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第227話 続々・エミリスの苦手なモノ

「……にしても、この街は蚊と蝿が多いな」


 宿に戻り、部屋でくつろいでいるとき、周囲を飛ぶ羽音が気になったアティアスが呟く。

 暑い地域だからだろうか。

 ゼバーシュに比べても、それが顕著だという気がしていた。


「確かにそうですわね。部屋にもかなり飛んでいますし……」


 ウィルセアも周りを気にしながら、近くを飛んでいた蚊を叩こうとパンと手を合わせたが、逃げられたのか苦い顔をした。

 夜の暑さはそれほどではないけれど、これでは気になって寝られないような気がしていた。


「私はそんなに気になりませんけど」


 しかしベッドに寝転がっていたエミリスは涼しい顔で続けた。


「……以前住んでいた部屋はこんなものじゃなかったですから」


 アティアスには思い当たることがなかったから、彼女と出会う前の話だと考えて聞き返す。


「それは奴隷の頃の話か?」


「はい。他の奴隷の子たちと雑魚寝してた頃ですねぇ……。布団は藁でしたし」


 今となっては「そんな過去もあったな」と思う程度のことだが、そういった経験があったことで、エミリスとしても厳しい環境には慣れていた。

 ただ――。


「その割には、虫とか苦手だよな?」


 笑いながらアティアスが言うとおり、カサカサと音を立てて素早く走るあの黒い虫は大の苦手だ。

 どうにもアレには慣れなかった。


「飛んでるだけならいいんですけどね。……寝てるときによく服の中に入ってきて、飛び起きたものですから」


「うげぇ……」


 想像するだけで背筋がゾッとする。

 確かに古い藁敷を布団代わりにして寝ていたのなら、そういった虫がいくら出てきてもおかしくない。


「でもそれ以上に、あの足がいっぱいあるアレはもっと嫌いですけど。幸い、噛まれたことはないんですけど。目が覚めたときに、でっかいアレが顔の上を歩いていたときは死ぬかと思いましたよ」


「マジか……」


 まさかそんな経験まであったとは。

 幸い、アティアスはテントでの野営の経験は豊富だったけれど、そこまで強烈な経験はしたことがなかった。


「だから、ただ飛んでるくらいなら平気です。……まぁ、気になるなら駆除しますけど?」


「できるのか?」


 アティアスが聞き返すと、エミリスは軽く頷いた。


「もちろん余裕ですよ」


 そう言いながら、部屋のなかをぐるっと見回す。

 ランプの灯りだけの薄暗い部屋だが、夜目の効く彼女にとっては日中と変わりないのだろう。

 そして――。


 パチパチパチッ!


 彼女の視線の先が小さく音を立てて青白く光ったように見えた。

 そのあと、ほんのりと焦げたような臭いが部屋のなかを漂う。


「はい。たぶん今部屋にいる虫は駆除できたんじゃないですかね?」


 一瞬のことに、なにをしたのかよくわからなかったが、なにか魔法を使ったのだろうことはわかる。


「どうやったんだ?」


「ごくごく弱く、雷撃魔法を撃っただけですよ。一番手っ取り早いですから」


「なるほど」


 となると先ほどの音は、虫に電撃が走った音だったのだろう。


「そもそも近づかせないってこともできますけどね。雨粒でも防げるわけですから」


「エミリスさんすごい……。私もできたらいいのに……」


 それまで羽音で賑やかだった部屋がシーンと静まり返ったことに、ウィルセアが羨望の眼差しを向けた。


 羨ましいと思うけれど、彼女のように視線だけで魔法を放つなどという芸当はとても無理だ。

 制御も拙ない自分が同じようなことをやろうとすると、この部屋にもかなりの被害を与えてしまうだろう。

 そう考えると、強力無比な魔法を使うこともできるエミリスが、これほど繊細な魔法を使うこともできることには驚きしかなかった。


「ふふ、まー言ってくれたら、このくらいいつでもやってあげますから」


「ありがとうございます」


 ウィルセアは礼を言いながら、空いたベッドにごろんと横になった。

 3人で同室ではあるが、ベッド自体はダブルサイズのものが2つの、4人部屋だ。

 これまで特に理由がなければ、こういう場合にはエミリスがアティアスと一緒に寝ることが暗黙の了解となっていたから、自然とそうしただけのことだった。


 しかし、その様子を見ていたエミリスは、1度ベッドから降りるとそれまで自分が乗っていたベッドに手のひらを向けた。


「むー」


 すると、重たいベッドが少しだけ浮かび上がった。


「どうするつもりだ?」


 アティアスが尋ねると、エミリスは視線はそのままに答えた。


「どーせなら、ベッドをくっつけてしまおうかとー」


 言いながらも、ベッドを動かし始めた。

 と――。


 浮いたベッドの下から、黒いモノがカサカサと音を立てて這い出してきて――よりによってエミリスの足先に取り付いた。

 ベッドを浮かべるのに集中していた彼女は、最初それに気づいていなかったが、素足を登ってくる感触に首を傾げつつ視線を落とした。

 と同時に、目を見開いて声を絞り出す。


「……ひ、ひにゃーーっっ!!」


 ドスン!


 魔力が乱れてベッドが床に落ちる音が部屋に響く。

 幸い、あまり高く上げていなかったから、そのこと自体は大したことではないが、エミリスが慌てて手で払い除けた黒い虫はどこへともなく逃げていく。


「あうあう……」


 力なく床にぺたんと尻もちをついたエミリスは、青い顔をしながら震えていた。

 足に残るチクチクとしたこそばゆい感覚はまだハッキリと残っていて。

 改めて想像するだけで首筋が強張るのがわかる。


「お、おい。大丈夫か……?」


「だいじょばないです……。アレ、まだ部屋にいますよね……? やっつけるまでとても寝られないです……」


 それまで気にしていなかったけれど、こうして取り逃がしたからには、また姿を現す可能性が高いと思えた。

 そのうち部屋から出ていくかもしれないが、寝ている間に自分を襲ってくることもあり得ると思えば、とても落ち着いて寝ることなどできない。


「かと言ってな。部屋中ひっくり返すわけにもいかんだろ」


「うぅ、それはそうですけど……。なんとかしてくださいよぅ」


 そう言ってエミリスはアティアスにしがみついた。

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