死なずの少女②
「わ、悪いことは言わない。大人しくチヨちゃんを渡してくれれば、今回の件は大事にはしない」
「どういう意味だ」
喉元に羽羽斬を食い込ませる。
「ひいい! お、おま、いや! あなたのやっているのは犯罪行為ら! その羽織、お嬢さんは榮鳳官学の生徒さんだろ? これがバレれば、退学になってしまうよ」
嫌な所を突いて来る。確かにこの状況では私が誘拐犯だが、明らかにコイツらの方が罪が大きいだろ。
「お前らの方が、重罪だろ!」
「っふ! っふふふ。どこにそんな証拠がある? チヨちゃんの身体には、傷一つ付いてないもんね」
「証人ならいっぱいいるだろ」
「証人らと!? そんなものが何の役に立つって言うんら! っはっははは」
この世界の裁判事情は知らないが、どうやら証人の重要性はそこまで高くないようだ。くわえてチヨヒメはまさに健康そのもの。証拠はないって訳か。
「クソ。ああいえばこういう」
「さあ、チヨちゃんを返してもらうぞ」
――仕方ない。やったことはないが、あれをやるしかない。イチかバチかだ。
「馬鹿どもが、一生そこでそうしてろ!」
私は胸の龍玉を握る。
「龍昇!」
――――瞬間、私の身体は遥か上空へと突き上げられた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
凄まじい速度であることは分かった。初めての龍昇はどうやら成功したようだが、 いかんせん、コントロールが難しい。
「そっちじゃない! あっち!」
どれだけ叫んでも意味はない。まるで説明書も無しに格闘ゲームをやるようなもの。これでは手探りでのコマンド探しだ。
「よっよし! そうそう。いい感じよぉ!」
龍昇を使って五分ほどすれば、何となくの操作はつかめてきた。少し不安定だが、行きたい方向に翔べるようにもなった。――ただ問題は、このチヨヒメをどこに連れて行くかだ。
「…………とりあえず、官学に連れて行くか」
何の計画も無しに始めたものの、まさかここまですんなりと解決案が出てくるとは思わなかった。解決になってるのかは分からんが…………。
――――そうして私は、出来るだけ速度を上げて官学へ戻ると、自らの寮へと彼女を連れ込んだ。にしても、まさか誰にも見つからずに侵入できるとは思わなかった。警備ザルすぎやしないか?
なるべく人の少なそうな裏側を選び、そこから近くまで龍昇で近づいた物の、すんなりと官学内に入れたのは意外だった。これで大丈夫なのだろうかと不安になる。
そうして彼女を自室へ押し込み、私が何食わぬ顔で西ノ宮に戻ると、思っていたほか簡単に生徒たちの輪の中に戻ることが出来た。
「ソウ! あなたどこ行ってたのよ」
ヒスイが私に抱き着く。どうやらかなり心配していたようだ。可愛くて仕方ない。
「ごめんごめん。でも彼女は安全な所にいるから」
「――――あなたの心配をしてるのよ! あんなことしたのがバレたら、もう無事では済まないわよ?」
涙を地に垂らしながら、ヒスイは私の懐に顔を埋める。
「はえぇえ。ソウちゃん、あの見世物小屋の人たち、まだソウちゃんの事探してるよ?」
「大丈夫大丈夫。私にも考えはあるから」
もちろん私だって先のことは考えている。アイツらはただの興行人。それに比べ、私にはたくさんのコネがあるのだ。
結局その日の授業は不気味なほど順調に終わり、私達はあの騒ぎを誰に知られることも無く、一日を無事に終わらせた。
――――その日の夜、私は自室に連れ込んだチヨヒメに聞く。
「あなたは、いったい何者なの?」
「…………分からない」
「あの一座、オキマサに何をされたの?」
「…………色々」
何を聞いても、返ってくるのはたったの一言だけ。
それどころか彼女は、持ってきた食べ物を口にすることもせず、更に眠ることもせず、ただ死んだ眼だけをじっと虚空に向けて座るばかり。
「参ったなあ。これじゃあ家に帰してあげる事も出来ないぞ」
