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第231話 対処方法

 男の全身を恐怖が襲い、時間が止まったように感じた。

 目を閉じて身体を伏せていたから、周りの様子はわからない。

 しかし、ただスローモーションに感じるだけではないだけの時間が経ったことを理解したとき、自分の体に異常がないことに安堵する。


(……どうなった!?)


 矢が自分に当たらなかったことは運が良い。

 しかし、あれほどの人数の放つ矢だ。

 残念だけれども、狙われた少女は目の前で声も出せずに絶命しているだろう。

 そう思いながら、あまり見たくない光景ではあるが、ゆっくりと顔を上げた。


 だが、目に入ってきたのは、先ほどと何も変わらずに立っている少女。


「矢は……?」


 矢はどこに行ったのか。

 そう思って、矢が放たれたほうを振り返り、異様な情景に目を見開いた。


「――っ!」


 そこには、こちらに先を向けた状態で空中に静止している大量の矢があった。

 信じられない思いとともに、しかしそのまま自分に向かってきそうにも思えて、どっと汗が流れる。


「矢はお返ししても良いんですけど……」


 そう呟くエミリスの声を背中に聞いた。

 その瞬間――。


 ボワワッ!


 静止していた大量の矢が、同時に炎を上げて燃え始めた。

 それはみるみるうちに燃え広がり、やがて灰がぱらぱらと風に流れる。


「うんうん。これでヨシと」


 エミリスは軽い調子で満足そうに頷く。

 矢を放った男たちの動揺する様子が、彼女の視力だとはっきりと見て取れた。


 彼女の側で、唖然とした顔でしばらく見上げていた男が言葉を漏らす。


「魔導士……」


 その声にエミリスが反応し、視線を下して返答する。


「ええ。魔法を使わないなんて、私、最初から一言も言ってませんよ。ふふふ」


「どうりで……。あ……!」


 納得しかけたところで、男ははっと顔を上げた。

 弓で狙われていたことがあったせいで忘れかけていたが、決着は既に付いているとはいえ、自分がこの少女と決闘していたことは変わらない。

 彼女の言葉通り、そのまま首を刎ねられることも容易な距離感だったこともあって、急いで距離を取る。

 それを目で追ったエミリスは、困ったような顔をした。


「うーん。……私としてはどうしようか迷っています。人身売買するような族はここでさっさと始末しておきたい気持ちもあるんですけど、アティアス様には殺すなとも言われておりますし」


 彼女が考えたのは、ここで見逃すとまた別の者が被害に遭うだろうことだった。

 本来ならば、この国グリマルトの法に則って処罰されるべきだ。

 しかし、このような砂漠のど真ん中に軍を連れてくることもできないだろうし、仮に来てくれるとしても到着するまで足止めされてしまう。

 かといって、人数を考えると、自分たちで彼らを役所に突き出すこともできない。


 となると、いま取れる手段としては、自分たちで処罰するか、見逃すかの二択しかないように思えた。


「困りましたね。……貴方はどうするべきだと思いますか?」


「……俺にそれを聞くか?」


 先ほどの攻防を見ただけで、明らかに自分たちでは敵わない相手だろうことは容易に想像できた。

 それまでの彼女の余裕も、ただのハッタリではなく、その実力に裏付けされたものだろうことも。


 魔導士ということならば、恐らく逃げることも難しいだろう。

 ならば相手に命運を握られていることに他ならない。


 と、そのとき――。


 ――ドオォン!


 突然、離れたところで爆発音が鳴り響いた。

 方向は男の背後――仲間たちがいるほうで、急いで振り返る。


 魔法で仲間たちが撃たれたのかと一瞬思ったけれども、そうではないことはすぐにわかった。

 爆発の光が見えたのは、それよりも遥か遠くだったからだ。


「新手か……!?」


 そういう思いが自然と男の口から出た。

 しかし、それは即座に否定される。


「いえ、私の魔法です。――お仲間さんたちが逃げようとしましたので」


 見れば仲間たちが呆然と立ち尽くす様子が、爆発の光に照らし出されていた。

 彼女の言う通りならば、自分を残して逃げようとしたのだろうか。

 それを見咎めて、阻止するために魔法を放ったのだと。

 それにしても――。


「本当に魔法か……?」


 これまでに多くは無いけれども、魔導士を相手にすることは何度もあった。

 しかし、これほど離れたところに、あれだけの魔法を放つことができる魔導士など見たことがない。

 そもそも、魔法を使うには詠唱が必要で、更に声が届かないところに魔法は届かないというのは誰でも知っている常識だ。


 目の前の少女は詠唱などしていなかったではないか。

 今の魔法も、これまでも。


 その考えを読み取ったのか、エミリスは自慢げに笑った。


「私の魔法は他とはちょっと違うんですよ。ふふ……」


 そして、彼女は手に持っていた剣を鞘に戻すと、左手を男に向けてかざした。


「ひっ……!」


 自分に向けて魔法が放たれると思った男は、両手で顔を隠す。

 そんなことに意味はないのだろうが、それでも反射的に手が動いたのだ。

 だが、男の予想とは異なっていた。


「むぅ……」


 エミリスが小さくうなり声を上げたと同時に、男の体がふわっと浮かび上がる。

 今まで感じたことのない浮遊感に、驚きつつ手足を動かすが何もできない。


「なんだ……っ!?」


「えと。悩んだんですけど、いったんお仲間さんのところに帰っていただきますね」


 そう言ったあと、エミリスは魔力を操って男の体を仲間のところまで弾き飛ばした。


「どわああぁっ!」


 途中で地面との距離が近くなったのか、男の足が砂を巻き上げる。


「さてと。とりあえずアティアス様に相談ですかねぇ……」


 その砂煙で周囲が見えなくなったことを見てから、エミリスは機嫌よくスキップしながらふたりのところに戻っていった。

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