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第221話 昔話

 それからの航海は順調で、何もなくグリマルトの玄関口である港町、フェルトンに到着した。


「……なんか、今回の旅は順調ですねぇ」


 まだ入港の準備をしていることもあり、船室に留まったまま許可を待っていると、エミリスはしみじみと呟いた。


「良いことじゃないか」


「そーなんですけどね。これまでアティアス様とどこかに行くとき、何かあることばかりでしたから」


「たまたまだろ。俺がノードと旅をしてたときは、そんな事件ばっかりでもなかったぞ?」


 アティアスは過去の旅を思い返しながら答えた。

 エミリスの言う通り、彼女と出かけるようになってから、なぜか事件や事故が近くで起こることばかりだったような気もする。


「えー、私のせいだって言うんですか? 絶対、アティアス様のせいですよぅ」


 口を尖らせるエミリスはアティアスに反論する。

 しかし、アティアスとしても、エミリスと出会ってからのほうが、事件が多かったと感じていたことは間違いない。

 そもそも、エミリスとの出会い自体が事件だったのだから。


「そー言うなって。エミーがなんか引き寄せてるんだろ。……ま、俺もそれに引き寄せられたんだろうがな。ははっ」


 アティアスが笑うと、途端にエミリスは目尻を下げた。

 そして、彼の腕をぎゅっと胸に抱き寄せる。


「ふにゃー。アティアス様を捕まえられたのなら、それでも悪くないですねぇ……」


「まぁ、テンセズで暗殺されそうにならなかったら、エミーと会うことも無かったからな。シオスンの屋敷に出向いたのはそれが理由だったわけだし」


 もう5年以上前のことではあるが、その頃のことはまだ懐かしく思い出せた。


「そういえば、あまりその時の話は聞いたことがありませんわ。差し支えなければ聞いてもいいでしょうか?」


 それまで話を聞いていたウィルセアがふたりに尋ねた。


「ああ、構わないぞ。エミーもいいだろ?」


「いいですよ。……ちょっと恥ずかしいですけど」


「……どこから話すかな。えっと、俺がノードとふたりでテンセズに寄ったときのことだ。町で噂を聞いてな。子供が行方不明になるっていう……」


 ゆっくりとアティアスが話し始める。

 ふたりはそれに耳を傾けていた。


「で、なんかありそうだと調べ始めたんだ。って言っても、なにか手がかりがあるわけでもないんだがな。……酒場とかで話を聞いたりな。そのときにたまたま話しかけたのが、あのトーレスとミリーさ。その頃はもうひとり、ナハトって剣士もパーティにいたが」


「あ、あの御夫婦ですね。なるほど……」


「その頃からの付き合いさ。……話が逸れたな。それで、そのあと町長に挨拶しておこうと出向いたんだ。そこでお茶を出してくれたのがエミーさ」


 アティアスは腕に抱きついたままのエミリスの頭をぽんぽんと撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。


「懐かしの初対面ですねぇ。……私は全然記憶にありませんけど」


「はは。エミーにとっちゃ、ただの来客のひとりにすぎなかったからな。俺にとったら、変わった髪の子だなぁってすごく印象に残ったよ」


「この髪と目は目立って嫌だったんですけど、それが幸いだったみたいです。ふふっ」


「確かに、エミリスさんはすごく目立ちますよね。可愛いですし」


「まぁ、そもそもそんな容姿じゃなかったら、奴隷になんてなってなかったかも知れないがな」


 どちらが良かったのかはアティアスにはわからないが、正直、長い奴隷の時間を過ごしてきたエミリスのことを思えば、特別な容姿ではなくとも静かに過ごせるほうが良かったのだろうと思わなくもなかった。

 とはいえ、生まれを選べるわけでもないから、それはただの想像に過ぎないこともわかっていたが。


「もしそうだとしても、私はアティアス様に出会えたことのほうが嬉しいですけど」


「で、だ。まぁ、結局は町長が黒幕だった訳だが……その町長の命令で俺を暗殺しに来たのがエミーだな」


「えっと……?」


 ウィルセアはいまいち理解できなくて、エミリスに視線を向けた。


「はい。アティアス様が私に興味を持っていただいたのに気づいた町長……まぁ、元は私の雇い主ですけど。町長は媚びを売るふりをして、私をアティアス様に充てがったんです。それで、隙を見て殺せって。……ちなみに、そのときに渡されたナイフですよ、いつも持ってるこれ」


 エミリスは腰のベルトにいつも持っている、小ぶりなナイフを抜いて見せた。

 あれからも定期的に手入れをしているからか、錆もなく切れ味も上々だ。


「すごい出会いですわね……。私には信じられないですわ。それでアティアス様が許されたのも、そのあとご一緒になられたのも」


「アイツの命令だってわかってたからな。エミーの意思じゃない」


「それでも、ですわ。とはいえ、アティアス様がお優しいことは私も重々承知していますけれど」


 ウィルセアはこれまで同じ家で生活してきたし、仕事も共にしていたから、彼の性格はよく分かっていた。

 その彼ならば、いま聞いた話が誇張ではないことも理解できる。


「はは。ま、俺もエミーの涙にやられたというか。それにエミーの主人だった町長を捕らえた訳だからな。知っての通り、エミーは女王陛下の娘なわけだけど、当然その頃はそんなこと知らなかったから」


「あはは、私も行くアテがなかったですし、アティアス様に拾っていただけないとどうしよう、って必死でしたよ」


「ってわけだ。昔話はこんなものでいいか?」


 そろそろ下船の時間が近いのだろうか。船室の外がざわめき始めていた。

 それを察したアティアスが話を切り上げようとウィルセアに聞いた。


「はい。ありがとうございます。その頃の話は面白そうですし、また詳しく聞かせてくださいね」


 ウィルセアはそう言いながら立ち上がると、小さな船室の窓から外を見る。

 しかし、その瞬間、それまで楽しそうにしていた彼女の表情が一転して険しいものに変わったことに、アティアスはすぐに気付いて自分も立ち上がった。

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