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第210話 ……もし、次こういうことがあるなら

「ポチ、元気にしてましたか?」


 ウメーユの砦に帰り、執務室でエミリスが声をかけると、ポチは尻尾を振って彼女に擦り寄る。


「クゥーン」

「おー、よしよし」


 その首筋をぐりぐりと撫でると、お腹を見せて気持ち良さそうに身を任せていた。

 その様子を見ながら、アティアスは執務を代行してくれていたナターシャに声をかけた。


「姉さん、空けててすまない。とりあえずは片付いたから、戻ってきたよ」

「そうなのね。おかえり。思ったより帰ってくるの早かったわね」


 立ち上がりながらそう答えたナターシャに、ノードも頷く。


「あと1週間くらいはかかると思ってたぜ。ま、早い方が楽で助かるけどな。……こいつ、よく食べるし」


 言いながらノードはポチの方に視線を向けた。


「はは、この大きさだからな。暴れたりはなかったか?」

「ああ、大人しいもんさ。……でも火とか吐くんだよな、こいつ」

「こいつじゃないです、ポチですー」


 『こいつ』呼ばわりしたノードに、エミリスがツッコミを入れた。


「悪い悪い。ポチな。本当に火吐くのか?」

「えー、私も見たことないですね。……ポチ、ちょっとやってみてください」

「バウ!」


 それまでお腹を出して気持ちよさそうにしていたポチは、くるっと体を起こして、ノードの方に顔を向けて、口を開けた。


「ちょ、ちょっと待て。俺に向けて吐くなよ!」

「ははは。ポチ、それはまずい。エミーに向けて軽くやってみてくれ」


 慌てて体を庇うノードを見て、アティアスが笑う。

 エミリスなら炎を吐かれても防げるということだろう。


「バウ!」


 アティアスに言われて、ポチは今度はエミリスに顔を向ける。

 ただ、本当に吐いていいのか困っているような様子だ。


「ポチはいい子ですねぇ。……でも大丈夫です。ちょっと吐いてみてください」

「バウゥ」


 ポチは小さく吠えてから、エミリスの方に口を開けると、その漆黒の口の中がキラキラと光る。

 そして――。


 ――ゴゥ!


 勢いよくその口から炎が吹き出した。

 もちろん、その炎はエミリスの前でかき消され、彼女には届かない。


「おおぉ。結構熱いですねぇ……。ポチ、もういいですよ」


 ポチが口を閉じると、吐いていた炎は、ふっと消え失せる。

 そして、また伏せて尻尾を振っていた。


「……おっかねぇな」


 ポツリとノードが呟く。

 まだ子犬だが、下手な兵士よりも手強いのは間違いない。


 そこで、改めてノードはアティアスに向き合う。


「……で、結局どういう話になったんだ?」


 ◆


「そうか……」

「セリーナさんが……」


 アティアスがゼバーシュでの話を一通り説明すると、ノードとナターシャは顔を伏せた。

 直接の交流が少ないアティアスと違い、ふたりともセリーナがゼバーシュに来たときから面識があるから尚更だろう。


 ウィルセアが重い口を開く。


「……セリーナさんは、どうやらダリアン侯爵の後ろ盾を得て、トリックスさんを次期領主にしたかったようですね。私にはその気持ちはわかりませんが……」


 生まれたときから子爵令嬢だったウィルセアと、そうではないセリーナの環境は大きく違う。

 ただ、ウィルセアは生まれたときから決まっていて。

 その役割通りに生きてきただけだ。


(……そうじゃなかったら、私は今ここに居ないわけですけれど)


 その役割が良かったと思ったことはあまりないが、それでも……今こうしてここにいることができることには感謝しかない。

 だからこそ、セリーナが思っていたことが理解できなくて。

 たぶん、その立場に立ってみないと、その苦しさは理解できないのかもしれない。


「そうだな。……俺も四男で良かったと思ってるよ。レギウス兄さんの苦労は見てきてるし、そうじゃなかったらふらふらと旅に出て……エミーと会うことも無かっただろうし」


 アティアスがエミリスを見ると、彼女は小さく頷いた。


「……ただまぁ、もし長男だったとしても、ウィルセアとは会ってたかもな。タラレバだけど、もしかしたら婚約者とかだったかもしれない。……その前に俺が暗殺されてたかもしれないけどな。ははは……」


 苦笑いするアティアスに、ウィルセアは柔らかい微笑みを浮かべた。


「ふふ。そうですわね。……でも、ご安心ください。私は今でも十分幸せですから」


 ◆


 その日はそのままノードたちに任せて、疲れを取るため3人は自宅に帰った。

 荷物を片付けに自室へ向かったウィルセアを見送って、アティアスはエミリスと寝室に戻る。


「……昨晩はお楽しみでしたか?」


 ふたりになった途端、意地悪な顔でエミリスが聞くと、アティアスは目を丸くする。


「おいおい。ウィルセアはまだ12歳だぞ。流石にまずいだろ」

「んー、見た目は私とそんなに変わらないと思うんですけどねぇ……。むしろウィルセアさんの方が大きいですし。色々と……」


 軽い調子でエミリスは自分の胸をペタペタと触って見せた。


「べ、別に俺は子供が好きなわけじゃないから!」

「ふーん……。まぁいいです。……アティアス様が私を一番に愛してさえくだされば」


 そう言いながら、エミリスは上目遣いで彼にすり寄った。


「……昨日は悪かったな。ひとりにさせて」

「寂しかったです。……王都以来ですね、ひとりで寝たのは」


 思い返せば、王都で人身売買の囮を努めたとき以来のことだった。

 それからすれば、半年以上経っている。


「……もし、次こういうことがあるなら、ウィルセアさんを呼んでアティアス様を挟むのが良いと思います。ふふ……」


 エミリスは口元を緩めて、彼にしっかりと抱きついた。

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