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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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死なずの少女

 オキマサの声と共に現れた可憐な少女。年は十七くらいで、腰にまで届きそうな綺麗な髪。しかし何処か様子がおかしい。


「ねえヒスイ。なんかあれヤバくない?」


 顔色は極めて良さそうに見える。目にクマも無ければ、頬がコケているわけでもない。一見すれば本当に健康そうに見える。


「ええ。なんか、気味悪いわね」


 毎日三食、寝る前にストレッチをして、暖かいミルクを飲んだら、遅くとも十一時には床に就いている。そんな健康状態だ。だが一点。たった一つの部分だけが確実に死んでいるのだ。


「あの目、なんか気に食わないなあ」


 身体には一切の傷が無い。それなのに、目には一切の光が無い。死にゲーの同じステージの同じ場所で、何度も何度も死んでいるプレーヤーの様な目だ。


「さあ皆さま驚かれたことと思います。なぜならチヨ尾売は普通の見た目。だがしかし、これまでご覧になった化け物よりも、もっと恐ろしい!」


 そろそろオキマサの司会にウザさを感じてきたところで、彼はチヨ尾売の細い腕を手に取った。


「半信半疑、不死身の身体。驚くことにホントの話! どれだけ切っても刻んでもぉ、あっというまに元気丸! あーらよっと!」


 そうしてオキマサは手に持っていた小刀で、チヨ尾売の腕に傷をつけた。


「うわ!」

「げええぇぇ!」

「マジで切りやがった!」


 客席からはドン引きの声。私とヒスイはなんとか耐えたが、ユハンはヒスイに抱き着いて泣きじゃくる。


「何だよ。アレ」


 タライもプール上がりの様に真っ青な顔をしているが、それでもしっかりとその光景を眺めていた。


「大丈夫! 大丈夫ですよ! ほらご覧の通り!」


 オキマサはチヨヒメの腕を高く掲げ、彼女の腕を伝う血をボロ布で拭った。そうして露わになったのは、まったく傷が付いていない白い腕だけ。


「あの出血量よ、こんな短時間で塞がるなんてありえない」


 ヒスイの声が震えている。まあそれもそうだ。否定していた不死の呪いが、いま現在、まさに目の前に存在しているのかもしれないのだから。


「治癒系の神通力とか?」

「あり得ないわ。どんな神様でも、あんな一瞬で治すことは不可能よ。それに、神通力を使ったなら、絶対に神様の存在を感じるはず」

「…………確かに」


 という事は、彼女は本当に不死の呪いを持っているということか?


「さあさあ、まだまだ序の口。このくらいでは、死なずの恐ろしさが分かりませんからねぇ!」


 客席はもう彼女に釘付けだった。伝説の存在がいま目の前にいる。その事実が皆をここまで夢中にさせるのだろう。


「では行きますよお。あっそうれ、かまいたち! あっそうれ、きりきり舞い!」


 楽し気に踊りながらチヨヒメの身体を切り刻んでゆくオキマサ。だがなぜか、不思議と恐怖心は無く見れる。


 ――でもそれは多分、チヨヒメが顔色一つ変えず、悲鳴すらも上げないから、まだ心の何処かでヤラセだと思っている自分がいるからだ。


「それでは最後、本気の本気、肉を切らせて骨も切らせる。まさに彼女の十八番芸! 行きますよぉぉ」


 両手で小刀を振り上げるオキマサ。しかしこのとき私は、心の中で“止めなければ"という、凄まじい焦燥感を感じた。――――だが、それは一歩遅かった。


「あ、そうれぇぇぇぇえい!」


 ――――ボトリ。


 鈍い音が部屋に重くのしかかる。そして床には一本の腕と少しの血液。

 しかしチヨヒメは、つい先ほど腕を斬り落とされた筈なのに、全く何事もなかったかのように五体満足なのだ。


「さあさあどうれすか、この凄まじい回復力! 幾ら優秀な神使れも、いくら貴い神様れも、けっして成し遂げることの出来ない芸当れございます!」


 オキマサは顔色一つ変えずに司会を続ける。……でも私は見てしまった。あの瞬間、腕を斬られたあの一瞬、チヨヒメの顔が苦痛に歪んだところを。


「…………そんな。不死の呪いは、本当に存在してたってこと?」

「ぇぇぇえ。わえ気持ち悪くなってきた」

「偽物に決まってんだろ。……ってバカ、俺の傍で吐くんじゃねえぞ!」


 どうやら三人は気付いていない。いや、気付かない方がいいかもしれない。こんな胸糞悪い気分は、私だけで十分だ。


「うおぉぉ! すっげええ!」

「本物かよアレ」

「どうせ仕込みだろ。つまんねえぞ!」


 このアホな客たちのおかげで、場の空気もかなり白けてきた。これなら、全部ヤラセという事で終わらせられそうだな。


「むむむ! 何をおっしゃいますか、節穴ですか? 不死の呪いはホントのホント。タネも仕掛けもございません! よければ今度はお客さん、そこのあなたが斬りましょう!」


 ――――おいおい! 客にも斬らせるのかよ!


