第152話 適任
「まぁそれは置いといて……だ」
アティアスは話を逸らしてノードに向き合う。
「ふふ、認めましたねー」
そんな様子の彼に機嫌良くエミリスが言うと、アティアスは無言で彼女の頬を摘んで引っ張った。
「――ふにゃっ! いたひでふっ!」
抗議しながら彼の腕を掴むが、思った以上に力が入っていて、びくともしない。
なんとか引き剥がせないかと、しばらくジタバタしたものの、単純な力では無理なことを悟って音を上げた。
「……ご、ごめんにゃさひ」
彼女が謝ると彼は手を離して、代わりに頭をポンポンと撫でた。
「……別に怒ってはないからな」
彼はそう言うが、調子に乗りすぎたとエミリスは反省して、少し肩を落とした。
「はは、エミー。アティアスはそのくらいじゃ怒らないから心配するな。遊んだだけだよ」
その様子を見ていたノードが笑う。
彼女がふとアティアスの顔を見ると、照れているような様子で、目を逸らした。
「むー。ひどいですー」
エミリスは彼の手を掴むと、無理やり自分の頭を撫でさせながら、口を尖らせた。
「はは。……それで、ノード。昨日ナターシャに会って話をしたんだけどな」
「もう会ったのか」
「ああ。……ひとつ相談あってな」
アティアスが切り出すと、ノードが苦笑いする。
「なるほど。……つまり俺にも関係する話なんだな、そりゃ」
「よくわかるな」
「何年付き合ってると思うんだ。……またお前の我儘に振り回されるんだろ?」
そう言いながらも笑うノードを、エミリスは少し羨ましく思い見ていた。
アティアスと共に過ごしているとはいえ、まだ1年にも満たない自分は、まだノードほどは彼を理解できてないと感じた。
「……ん? どうした、エミー」
「あ、いえ。なんでも無いですよ」
つい、彼をじっと見てしまっていたようで、怪訝そうにアティアスが見る。
「で、どんな相談なんだ?」
「……普通それを先に聞かないのか?」
「はは。先に聞いても内容も結果も変わらないんだから、いつ聞くかだけだろ?」
「そりゃそうか。……あのな、姉さんと一緒に、俺の領地で働いてくれないかと思ってな。腕の立つまとめ役が欲しいんだ」
アティアスの話を聞いて、ノードは黙って思案する。
「……なるほど。今は別々の領主の町を、これから1つにまとめるのは大変だろうな。詳しくはまた聞かせてもらうとして……ナターシャはどんな反応だったか?」
「姉さんは、前向きには考えてくれそうな感じだったけどな」
「そうか。ま、相談しておくわ」
「頼む」
ノードは軽く言いながらも、まだ考え込んでいた。
「……どうした?」
「あ、いや。ウメーユは今マッキンゼ領だろ? 俺たちがもし行くとしても、向こうの偉いさんにも来てもらえれば、やりやすくなるだろうなって」
「ああ。それは俺も気になってる。ゼバーシュの関係者で固めると色々不満も出るだろうからな」
アティアスもそれは気にしていて、このあとミニーブルにも足を運んで相談しようと考えていた。
「誰か当てはあるのか?」
「……いや、ぱっと思いつくのはセリーナとかだろうけど、俺たちとは顔を合わせたくないだろうしな。他の向こうの人はよく知らないし」
ノードの問いにアティアスは首を振った。
ヴィゴールに推薦してもらうしかないだろうと思っていた程度だ。
「そうか。……俺が思うに、来てくれそうで適任なヤツが1人いるぞ?」
「本当か? ノードの知ってるヤツなら安心なんだが」
ノードの提案に、アティアスは乗り気だった。
「ああ。お前もよく知ってるだろ。……ウィルセア嬢さ」
「「…………は?」」
ノードの出した名前に、アティアスとエミリス、2人は声を揃えた。
◆
「ぶわっはっは! お前ら、そういうところはほんとそっくりだな」
目を点にして同じ反応をした2人を見て、ノードが腹を抱えて笑う。
それはいったん置いておいて、アティアスは聞き返す。
「なんでウィルセアなんだ?」
「そりゃ、わかるだろ。あのマッキンゼ卿の娘で影響力もあるだろうし、何よりお前が頼んだら二つ返事で来てくれるだろ」
ノードの言うことに一理あるのはわかるが……。
アティアスはちらっとエミリスの顔色を伺う。
「うーん、確かに彼女以上の人材はいないと思います……。思うんですけどね……」
エミリスは複雑な顔でぶつぶつ呟いていた。
「ただ、ヴィゴール殿もただでウィルセアをって訳にもいかないだろ。それ相応の見返りがないと」
「まぁ聞いてみたらどうだ。ウィルセア嬢を送り込んでおけば、それなりに向こうのメリットはあるだろ。まずは領内が落ち着くまでって期間を切るのもありだろうし」
「そうだな……。とりあえず選択肢のひとつとしては考えておくよ」
何はともあれ、ここで話をしていて決まるものではない。近いうちにヴィゴールと話をするしかない。
「それじゃな。ゆっくり楽しんでいきな」
「ああ」
「はい。ノードさんもお仕事頑張ってください」
◆
「……どう思う?」
ノードと別れたあと、アティアスは彼女に聞く。
「理屈で考えると、ノードさんの提案には一理ありますね。ウィルセアさんなら、今の領主の娘ですから領地の安定にはもってこいです。理屈では……ですけど」
「そうなんだよな……」
「……正直、私としては……彼女があんまり身近にいると、アティアス様が盗られちゃいそうで怖いです」
エミリスは素直に思っていることを吐露して、彼の腕をしっかりと胸に抱く。
「エミーの心配もわかるし、俺も……彼女を利用するようなことはしたくない」
「はい。まぁ、とりあえずはヴィゴールさんに相談してからで良いのではないでしょうか。……どうしてもウィルセアさん本人がっていうのであれば、私は反対しません。アティアス様は絶対に譲りませんけど」
「はは。名目上は俺が領主って言っても、実質はエミーだからな。せいぜい機嫌を損ねないようにするさ」
「そうしていただけると私も僥倖ですー」
彼の言葉にエミリスは機嫌よく頷く。
「そんな難しい言葉知ってたんだな」
「ええー、酷いですっ!」
「はは。ま、それじゃお姫様の機嫌を取るためにまた露店でも回るか」
「ふふー、よきにはからえですー」