なんで、祝福されると思った?
勢いで作ってしまった短編ものです。
何となくでふわっとあっさり暇つぶしに読めるような長さで書いてます。
もしかすると、「なんでシリーズ」として、いくつか投稿するかも。
「俺は新たにミモザと婚約する! エスリナ、お前のような頭でっかちで男を立てようともせず、たいして美しくもない女とは生きていけない! お前との婚約を破棄する!」
いきなりだ。
いきなり我が家主催のパーティ会場でそんな叫びが上がったのだから、注目を集めないわけがない。
というか、何でうち主催のパーティでそんなことするの? 何か恨みでもあるの? 本当にやめてほしいんだけど。
何の前触れも無く始まったやっすい路上劇のような展開を遠くに見ながら、来賓の皆様に声をかける私はこの家の当主である『デレク』だ。
三年前に両親が急逝し、若くして当主を引き継ぐことになった。
それからの日々は目まぐるしいものだった。
王家や有力家との折衝、領地運営、家政と初めての事ばかりで頭痛や胃痛を感じなかった日は無い。しかも、隙あらば我が家の利権を掠め取ろうとする強欲な親類たちへの対応もあり、まともに意識を縁談に割く時間も無かった。
そんなこんなで日々が過ぎ、私にとってショッキングな出来事があったのだが、それはさておき、目の前で繰り広げられている出来事も相当ショッキングだ。ただ、まあ、良い意味で。
「エスリナ! お前は領地がなんだ、家政がなんだと何でも口を出し、己の立場も弁えず、我が家の方針に異論を唱えるだけでは飽き足らず、次期当主である俺の事も蔑ろにした! あまつさえ、俺が心から愛するミモザを認めようとしない、嫉妬深い醜い女だ!」
即興劇の中心人物は三人、『エスリナ』、『ルシオン』、『ミモザ』である。
その内、エスリナはルシオンと婚約を結んでいる。勿論、家同士の利権が絡んだ政略だ。
そして、ミモザというのはルシオンの恋人、まあ、状況から見れば浮気相手なのだろう。
件のルシオンの家は、以前に事業拡大に失敗して背負った負債で家の存続さえ危ぶまれていたが、いつの頃からか持ち直している。
――なるほど。由緒ある家と繋がりを与え、エスリナに持ち直させ、家の断絶を防ぐためのお上の打診だったわけだ。
エスリナの家は新興とまではいかないが、それでも、古い歴史のある家ではない。
かつて他国からの侵攻を防ぐのに貢献し、自らの財を惜しみなくなげうち、国の復興に尽力した人物が爵位を与えられてできた家らしい。
数字に強く、交渉術にも優れ、戦の才覚まであると言うのだから恐ろしい限りだ。
その血筋に漏れず、エスリナもまたその知性から才女として謳われている。
そんな彼女が婚約者として家に入り、様々な問題点を洗い出し、それらを改善したからこそ彼の家は持ち直すことができたのだから、彼女に感謝こそすれ、このような場で貶めるようなことなどあってはならない。
まさに恩を仇で返す所業だ。
私が知っているように、ルシオンの家を持ち直させた立役者がエスリナであることは、ここに集ったパーティ参加者は皆が知っている。
そして、彼の非道な行いを快く思っていないのも私と同じだ。
「エスリナ、何か言ったらどうなんだ!」
ルシオンの荒ぶる様子に、エスリナは心底呆れたような表情を一瞬だけ覗かせたが、すぐに淑女の微笑みを浮かべた。
「……それでは、まずはご挨拶を。初めまして、ミモザ様」
「ひ、ひどい。初めましてなんて……やっぱり、私を認めてはくれないのね?」
「認めるも何も私があなたと対面するのは初めてですから」
「お前はどれだけ嫉妬深いのだ! 俺の愛が向けられないからと、俺の最愛を貶めるとは!」
いつまでもギャーギャーと喚き散らしてばかりで話が一向に纏まる気配が無い。
非常に気乗りしないが、主催者なので仕方なく仲裁役となろう。
「何やら、先程から騒がしいがどうしたのかな?」
「っ! デレク様!」
私に対していち早く反応したのは意外にもエスリナだった。
しかも、それまでと違い、頬を薄っすら紅潮させながらも、気まずそうに視線を逸らし、何とも複雑な表情を浮かべている。
――ふむ……これは期待していいのかな。
エスリナの反応にそんな想いを抱いていた私に、考え無しの無能男が話しかけてきた。
「これはデレク殿! いえ、なに貴殿が主催するパーティに参加するのは名家の方ばかりなので、場を借りてこのつまらない女に婚約破棄をさせてもらいました。これだけの名家の証人がいるのです。反故になどできますまい」