一つ一つ打つ手が潰えて行く。頼れる人は何人かいるが、そのカードはまだ大切にとっておく。今は自分の力だけで踏ん張らないと。
「ソウちゃーん」
襖の奥から入り込んでくる声。ユハンのものだ。多分ヒスイもいるだろう。多分わたしを心配してきてくれたのだ。――今日の夕食の際、私は自身でも分かるくらいにテンションが下がり切っていたのだから。
「今行く!」
チヨヒメを押し入れに匿い、襖を顔一個分だけそっと開ける。
「…………どうしたの?」
「いやあ、ソウちゃん一人で塞ぎこんでないかなって思って」
気まずそうに顔を引きつらせるユハン。その後ろでは案の定、ヒスイが腕を組んで面白くなさそうに顔を背けていた、
「あはは……。私は大丈夫だよ。それよりありがとね、先生に黙っていてくれて」
「ううん。それは大丈夫だよ。それにタライ君も、ソウちゃんの行動には大賛成だって言ってたよ」
「そっか。あの鼻たれがそんなことを」
まあそんな事だろうとは思っていた。タライは確かに悪態やちょっかいを出すことが多いが、根はとてもいい子だと分かっている。
「ソウ。私ももちろん、今回の件に関しては胸がスッとしてるわ」
依然として視線をこちらに向けるでもなく、ヒスイはツンツンした様子で続ける。
「でもね、一人でやることはないでしょ! 今も何を隠しているのかは知らないけど、あなた一人でやる必要はなかったでしょ!」
最後の最後。そこでヒスイは私に視線を向けた。それもとびっきり目つきを尖らせたキツイ表情で。
「…………ごめん」
「ゆるさない」
「――――え」
聞いたことも無い声。どうやらかなりご乱心の様だ。しかしここまで怒ってくれる友達も、今まで出来たことがない。
「あ、貴女が私たちを頼るまで、絶対に許さないから」
ヒスイは再び私から目を背ける。――しかし視線を落とし、頬を赤らめているその表情は、どこか恥ずかし気だ。
もしかしてデレてるのか? これはツンの逆ですか?
「分かった。二人とも中に入って」
可愛いらしいヒスイをもう少し眺めていたかったが、今はそれどころではないので、とりあえず二人を部屋の中に入れた。
「はえぇぇ。ヒスイちゃんの部屋よりも片付いてる」
「ユハン、この世には言っていい事と悪い事があるのよ」
「ふぇッ!?」
相変わらず仲がいい。正直、このホンワカした空気を壊すのは気が引けるが、それも致し方ない。
「いい? 絶対この事は秘密だからね」
そう口を尖らせると、ヒスイとユハンはこっくりと頷く。
だから私も覚悟を決めた。これからこの二人を、バレたら退学必死の問題に巻き込んでしまう事に。
「ソウ…………。これって」
「はええぇぇぇぇぇ」
私は押入れを開け、中に匿ったチヨヒメを外に来させた。
「はえぇぇ。見世物小屋の人だ」
「なるほど。龍人の力で空を飛んで連れてきたのね」
やはり二人は怖気づいてしまう。それもそうだ。許可なく関係者以外の者を入れた生徒は、待ったなしで退学になる。これで二人も、後には退けない状況になった。
「…………それで、これからどうするのよ」
その小さな額に大きな汗を浮かべ、遅刻した時よりもさらに焦った様子でヒスイは声を震わす。その傍らでユハンも震えているが、彼女は意外と冷静そうに見えた。
「とりあえず私は、カナビコ先生に相談してみようと思う」
「カナビコ先生って、あの天つ神の?」
ヒスイは眉根にしわを寄せる。
もちろん彼女は、私とカナビコが知り合いだという事実を知らないので、当然と言えば当然の反応である。
「そ。でも大丈夫。カナビコ先生は私に頭が上がらないから」
もちろんそんな事実は存在しないが、こうやって何も知らない二人に、ありもしない事をねじ込むのは面白い。
「え、ソウちゃん、カナビコ先生より偉い神様なの?」
「ふっふっふ。まあそんな所」
ユハンもかなり驚いている。ごめんねカナビコ。いま貴方は、私の部下という事になっています。
「でももし、カナビコ先生が他の先生に言ったら?」
