできない。
遺跡の中も同じように隔離されている可能性だ。
「それはいったん置いておこう。……俺からひとつ提案があるんだが」
「はい、なんでしょう? ――お父さんに会いに行く、とかですか?」
エミリスが言った話に、アティアスは目を丸くした。
自分が提案しようとしていたことそのものだったからだ。
「よくわかったな。その通りだよ」
「んふふ。私も正直よくわからないことですから。ちょっと遠いですが、なんとか1日あれば王都まで飛べるでしょう。戦争の……って話も、お母さんに相談するのがいいかと思いました」
「そうだな。大変だが頼む。……今日はゆっくりして、明日王都に行こうか」
「はい、お任せください。アティアス様」
エミリスはゆっくりと大きく頷いて、にっこりと口元を緩めた。




