第150話 交渉
「突然、女王の書状を持って、王都の魔導士が来たからびっくりしたよ」
2人がゼバーシュに帰ってきた日の夕方、翌日は新年になるということもあって、父であるルドルフに面会に来ていた。
ルドルフは開口一番に、書状が届けられたときのことを話し始めた。
「ああ、ワイヤードさんか。そりゃそうだろうな。……詳しくは聞いてないが、なんて書いてあったんだ?」
「ちょっと待て。……ええと、あぁ、これだ」
ルドルフは机の引き出しからその時の書状を探して、アティアスに手渡した。
「ええと……」
書状を広げて内容を確認する。
すぐ横からエミリスが覗き込むようにして首を伸ばしていた。
書状には、主にアティアスに関して、エレナ女王から聞いていたことが書かれていた。
今回の王都での奴隷商の組織摘発の一端に寄与したこと、ゼバーシュ領とマッキンゼ領間での諍いに関しては、女王の名で領地問題を非難するとともに、アティアスが解決に導いたということ。
その功績で個人として男爵位を叙爵したいということ。
そして、領地の諍いの責任をゼルム家とマッキンゼ家に取ってもらうことから、領地の一部を割譲せよ、ということが書かれていた。
「私としては今回の領土問題については、ゼバーシュ側の責任はないと思ってる。だから領地を分ける責任もないはずだけど、まぁそれを譲るのがお前なら、それも良いかなと思ったよ。ただ……」
ルドルフは椅子に深くもたれかけて、続けた。
「気になるのは、書かれてる功績について、それだけで叙爵されるほどかというと、今までの慣例から言うと珍しい。褒章が与えられるくらいじゃないか?」
彼の考察に、アティアスはどう答えるべきか悩む。
叙爵の裏の理由は、女王は娘であるエミリスが落ち着いて暮らせるようにと、取り計らってくれたものだ。
ただ、それを表向きの理由にするわけにいかない。
「わざわざ書状を持ってくるってことは、アティアスは女王に会ったんだろう?」
「……ああ。書状の話は直接女王から聞いたよ」
「そうか。ふむ……」
ルドルフは考えこむ。
しばらくして顔を上げた。
「まぁ深くは聞かないことにするよ。私に伝えられてないということは、伝えることができないことなんだろう?」
そう言って、ルドルフは口元を少し緩めた。
「……ありがとう、親父」
アティアスはそんな父に頭を下げた。
ルドルフには、それでアティアスが本当の理由を知っていることは伝わったはずだ。
「いずれにしても叙爵は5月ということなら、もう時間がない。いくら小さな町でも補佐する者も必要だろう。早く人選して体制を組まないと、あっという間に時間が過ぎるぞ。ある程度はゼバーシュから連れて行っても良いから」
父の意見にアティアスは頷き、そして口を開いた。
「……そのことなんだが、親父に相談がある」
◆
「あら、2人とも久しぶりね。あんたが独立するって話を聞いたわよ」
2人はルドルフとの面会を終えた後、城の奥に居を構える姉のナターシャに会いにきていた。
急な訪問にもかかわらず、快く迎え入れてくれた彼女は、お茶を出してからソファに座った。
「急な話で悪い。俺たちも女王から話を聞いてびっくりしたんだ」
「そうなの? まぁ良かったわね。それだけ認められたってことでしょ?」
「それはそうなんだろうけど……」
言葉を濁しつつも、アティアスは頷く。
その様子を見ながら、エミリスが話を変えた。
「ナターシャさんはあれからどうですか?」
「ええ、おかげで順調よ。まだ決めてないけど、来年には結婚式を挙げたいなって」
「それはおめでとうございます。式には呼んでくださいね」
「もちろんよ。絶対来てね」
ナターシャは笑顔を見せた。
「姉さんは結婚したらどうするつもりなんだ?」
「問題はそこよね。ノードは城で働いてるから良いとして、私はここを出て彼の家に行くことにしようとは思ってるけど……」
ナターシャは考えながら話す。
「そうか……。姉さんにひとつ相談があるんだ」
「なに? とりあえず聞くわ」
「ああ、ノードと一緒に、俺たちの新しい領地に来てくれないかなって思って」
「…………はぁ?」
唐突なアティアスの提案に、ナターシャは気の抜けた声を上げた。
全く想像もしてなかったのだろう。
「うーんと、いまいち意味が良くわからないんだけど……」
意図を問うナターシャにアティアスは説明を始めた。
「俺たちは新しくテンセズとウメーユを領地にすることになるんだ。ウメーユの方が大きい町だから、そっちを本拠にすると思う。それでだ、テンセズはともかく、ウメーユは俺が良く知ってる人って誰もいないんだ」
「……そうでしょうね。それで?」
「兵士もまとめないといけないし、領地運営もな。だから、俺が良く知ってて腕が立つヤツとか、俺たちの代わりに外交とかできる人とかが、できるだけ多く欲しいんだ」
ナターシャは真剣な顔で彼の話を聞いていた。
「そう考えると、ノードと姉さんと、どっちも適任なんだ」
「なるほどね……。ノードにこの話はまだ?」
「まだだよ。今日ゼバーシュに帰ってきたばっかりだからね」
「そう……。ノードと相談してみるわ。私は結婚したら、もう式典行ったりもしないつもりだったけど……あんたたちの役に立つんだったら、それもありかもしれないわね」
ナターシャは自分の考えを話すと、また考え込み始めた。
「あまり時間もないから、できれば早めに相談して欲しいんだ。頼む」
アティアスは頭を下げる。
それを横で見ていたエミリスも、それに倣って同じように頭を下げた。
「ふふ、前向きに考えるわ。ゼバーシュにいるより面白いかもしれないしね」
◆
「……どうなりますかねぇ?」
城からの帰り道、エミリスは彼に向けて呟いた。
「さぁな。2人が来てくれるとすごく助かるんだけどな。町の運営は今の町長にそのまま任せれば良いけど、他の領地との外交とか、兵士の集約とか、税のこともそうだ。早く決めないといけないことだらけだ」
「考えるだけで頭が痛いですね……」
「だから手分けしてやらないとな。テンセズの方は町長が交代した時に、ある程度の自治権を与えてるから、だいぶ楽だとは思う。ただ、ウメーユは正直全くわからないからな。だから、テンセズはノードたちに任せておいて、俺はウメーユに早く入って現状どうなってるのか確認していきたい」
アティアスがペラペラと話すのを聞いていたが、エミリスには正直良くわからなかった。
ただ、テンセズの時のことを思い出すと、ウメーユも同じようにできればと考えた。
「んー、たとえばドーファン先生に来てもらって、お手伝いしてもらうのは無理なんですか?」
「なるほどな……。先生はゼバーシュの魔法学院で働いてる訳だから、本来もう俺が借りる訳にはいかないんだろうけど。親父に相談してみるか。良い考えだ」
確かに前回のようにウメーユもうまく自治が回るようにできれば、領主とのしての仕事は格段に楽になりそうだ。
アイデアを出した彼女の頭を撫でて褒めると、満足そうに頷いた。