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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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首を断たれて罪を贖う


「いま奏上するの?」

「うむ。お願いできますかな?」

「いいけど、そいつに願う事なんて何もないよ?」

「そこは適当に見繕ってくだされ」


 最早何が何だかサッパリな官学生たちだが、彼に祝詞の奏上を頼まれた私は、抜きんでて何も分からずにいる。


「ソウ、どうなってるの?」

「分からない。とりあえず集中させて」


 ヒスイやユハン。さらにタライとウヅキも浮かばない顔を作るなか、私は大きく息を吸って詞を読み始めた。


 でも何を願えばいいんだろ? いざ願いが叶うとなると何も願う事が無いぞ。かといってオキマサの不幸を願っても聞き入れられないし。…………あ、そうだ。


「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」


 などとうだうだ考えていると、私は祝詞を奏上し終えていた。しかし願い事は決まった。

 ――――私は願う。“どうかチヨヒメが、その失った心を取り戻せますように”。


 そうして太陽は顔を出し、西ノ宮の街を光で覆う。大海に反射した日光が、大空に照りつく程の神々しさ。


「ソ、ソウちゃん?」

「…………おいおい、なんだよ」


 ユハンとタライが目を丸くして私を見る。ヒスイも言葉にこそ出していないが、その顔は二人と同じ感情を表している。

 ウヅキの前では何度か纏いをしたので、彼はもう慣れている様子だったが。


「ソウ、アナタよね?」

「うん」


 ヒスイが一歩後ろに下がり、そのおでこを汗で濡らしながら私に問う。

 確かに今の私は、最高神の神霊を纏っているので、皆が驚くのも無理はない。


「な、なんら、お前ッ。いや、あなた方は天つ神なのれ?!」


 それはオキマサも例外ではない。それどころか、大通りを歩いていた一般人ですら足を止める始末。


「たった今、うぬが感じた神霊は、紛れもない天陽大神のものだ。そしてうぬは今から、主宰神の御前にて、嘘偽りなくワシの問いに答えねばならぬ」


 カナビコの声がいつになく重々しい。まるでこれから裁判でもするかのような口ぶりだ。


「分かったか?」

「っひ! か、かしこまりましらッ!」


 彼の一挙手一投足にビクつくオキマサ。それもそうだ、いま彼の目の前には、誰もが尊ぶ天つ神がいるのだから。


「先ず汝に問う。この“転変の札”はどこで手に入れた?」


 何だ何だと集まって来た野次馬が、円を描くように私達を取り囲む。そして飛び交うのは、天神を敬うような言葉の嵐。

 そんな中でも、オキマサは視線を外すことなく質問に答える。


「それは、ここよりさらに東の地で、私が買い取ったものれございます」

「どこの誰にだ?」

「お、尾羽里おはりの双神から、貰ったのれす」


 地べたに膝を着き、頭を下げながら言葉を述べ続けるオキマサ。そのあまりの怯えっぷりに、元々舌足らずだった口調にも拍車がかかる。


「汝、オキマサと言ったな?」


 ――――私が彼を見下す。これも纏いのせいなのか、今ならどんな罵詈雑言でも、気持ちよく彼に浴びせられそうだ。


「は、はい! オキマサと申します!」

「今しがた汝が申したこと、それに偽りはあらぬな?」

 ――やっぱり恥ずかしいなこの喋り方。本当に私が喋ってるのかこれ。


「は、はいぃ。嘘などは一切…………」

「オキマサとやら、表を上げ、蒼陽姫の目を確と見よ」


 その言葉にオキマサは顔を上げ、ほんの瞬き程の数秒だけ、私に目を合わせると、再び頭を地面にたたきつける。


「はいぃぃッ! もちろんでございますッ」


 そう叫んで頭を打ち付けるオキマサ。そのあまりの激しさに、民衆からは泡沫のように嘲笑が浮かぶ。

 ――――しかし、一体どんな目をしてるんだろ、あたし。


 そして再び、カナビコが口を開く。

「ふむ。では次に聞く。お主は一体、これまでに何人の者に呪いをかけてきた?」


 その質問にたじろぐオキマサ。そんな炎天下のミミズのような姿から察するに、多かれ少なかれ、呪いはかけている様だ。


「な、七人でございます」

「それは誠か?」


 キンキンに冷やした口調でオキマサに言う。――もし私が、アマハル様にここまで冷たくされたら、きっと嘘はつけないだろう。


「はい! 主宰神のご神霊に誓って、誠でございます!」

「よろしい。では最後だ。うぬはチヨヒメを何処で拾った?」


 頭を下げ続けるオキマサの傍で、静かに膝をかがめるカナビコ。そうして声に凄みを持たせると、彼は最後の質問へと移った。


「ち、チヨちゃんは、三川みかわの国の海沿いで見つけました」

「ふむ、三川か。ワシも何度か行ったが、あそこも中々良い場所だったな」

「は、ははぁ」

「おっと、話がそれたな」


 膝に手をついて立ち上がるカナビコ。そうしてそのまま私に目を向けると、彼は静かに腰を曲げる。


「蒼陽姫。この者の処罰は、こちらで決めても構いませぬか?」

「……構わぬ」


 私がそう言うと、カナビコは懐から小さな笛を取り出し、煙草を銜えるにそれを唇に挟んだ。

 そうして息を吹き込まれた白い笛は、モスキート音の様なか細い音を奏でる。


「鳥? 何してるの?」

「うむ、裁きの神を呼びました」

「裁きの神?」

「簡単に言えば、罪人の罪を余すことなく見抜き、それら全てを考慮したうえで、処断を下す便利な、いや、貴き神です」


 便利って言ったぞ。

 