悪びれも無くスラスラと非常識なことを宣う。
この時、この不届き者の顔を殴りつけなかった自分を褒めてやりたい。むしろ、称賛を浴びても良いぐらいだ。
何せこんな下らない茶番を行うのに“丁度良い”と言われたも同義だ。格下如きが我が家を完全に馬鹿にしている。
「なるほど。それで短慮にもこんなマネをしたのですね? 主催者である私に断りも無く」
「あっ、いえ、その……」
私が凄みを利かせると、途端にルシオンはしどろもどろになってまともな言葉が出て来なくなった。
この程度の圧で平静さを失うなど、これが次期当主ではまともに家を繋げることなどできまい。
それでもエスリナがいれば話は別であっただろうが、彼自身が言ったようにこれだけの前で婚約破棄を宣言したのだ。
例え、書面で正式に破棄していなくとも取り消すことは不可能だ。
それならば――
「話はわかった。その婚約破棄の件、私が証人となろう」
表情を穏やかにして私がそう言えば、即座に彼の顔は明るさを取り戻し、喜色満面と言った様子でミモザとかいう女と抱き合っている。
その様子を無感情に見つめるエスリナ、そして、周りの参加者たち。
この二人は祝福されていないことに全く気付いていない。見事に脳内お花畑でお似合いだ。
私は徐にエスリナの前に立つと、跪いて彼女の手を取り、真っ直ぐにその瞳を見つめる。
「エスリナ嬢、どうか私と婚約してくれないか? 婚約破棄されたばかりの貴女にこの場で申し込むのは不躾だとわかっている。だが、それでも私はあなたが欲しい」
「デレク様……」
エスリナは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
しかし、私の手を振り払おうとはしない。それどころか緩く握り返してくれた。
それに私の胸が高鳴った時、彼女は顔を上げると、そこには涙で瞳を潤ませ、穏やかな彼女の笑顔があった。
「こんな私で良ければ、お受けします」
「エスリナ嬢、ありがとう!」
周りからは私たちを祝福する歓声と拍手が沸き起こる。
私は思わず立ち上がると、彼女を抱き締めてしまった。
腕の中から彼女の驚いたような短い悲鳴を聞き、我に返って慌てて体を離す。
私の行動がおかしかったのか、エスリナは控え目な笑い声を漏らした。
その仕草も声も、何もかもが可愛すぎて目を奪われていると、不愉快な声が聞こえてくる。
「な、んだ……それは!」
エスリナの可憐さで思考を奪われ、完全に存在を忘れていたルシオンが吠える。
激高して自らが婚約破棄を言い渡したエスリナを、何故だか睨みつけていた。
この男は一体何がしたいのか、私には全く理解できない。
私はエスリナの腰に手を回し、彼女を抱き寄せる。
視線を交わしたエスリナの顔に拒絶の色は無く、はにかむような笑顔を向けてくれた。
私も彼女に微笑み返すと、先程からやかましい男を鋭く見据える。
「なんだとは、なんだ?」
「何故、エスリナが祝福されるのだ!?」
「言葉の意図を理解しかねるな」
「俺がそいつとの婚約を破棄し、ミモザとの婚約を宣言しても何も無かったではないか!」
こいつは本当にどうしようもないな……仕方ない。わからせてやるか。
「お前の家は傾き、存続が危うい状況だった。それを鑑みた王家の采配によってお前とエスリナ嬢の婚約が結ばれ、彼女が尽力した結果、持ち直すことができたのだろうが。それにも関わらず、衆目の中で婚約を破棄するという非道な行いをお前はした。しかも、格下のお前が、格上である私が主催するこの会場で、だ。それは私の顔に泥を塗り、愚弄したも同義だ。そんなお前らが――」
――なんで、祝福されると思った?
デレクは両親が健在の頃、何度か良家の子女が集まる場で見かけたエスリナに惚れていました。
成長するに従い、魅力を増していく彼女に心奪われ、両親に彼女との婚約をお願いしていたのですが、その両親が急逝してしまい、彼女との婚約が結ばれることはありませんでした。
そして、急に家督を継いだため、他を気にかける余裕も無く、気付いた時にはエスリナはルシオンと婚約していたのです。
その時の彼の絶望は計り知れないものでしたが、今回の騒動で無事にエスリナと婚約をすることができて幸せいっぱいです。
ちなみにエスリナがいなくなり、デレクからも正式な抗議を受けたルシオンの家は……
ここまでご覧頂き、ありがとうございました<(_ _)>