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第237話 突然の来客

 その帰り――。


「デザートデザート♪」


 エミリスは機嫌よくスキップしながら、本来の目的だったデザートの店を探していた。


「さっきあれだけ血の匂い嗅いだ後だろ? よく食欲あるなぁ……」


 アティアスは気分の重そうな顔でそう呟く。

 隣ではウィルセアも同意しているのか、先程からずっとほとんど喋らないけれども、頭はコクコクと頷いていた。


「そうですか? それはそれ、デザートはデザートですよ?」


「いやいや。なんというか、あの匂いってお腹の底から気分悪くなるんだよなぁ……」


「ですね……。それにそもそも昼食の後ですし……」


 ウィルセアも重い口を開く。

 顔色も少し悪いように思えた。


「俺はまだ慣れてるけど、ウィルセアにはきついだろ?」


「はい……。正直。全く経験がないわけでもないのですが……」


「仕方ないさ。それが普通だよ。エミーが異常――」


 と言いかけたアティアスは、ハッとして口を噤んだ。

 しかし、目を細めてじーっとこちらを見ているエミリスと目が合って、どっと汗が吹き出す。

 口は災いのもとと言うが、いくら仲が良いとはいえ、彼女の機嫌を損ねて良いことなどひとつもない。


「んふふ、アティアス様とはいえ、それはちょっと酷いです……よ? 私だって、血の匂いが好きな訳ではないんですから」


「そ、そうか。すまん」


 慌てて弁明しつつ、アティアスは顔に作り笑いを浮かべた。

 エミリスは不満そうな顔でしばらくそれを見ていたが、やがて「ふぅ」と息を吐いた。


「あんまり言いたくはないんですけど……。私、ずーっとああいう匂いがするところで過ごしていたことがあるんです」


「それは……かなり前のことか?」


 アティアスにとっても聞いたことがない話だったため、恐らくずっと昔のこと――もしかすると自分が生まれる前の話かもしれない――と思いながら聞き返した。


「はい。20年は経ってるでしょうか。何回か売られたあとのことです。……新しい主人は、幼い奴隷を買っては壊すってのが趣味だったんですよ」


 彼女の言う「壊す」というのが何を意味するのか。

 「血の匂い」と結びつけると容易に想像できた。


「それはゼバーシュでのことか? そんなことは犯罪だろう?」


「ええ、もちろん。と言っても、もうその人はいませんよ。さすがにやりすぎたみたいです」


「そうか……」


 アティアスはある意味ほっと胸を撫で下ろす。

 自分のルーツでもあるゼルム家が治めるゼバーシュで、そういう行為をしている権力者がいたということ自体、正常ではない。

 そもそも奴隷売買自体が禁止されたのは相当昔だ。

 それでも未だに裏で行われているということが、その根深さを物語っていた。


 もっとも、エルドニアの前王太子がその元締めだったということもあるのだが。


「私は珍しい見た目でしたから、勿体なかったんでしょうかね。……ま、そんなわけで慣れてるんです。その中で食事しないと生きていけませんでしたから」


「……そうか。……すまん」


 アティアスは自分の軽率な言葉を恥じて、視線を落とした。

 エミリスがただの食欲魔人だという認識だったけれど、それが誤りだったということに。


「いえ、良いんです。……それじゃ、お腹いっぱいデザートを食べてもいいですかねぇ?」


「あ、ああ……」


 にんまりと不敵な笑みを浮かべたエミリスに、アティアスはただ頷くことしかできなかった。


 ◆◆◆


 ――コンコンコン。


 その夕方、夕食までの間に宿の部屋でくつろいでいるとき、部屋の扉がノックされる音が響く。


「アティアス様、宿の(かた)です」


 その気配を確認したエミリスがアティアスに小声で耳打ちする。

 もちろん用心のためだ。


「わかった。出よう」


 頷きながら、アティアスは「はい」と扉越しに返事を返してから、中から外に向かって扉を開いた。

 万が一のことを考えて、エミリスはすぐ近くで何があっても対処できるように注意深く見ている。


「おくつろぎのところ、大変失礼いたします。貴方様宛に、来客がございまして……」


「来客?」


 恐縮しながら話す宿の男性に、身に覚えがなかったアティアスは聞き返した。


「はい。受付に来られています。ですが、まずはこの手紙を、と」


 そう言って、一通の手紙をアティアスに差し出した。

 来客の目的などが書き記されているのだろうか。

 封筒の裏を見ると、「バリバス・トゥイン・アルフィリーザ」とサインが書かれている。


「アルフィリーザ? 確か……」


 それは、アティアスの記憶が確かならば、この町ナックリンの領主の家名と同じ名前だった。

 町の外ならばともかく、このような場で領主の名前を語るとは思えないから、恐らく本物なのだろう。

 それは口に出さず、アティアスは手紙を開封して中を確認する。


「ふむ……。詳しい要件は書かれていないな」


 手紙の内容は比較的シンプルだった。

 自分は領主の子息であること。

 この町へ入る際の検問から、アティアスのことが報告に上がったこと。

 そして話は直接会ってしたい、ということだった。


「……行くしかないか」


 あまり気乗りはしないが、この町の領主家の者が名指して直接会いに来ているのだ。

 よほどの用がない限り、それを断ることは(はばか)られた。


「私たちも同行しますが、構いませんよね?」


「ああ。そのくらいは認めてもらおう」


 エミリスが確認する。

 とはいえ、アティアスがひとりで行くと言っても、それを認めるつもりはなかったのだが。

 アティアスもそれをわかっているから、彼女の確認は形だけのものだ。

 そして、部屋にウィルセアをひとりにするわけにもいかないから、必然的に3人で行くことになる。


「じゃ、行くか」


「はい、承知しました」


 宿の男の前で、わざとらしくも(うやうや)しく礼をしてみせたエミリスとウィルセアは、背筋を伸ばしてアティアスの後ろに続いた。

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