「それも大丈夫だと思う。カナビコ先生は多分、私の支援でこの学校に来てるはずだから」
「なるほど。という事は、ソウが頼めばなんでもしてくれるって訳ね?」
「まあそんな感じかな」
少し話は肥大化したが、これでいくらか安心させることが出来たはずだ。チヨヒメを連れ込んだ事実を背負って、この官学生活に支障をきたしてほしくはない。
「それじゃあ、私は明日にでもカナビコ先生に言いに行く」
「もちろん私たちも行くわ」
「いや、でも」
「――――行くから」
ヒスイの目が怖くて見られない…………。もしかしたら彼女は、怒ると怖い系女子かもしれない。それもかなりの。
「わえ達ももう同罪だしね」
「…………ユハンまで。ごめんね二人とも。ありがとう」
「水臭いわよ。…………あと、お茶は出ないの?」
「ただいまっ」
――――本当に私は良い友達を持った。正直、チヨヒメを誘拐した時は一人で不安だった。何の計画も無いまま寮に連れ込んで、一人で不安だけを抱えて辛かった。でも今は、この二人が私の傍に居てくれる。その事実が、私に大いなる光をくれるのだ。
そうして二人をそのまま部屋に泊めた私は、三人でチヨヒメに色々質問をした。
しかし返ってくる言葉はどれも破綻しており、それに加え、あの一座から逃げ出したというのに、チヨヒメの目には一切の光が戻らなかった。
…………翌日。私はチヨヒメを部屋に置いたまま、官学の授業に臨んでいた。それでもやっぱり彼女のことが気になり、私は気が気ではなかった。
「この授業が終わったら、カナビコの所に行こうと思う」
月上院にある無数の講義室のうちの一つ。ミウ門下生の一年生は現在そこで座学を受けており、その中で私はヒスイとユハンにそう告げる。
「分かった」
「ユハンも大丈夫?」
「うん!」
一つの机に六人が集まって行う授業。
私たち三人は、他の生徒に聞かれない様ヒソヒソと会議を行う。……しかし。
「おい、何か面白そうな事してんじゃねえか」
タライだ。あの鼻たれ坊主が隣の机から割り込んでくる。しかし彼も、私の誘拐現場を直に目撃しているため、かなり厄介な存在だ。
「タライ君! 今すぐ席にお戻りなさい!」
「あ、ごめんなさい先生ぇ」
先生の前ではすぐにアホな鼻たれ坊主を演じるタライ。あの二面性は正直侮れない。
「はえぇ。タライ君も連れて行くの?」
「どちらにせよ、アイツもある程度知っているわけだし、少しは説明するつもり」
そう。タライも仲間に入れて私達と同罪にする。特に深い理由はない。本当だ。断じて陥れようとしているわけではない。
「――――はいそこ! 勝手なお喋りはしない!」
「すいません」
「はえぇ。すいません」
それから数十分ほどで一限の授業が終わり、私達は月上院の渡り廊下を抜け、すぐさまカナビコのいる頂院に向かった。
――――榮鳳官学が建てられている黄美山脈の一角。
職員棟は山の頂に位置するから頂院とよばれている。かなり単純なネーミングだが、それでも教員用の建物なので、そこに佇む建物はどれも神社のように大きい。
キラキラと眩しい金細工や、妖しい彫刻の彫られた扉を三回小突く。
カナビコは天つ神だからなのか、それとも別の理由があるからなのか、新人教師と言う割には立派な事務室を持っていた。
「どうぞ」
ノックをした直後、扉の奥からカナビコの優しい声が聞こえ、同時に両開き扉が自発的に奥へと開いた。
「おお。これは蒼陽姫、一体何用かな?」
真っ白な髭を蓄えたカナビコ。彼は作業をしながら、相も変わらずそれをモフモフしていた。しかし事務仕事をしている様もなかなか似合っている。
「ちょっと頼みたいことがあって」
――――あれ、少し老けたか? 前より少しシワが深くなったような。
「ふむ。丁度良かった。今しがた仕事が一段落したところでのう」
そう言って彼は、老眼鏡かメガネか分からない水晶の板を外し、席を立つ。やはり年を取った様に見えないこともない。




