第233話 ナックリンへ
「ふー、ついたついたー」
翌朝、目的としていた遺跡の街ナックリンに着き、エミリスは満足そうに頷いた。
「……結局、飛んでの移動になったがな」
「…………」
後ろからぼそっと言ったアティアスに対しては、何も返事を返さない。
朝起きるところまでは良かったが、雲ひとつない空を見て、昨日のあまりの暑さを思い出したエミリスが、どうしても歩きたくないと駄々を捏ねたのは1時間ほど前のこと。
何度か説得したものの、涙目で嫌がる彼女を無理矢理歩かせるわけにもいかず、結局次の街まで運んでもらうことにした。
いずれにしても、多くの荷物を彼女に背負ってもらっていたから、あまり強く言えないのも仕方ないことではあった。
「まぁ、歩くことが旅の目的ではありませんから、良いことにしましょうよ」
ウィルセアもエミリスをフォローする。
「んふー、さすがウィルセアさん。話がわかりますねぇ……」
エミリスも同調してうんうんと頷く。
正直、ウィルセアにしても、昨日の暑さにはかなり堪えていたこともあり、立場上自分からは言い出せなかったものの、本音としては歩きたくなかったのはエミリスと同じだった。
それに、エミリスに火傷自体は治してもらったけれど、 1日でかなりの日焼けをしてしまって、これ以上顔が黒くなるのは正直避けたくもあった。
「まぁ、いいさ。とりあえず宿を探して荷物を置こう」
「はーい」
片手を上げて街に入ろうと歩き出したエミリスは、まずは街の入り口で検問を受ける。
「冒険者か?」
「はい。エルドニアから来ました」
最初にエミリスが冒険者の身分証を見せる。
アティアスの妻としての身分も記載されているが、年齢だけは21歳とある。
これは最初に作った身分証から引き継いでいるからだ。
実年齢もわかっている今、もちろん書き換えることもできるのだが、逆にそうすると彼女の容姿だと疑問に持たれることは必至だ。
21歳という年齢でさえ、本当か疑問に思うほどなのだから。
「通ってよし。次」
次々にアティアスとウィルセアも通過する。
ウィルセアも以前は冒険者としての身分証は持っていなかったが、旅に出る場合には無いと面倒だということで今回作っていた。
「結構、緑が多いですわね」
しっかりとした門をくぐったあと、街並みを見渡したウィルセアが感想を呟いた。
ここまでずっと砂漠だったこともあり、オアシスの街といえど、砂漠の延長線上にあるような街だとイメージしていたのだが、全くそれとは違う。
むしろジャングルに近いような、大木が至る所に生えている街に感じた。
「凄いな。ここには大昔から水源があるらしいが、ここまでとは」
アティアスも感嘆する。
はるか遠くに巨大な遺跡が見えているが、この街を支えてきたのは水源である湧水だ。
雨もあまり降らず、近くに川があるわけでもない。
どこに水脈があるのか謎だけれども、街の中心部の湖は絶えたことがないらしい。
「不思議ですねー。……あ、不思議といえば、この街の人たちは、やけに魔導士の素質がある方が多いですね。前の街ではほとんどいなかったんですけど」
エミリスは首を傾げた。
実際に魔導士として魔法を使うにはそれなりの訓練が必要だ。
熟練度がどのくらいあるかはわからないにしても、少なくとも魔力を持つ者の割合がかなりあるように感じた。
「そうなのか。俺にはわからないけどな」
「ふふ。でも私の相手になるような人はいませんからご安心を。早く行きましょうよ」
「そうだな」
エミリスに促され、背の高い街路樹の木漏れ日を浴びながら、街の中心部に向かって歩く。
日差しは厳しいが、影が多いのとひんやりとした風のおかげで、砂漠を歩いていたときのような暑さは全くない。
そのせいもあってか、エミリスも機嫌良さそうに鼻歌を奏でていた。
「この街の特産とかは、何かあるんでしょうか?」
大通りに並ぶ露店を横目に、ウィルセアが尋ねた。
ぱっと見ると、ヤシの実のような果物が並んでいたりもするが、予想外に生の魚なども置かれていた。
湖で獲れた魚だろうか。
それらの食材が砕かれた氷の上に並べられていて、腐敗対策が取られているようだ。
「あの氷は魔法かな……?」
「恐らく。それ以外の方法は思いつきませんし……」
寒い地域から持ってくる場合を除いて、魔法で生み出すくらいしか氷を得る手段はない。
水を出すのに比べても、氷を作る魔法は難易度が高いことから、それなりの使い手がいることが想像できた。
「……ん? あれは何ですかね?」
エミリスが目を留めたのは、とある露店だった。
大きな氷がいくつも並べられていて、『かき氷』と書かれていた。
「なんだろうな。氷を削っているみたいだが……」
先客がなにか注文すると、頷いた店主は何やら機械に氷をセットした。
そして手でぐるぐると氷を回すと、下からは粉々になった氷が落ちてくる。それを皿に受けていた。
「なにか載せてますわね」
その氷の横にフルーツを載せて、更に満遍なく色のついた液体をかけていた。
最後にスプーンを突き刺して、客に手渡す。
「なにか甘い匂いがします。とっても美味しそうに見えますねぇ……」
どんな味かはわからないが、匂いからはスイーツのように感じて、エミリスはじゅるりと涎を拭った。
「……とりあえず様子見でひとつ買ってみるか」
その様子を見たアティアスがエミリスに提案すると、ぱっと笑顔を見せた。
「おおぉ、さすがアティアス様。話がわかりますねぇ……!」
そしてエミリスは勢いよく店に向かい、鼻息荒く店主に告げた。
「すみませーん。人気のある味から順に3つ、作ってくださいな」




