第224話 絶好調
夕食の店へと向かう道で、何者かに尾行られていると気づいたエミリスの言葉に、まずは皆で早足に歩き様子を窺う。
「……あれ? 追ってこないですね」
意識を後ろに向けたエミリスは、その気配を確認して言った。
魔導士ならば細かく判別できるそうだが、普通の人相手ならば体格などある程度のことくらいしかわからない。
しかし、怪しい者がいるかどうかくらいならば、それで十分だ。
「そのほうが良いじゃないか。ほら、ちょうど宿の人が言ってた店があるぞ?」
「本当ですわね。入りましょう」
「ああ」
ウィルセアに促され、アティアスは店の扉に手をかける。
紹介された店は、この町では比較的リーズナブルにさまざまな料理を出しているという、大衆向けの店らしい。
扉を開けると店内はそれなりに広く、まだ少し早めの時間にしては、すでにテーブルの半分くらいは埋まっていた。それによく見ると、空いた席のいくつかには「予約」という札が置かれていた。
宿の人が「行くなら早い時間のほうがいいですよ」と言っていた意味もわかる。この調子なら、ほどなく満席になるだろう。
「3人なんだが」
すぐに駆け寄ってきたウェイターに声をかけると、「こちらへ」と窓際の席へと案内された。
「メニューは……と」
アティアスはテーブルに備え付けられたメニュー表を広げて、向かい側に座るふたりによく見えるように差し出した。
ウィルセアは彼のそういう些細な気遣いに感謝し小さく頭を下げると、メニューに視線を落とした。
「肉も魚もなんでもアリみたいですね」
エミリスがメニューをめくりながら呟く。
肉類の料理もあれば、港町らしく魚料理も多い。
さらに特筆するならば、よく知らない名前の野菜や芋類の料理も多く載せられていた。
「みたいだな。まぁ、海は繋がってるだろうから、魚はゾマリーノと大きく変わらないだろうが、植生はだいぶ違うだろうからな。俺も聞いたことのないものばかりだよ」
「ですねー。とりあえずいっぱい頼んでもいいですよね?」
「食べられるぶんだけだぞ?」
「もちろんです。……それはよくご存知だと思いますけど」
「だな。――注文を」
アティアスが手を上げると、すぐにウェイターがメモを持って寄ってくる。
そしてエミリスがメニュー表を見ながら言った。
「とりあえず、このページの上から下まで、全部2つずつお願いします」
「――は? 今なんと仰いましたか?」
自分の耳を疑ったのか、ウェイターがエミリスに確認すると、彼女は改めて一番上のメニューを指差す。
「だから、この料理から――」
そして、ずずっと指をメニュー表の上を滑らすようにしながら、ページの一番下のところで止めた。
「――ここまで。ぜーんぶ2人前です。あ、あとは料理に合いそうなワインを1本、ボトルで持ってきてください」
「は、はあ……。それを食べ切るには10人くらいは必要かと……」
ウェイターは指を折って確認しながら困ったように返すが、エミリスは気にしない。
「あ、10人でいけるんですか……。ならぜんぶ3人前でもいいかなぁ……? アティアス様、どう思います?」
「あとでまた注文すれば良いだろ。――すまないが、コイツは大喰らいでね。無いと思うが、もし残ったらちゃんと持って帰るよ」
「わ、わかりました。では、しばらくお待ちください……」
ウェイターは多少顔が引き攣っていたように見えた。
しかし、エミリスは続ける。
「あと、こっちのページも同じく、上から下までで」
「――!?」
メニュー表の別のページを開いたあと、全く同じことを告げた彼女に、ウェイターはカクカクと頷いたあと、震える手でメモを取ってから厨房にオーダーを伝えに行った。
それを見届けてから、アティアスが言う。
「ほどほどにな。だいぶ驚いてたぞ?」
ただ、エミリスはなんでもないことのように答えた。
「後で注文を足すのは面倒ですし。どうせ最後には全部食べるんですから」
「そうかもしれんけどなぁ……」
いつものことではあるが、彼女に食欲があるのは悪いことではない。
疲れが溜まっていたり真夏の暑い日など、あまり食べなくなるときもあるから、最初からこれだけ頼むということは体調が良いのだろう。
「お待たせしました。海藻のサラダ2人前です」
エミリスが涎を垂らして待っているのを見ていると、作り置きがあったのだろうか。ボウルに山盛りになったサラダがテーブルに届いた。
「いきなりなかなかのボリュームですわね……」
ウィルセアはそれを見て目を丸くする。
一方でエミリスは目を輝かせていた。
「ほほー、この店は期待できそうですね。いつもみたいに、先に好きなだけ取り分けてくださいね」
「ああ」
エミリスに言われて、アティアスは取り皿にサラダを少し取ると、ウィルセアもそれに倣う。
そして、外観ではほとんど中身が減っていないボウルは、エミリスの前だ。
「いただきまーす」
元気よく声を上げると、エミリスはボウルにフォークを勢いよく突き刺した。