「ふーん。じゃあ私たちが尋問する必要なかったんじゃない?」

「いえいえ、裁きの神に罪人を裁いてもらうとき、その者に罪が無かった場合は、今度は呼んだ者に罰が下されるのじゃ」

「それで証拠を固めてたって事か」

「左様」


 ――――そうやって私たちが話をしていると、周りを囲んでいた野次馬たちが突如騒ぎ出した。中には悲鳴も聞こえる。


「おいどきやがれ!」

 野蛮な声。しかし姿は見当たらない。

「ハッハ! ハッハ! どかぬなら膿をかけてやるぞぉ! ハッハ!」

 今度はどことなく偉そうな、無性に腹の立つ甲高い声が飛んでくる。


 もしやと思い、騒ぎの方に目を向けると、野次馬の中から見覚えのある二人が姿を現した。――あの時、私とチヨヒメを追って来た小男と膿男だ


「くっせぇ、何だこの匂い!」


 先ほどから鼻につく臭い。腐った水に腐った牛乳を混ぜて、さらに一時間ほど煮込んだような酸い臭い。

 その鼻がつぶれそうな臭いに皆我慢していたが、唯一タライだけが音を上げた。


「ハッハ! そこの童、顔は覚えたぞ!」

「おいハゲナ、今はそんなこと言っとる場合じゃねえだろ」

 

 カナビコより背の高い細身の男と、私より背の小さい小男は、堂々とした態度でオキマサの傍に立つ。


「おいあんたら。座長が何をしたかは知っているが、ここは見逃してはくれねえか?」

「それは無理な願いじゃのう」


 私の胸元ほどしかない身長の男。その様は子供さながらだが、しかし下腹が醜く膨らみ、顔も立派なおじさんである。


「ハッハ、ハッハ! 豆坊主よ、そんな事より、今は自分の心配をするべきではないか?」

「ああ?」

「我らもとうに、罪人としての汚名を着せられているやもしれぬ。座長の密告でな」


 顔に大きなニキビのある男。先ほどから吐き気を催すような臭いは、こいつのジュクジュクと膿んだデキモノから漂っている。


「何を言うんらハゲナ! 私はお前らの事なろ一切喋っれいないぞ!」


 オキマサは顔を上げて、ニキビ男に声を震わせる。

 背の小さい男には、幾らか人情もあるようだが、ハゲナの方はさらさらないように感じる。


「ホントかハゲナ! 座長の奴、俺たちを売ったのか!?」

「ハッハ! 恐らく、いや確実にな! ハッハ!」

「んだとクッソォ。座長、おん前ぇ…………」


 脳みそが小さいのか。それともハゲナに絶大な信用があるのかは分からないが、言葉を鵜吞みにした小男の方も、オキマサに鋭い視線を向ける。


「豆坊主、私は喋ってなろいないぞ! 信じれくれ!」

「いや、あんたは昔から、俺たちの事なぞハナから道具としか思ってねえ。信じられるか」

「ハッハ! ハッハ! 膿が痒いのうハッハ! ハッハ!」


 食べ物を取り合う猿のような、その目も当てられない醜悪さに、私は腹の底からため息を吐きつくす。


「……カナビコ、裁きの神はまだ来んのか?」

「もうそろそろ来るかと」


 その言葉通り、画面が切り替わるように現れる一つの気配。それは砂嵐のようにざあざあと五月蠅かった場の空気を、ものの一瞬にして引き締めらせた。


「…………お待たせ」


 可愛らしい声が聞こえる。振り向くとそこには、背の小さな髪の長い女神が一柱。…………確か彼女は、先鉾のメンバーだった気がする。


「すまぬなクサバナ。こんな所まで」

「大丈夫。それより、仕事は?」


 閉じきった瞳と眠たげな表情。クサバナと呼ばれるその女神は、カナビコの裾を掴むと静かに目をこする。


「うむ、ここにおる三人じゃ。見えるか?」


 少し背の高めな中学生くらいのクサバナに、カナビコは膝をかがめて目線を合わせる。――しかし裁きの神と言うから、どんな厳つい神が来るのかとも思ったが、存外癒し系で安心した。


「…………うん」

 首を縦に振るクサバナ。しかし目は閉じたままだ。本当に見えているのだろうか。

「一人、女の子がいるはず」

「おお、そうじゃった、そうじゃった」


 そう言って手のひらに拳を打ち付けたカナビコは、風に変えていたチヨヒメを元の姿に戻す。


「チヨちゃんッ!」


 チヨヒメが現れた瞬間、童門一座の連中が血走った眼を彼女に向けた。まるで血に飢えた卑しい蚊の様な鬱陶しさ。


「チヨちゃん、僕たちは悪くないって言っれ!」

「ハッハ、ハッハ! チヨ殿、さあさこちらへ戻られよ!」

「…………ッひ」


 狂言師の様な喋り方でハゲナは手をこまねくが、チヨヒメは絶望たる表情を浮かべ、カナビコの後ろに隠れてしまう。


「ふむ、うぬらは余ほど嫌われている様じゃのお。ふぉふぉ」

 呆れた様子で髭を弄るカナビコ。

「…………じゃあ、クサバナ、仕事する」


 などとは言うものの、彼女の瞼は依然として開かず、声にも覇気がなく、まだまだ眠たそうな様子でいる。――――もしやこれがデフォルトなのか?


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