第148話 愛
「…………えっと、2人で私をからかってたり……しませんよね……?」
エレナ女王とワイヤードを交互に見ながら、エミリスは聞く。
「なんでそんなことする必要があるんだ?」
「うーん、面白いから……?」
ワイヤードの問いに、エミリスは首を傾げて答えた。
「うふふ。面白い子ね」
「……お前の若いころにそっくりだ。似てるのは顔だけかと思ってたがな。性格まで瓜二つじゃないか」
笑うエレナに、呆れたようにワイヤードが言う。
「そうかしら? ――ここだと話しにくいし、奥に行きましょうか。お茶でも淹れるわ」
そう言ってエレナは立ち上がると、2人を手招きして奥の自室に案内する。
「ここで住んでる訳じゃないのよ。控室みたいなものかしら」
2人をソファに座らせて、エレナはワイヤードが沸かしたお湯をポットに入れた。
ふと、壁に目を遣ると、肖像画が掛けられていた。
「ふふ、私の若いころの絵よ。ここに来たのは、これを見せたかったからなの」
優雅に椅子に座る情景を描いたものだった。
確かに、髪の色こそ違うが、顔の雰囲気はエミリスによく似ているようにも思えた。
「確かによく似てるな」
「……ええ」
アティアスの言葉に、エミリスが頷く。
ただ、その様子がおかしいことに気付いた。
「……エミー、どうした?」
「あ、いえ……。絵を見てると、なんというか……急に実感が……」
彼女の顔を覗き込むと、目に涙を溜めていた。
「……いくつか、聞いてもいいですか?」
「なにかしら?」
潤んだ目でエミリスが問う。
以前から、どうしても聞いてみたかったことがあった。
「私の生まれた日、それと……もし本当の名前があれば……教えて欲しいです」
エレナはあらかじめわかっていた質問かのように、迷うことなく答えた。
「まず名前はね、エミリス。それはそのままよ。……この人が付けたの。私の頭文字を取ってね」
その横でワイヤードが照れくさそうにしているのが、なんとも微笑ましくも見える。
エレナが続ける。
「それで、誕生日は……忘れたりはしないわ。12月15日。急に冷え込んだ寒い日だったから」
ふと頭に引っかかり、アティアスに聞く。
「えっと……今日って何日でしたっけ……?」
「あのなぁ。カレンダーくらい覚えておけよ。今日が15日だ。12月15日」
それを聞いて、ようやくワイヤードがこの日を指定した理由がわかる。
わざわざ、今日に合わせたのだろうと。
「つまり……?」
「ふふ、そう。今日が誕生日よ。……あなたの40回目のね。おめでとう」
エレナの祝福の言葉に、エミリスは無言で――その頬を涙が伝う。
「……あ……あぁ……お母さん……?」
「ふふ、どうしたの?」
小さな声で呟くエミリスに、エレナは聞き返す。
しばらく潤んだ目でエレナを見つめていたが、不意に立ち上がる。
そして、おもむろに駆け寄り――エレナを強く抱きしめた。
「お母さん……! うあぁ――っ!」
「……ごめんなさいね。辛い目に合わせて。もっと早く見つけられれば良かったのに……」
「ううん、そんなことない! 会えて……良かった……!」
「私もよ。エミリス……」
エミリスの背中を軽くさすりながら、エレナもうっすら涙を浮かべていた。
◆
「……なぜ、もっと早く教えてくれなかったんですか?」
しばらくして落ち着いたエミリスは、エレナが淹れたお茶を口にしながら聞いた。
「そうね。先に言うと、ビズライトのことに集中できないかもって思ったの。それと、そのあとも、少しあなたたちのためにね、準備が必要だったから」
「準備……?」
集中できないのは、確かにそうかもしれない。
でも、誕生日のためだけに2週間も待つとは思えなかった。
「ええ。実はあなたが生まれたのは、わたしがここの先王に嫁ぐ前……若いときにね、この人とできた子なのよ。……だから、あなたはわたしの娘だけど、この国の王族ではないの」
「……そうなんですね」
「小さいときに……その髪が珍しかったんでしょう。人攫いにあってね。……そのあと、たまたま先王に見初められて……」
「そのとき、ワイヤードさんは……?」
その質問にワイヤードが答える。
「……知ってのとおり、俺と人間は寿命が違う。俺と一緒じゃ、エレナも辛いだろう。……そう思って、お前が産まれてしばらくしたあと、エレナの側から去ったんだ。まさか、そのあと攫われるとは思わなかったよ」
「……だから、この前私に聞いたんですね?」
「そうだ。……それで先王が亡くなったあと、エレナの力になるため、ここに来たんだ。……もう死んでるかもしれないと思いながら、ずっとお前を探していた。辺境のいざこざの報告で、ひとりの若い女の魔導士が突然現れたって聞いて、もしかしたらって思ったよ。……そのあと王都でお前の魔力を感じた時は、本当に嬉しかったな」
ワイヤードが照れながらも想いを吐露する。
「……私の手にあった紋様って、それもワイヤードさんが?」
「ああ。産まれたときから、人との混血とは思えないほどの魔力があったからな。自分の意思で制御できるようになるまで、制限をかけさせてもらった。……そんなに簡単に解けるものじゃなかったはずだが」
エミリスの紋様があった左手を見ながらワイヤードが話した。
「……はい。アティアス様の命が危なかったとき、どうしても助けたくて、必死に必死に願ったら……いつの間にか」
「そうか……。アティアス、娘をどうかよろしく頼む」
ワイヤードはアティアスに向き合い、初めて彼に深く頭を下げた。
「こちらこそ。……エミーにはいつも助けられっぱなしだよ。だから……絶対に幸せにするって誓ったんだ」
「ありがとう。しばらく見せてもらったが、お前なら大丈夫だろう。心配はしてない」
ワイヤードの様子に、小さく笑いながらエレナが続けた。
「……でね、準備がって話だわね。娘へのちょっとした贈り物をね、ワイヤードに頼んでおいたの」
「贈り物……ですか?」
「ええ。あなたたちがこれから困らないように。……今になってわたしに娘がいた、って国民に説明する訳にもいかないから、その代わりにね。……アティアスさん、あなたに男爵の爵位を贈ろうと思うの。……どうかしら?」
突然の提案に2人は驚く。
「男爵……ですか」
「ええ。少しだけど領地もと思って、ワイヤードにゼバーシュ卿と会ってもらってきたのよ」
「親父と?」
「でね、相談したんだけど、この前マッキンゼ領との諍いがあったでしょ? あのあたりを、あなたに持ってもらうって話にしたの。マッキンゼ卿にもそれを話して、了解してもらったわ」
ぺらぺらと話すエレナに、だんだん頭が付いていかなくなってきた。
諍いのあたりといえば、テンセズということになるのだが。
「ええと……それはテンセズをゼバーシュから割譲するって話でしょうか?」
それにエレナは頷く。
「それだけだと少ないから、隣のウメーユもね。……間に山があるけど、それはうまくやってちょうだい」
「え、ウメーユを!」
自分の好きな町の名前が出て、エミリスが目を輝かせた。
「ヴィゴールにも会ったが、お前あの辺りでは有名人らしいな。……あまり目立つのは感心せんが」
「あはは……」
ワイヤードの話に、エミリスが乾いた笑みを見せた。