 そう言ってオキマサは、客の一人に笑顔で刀を向けた。まだ血の滴る真っ赤な刀身を……。しかしこれでは、仕込みじゃないとバレてしまうかもしれない。


「はいはーい! じゃあ私が斬りまーす」


 私は咄嗟に手を挙げた。何をどうするのかも決めていないノープランなのに。――もう場の流れだけで、私は全てをやろうとしていた。


「ちょっとソウ本気!?」

「――大丈夫、大丈夫」

「はええぇ。ソウちゃんが悪い顔してるよ」

「――大丈夫だよ」

「っけ。存外お前って、ヤバい奴だったんだな」

「――うるさいシバくぞ」


 好奇の目を向ける客と、私を心配する客の二つに別れた。それもそうだ。まだ八歳の小さな子供が、人を斬りたいと手を挙げたのだから。


「おっと龍人のお嬢さん! 龍にも負けないその心、お天道さまも苦笑い! さあさ皆さんご覧あれ! 果敢な少女が不死を斬る」


 場を盛り上げようとしてるのか、下手くそな歌で客を囃し立てるオキマサ。いい加減、こいつの下手な司会には飽き飽きだ。


「うっふふ。勇敢なお嬢さん! 後で後悔しても知らないからねえ」

「はいはい」

「――――それじゃあ、この刀で思いっきり斬っちゃって」


 オキマサの手から私の手へと、刀のバトンが渡される。だがしかし、私が斬るのは彼女じゃない。


「いいぞガキ!」

「切れ切れ! はっはははは!」


 客もいい感じに沸いている。それならいっちょ、もう一段階わたしがアゲてやるとするか。


「さあさ龍人のお嬢さん! その刀でここを思いっきり!」


 私が斬りやすい様にチヨヒメの腕を伸ばすオキマサ。その嫌らしく卑しい妖の様な笑みは、私が嫌悪感を覚えるほど気持ちが悪い。


「……………………たすけて」


 ふと、チヨヒメの口からそんな言葉が聞こえた気がした。もちろん気のせいかもしれない。これだけ客が沸いてる中で、マッチのボヤ程の声なんて聞こえるはずが無いのだ。――――だがそれでも私は、その可能性を捨てる事は出来ない。


「おい、おっさん、これでお前の首を斬ればいいんだっけ?」


 私は受け取った小刀を、オキマサの首元に優しく添えた。


「――――な、なんら君は!」

「なんだ君は! ってか?」


 何がどうなっているのか理解が追い付いていない様子のオキマサ。


「そうだよ私がッ、天蒼陽姫命アメノソウヨウヒメだッ!」


 そう叫ぶと同時に、私はオキマサを峰で打ち、そのままチヨヒメの手を引っ張って家を飛び出た。もちろん後ろにはオキマサとその一派。


「待ちやがれ小娘!」


 私より小さそうな小男が追いかけてくる。だがそんな足じゃ、私の速さには追い付けないっ…………筈だった。


「待たれよチヨ殿! ハッハ!」

 その気色悪い声が大通りを突き抜けた瞬間、チヨヒメがピタリと足を止めた。


「――え!? なんで! ちょっと!」

「ハッハ! そうです、いい子ですよチヨ殿!


 振り返ると、顔面に大きなニキビのある男が、まるでどこかの平安貴族の様な格好で近づいて来る。


「くそ! これ以上寄るな!」

「ハッハ! 龍人の小娘よ、チヨ殿はちんの女だ。大人しく渡しなさい!」

「バカが! そんなこと言われて渡す奴がいるかよ、火山野郎!」

 ――――てかなんだこの匂い! まさかこの男から臭ってるのか?


 ずっと水を変えていない花瓶のような臭いに、お菓子を食べすぎた胸やけの様な不快感が私を襲った。


「火山野郎だと? ハッハァッ! 小娘、お前もチヨと同じ目に合わせてやろうか!?」


 しかしどれだけ引っ張っても動かないチヨヒメ。そうこうしている間に、他の連中も集まって来た。


「チヨちゃんッ! まら一座から逃げ出そうとしらなッ!」


 オキマサが顔の痣を抑えながら歩いて来る。先ほどまでの笑顔は胡散臭かったが、やっぱりコイツはこういう奴だったって訳か。


「あ…………ああ。ごめんなさい! ごっ、ごめんなさい!」


 オキマサの顔を見た途端、膝を着いて頭を下げるチヨヒメ。――きっと毎日のように、今日みたいな興行をやらされていたのだ。だからオキマサの事が恐ろしくて仕様がないのだ。


「おいおい! それ以上近づくなって言ってるんだよ」


 ――――浮遊する天羽羽斬アメノハバキリ。私はその血刀の剣先を、しっかりとオキマサに向けた。



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