死なずの少女
オキマサの声と共に現れた可憐な少女。年は十七くらいで、腰にまで届きそうな綺麗な髪。しかし何処か様子がおかしい。
「ねえヒスイ。なんかあれヤバくない?」
顔色は極めて良さそうに見える。目にクマも無ければ、頬がコケているわけでもない。一見すれば本当に健康そうに見える。
「ええ。なんか、気味悪いわね」
毎日三食、寝る前にストレッチをして、暖かいミルクを飲んだら、遅くとも十一時には床に就いている。そんな健康状態だ。だが一点。たった一つの部分だけが確実に死んでいるのだ。
「あの目、なんか気に食わないなあ」
身体には一切の傷が無い。それなのに、目には一切の光が無い。死にゲーの同じステージの同じ場所で、何度も何度も死んでいるプレーヤーの様な目だ。
「さあ皆さま驚かれたことと思います。なぜならチヨ尾売は普通の見た目。だがしかし、これまでご覧になった化け物よりも、もっと恐ろしい!」
そろそろオキマサの司会にウザさを感じてきたところで、彼はチヨ尾売の細い腕を手に取った。
「半信半疑、不死身の身体。驚くことにホントの話! どれだけ切っても刻んでもぉ、あっというまに元気丸! あーらよっと!」
そうしてオキマサは手に持っていた小刀で、チヨ尾売の腕に傷をつけた。
「うわ!」
「げええぇぇ!」
「マジで切りやがった!」
客席からはドン引きの声。私とヒスイはなんとか耐えたが、ユハンはヒスイに抱き着いて泣きじゃくる。
「何だよ。アレ」
タライもプール上がりの様に真っ青な顔をしているが、それでもしっかりとその光景を眺めていた。
「大丈夫! 大丈夫ですよ! ほらご覧の通り!」
オキマサはチヨヒメの腕を高く掲げ、彼女の腕を伝う血をボロ布で拭った。そうして露わになったのは、まったく傷が付いていない白い腕だけ。
「あの出血量よ、こんな短時間で塞がるなんてありえない」
ヒスイの声が震えている。まあそれもそうだ。否定していた不死の呪いが、いま現在、まさに目の前に存在しているのかもしれないのだから。
「治癒系の神通力とか?」
「あり得ないわ。どんな神様でも、あんな一瞬で治すことは不可能よ。それに、神通力を使ったなら、絶対に神様の存在を感じるはず」
「…………確かに」
という事は、彼女は本当に不死の呪いを持っているということか?
「さあさあ、まだまだ序の口。このくらいでは、死なずの恐ろしさが分かりませんからねぇ!」
客席はもう彼女に釘付けだった。伝説の存在がいま目の前にいる。その事実が皆をここまで夢中にさせるのだろう。
「では行きますよお。あっそうれ、かまいたち! あっそうれ、きりきり舞い!」
楽し気に踊りながらチヨヒメの身体を切り刻んでゆくオキマサ。だがなぜか、不思議と恐怖心は無く見れる。
――でもそれは多分、チヨヒメが顔色一つ変えず、悲鳴すらも上げないから、まだ心の何処かでヤラセだと思っている自分がいるからだ。
「それでは最後、本気の本気、肉を切らせて骨も切らせる。まさに彼女の十八番芸! 行きますよぉぉ」
両手で小刀を振り上げるオキマサ。しかしこのとき私は、心の中で“止めなければ"という、凄まじい焦燥感を感じた。――――だが、それは一歩遅かった。
「あ、そうれぇぇぇぇえい!」
――――ボトリ。
鈍い音が部屋に重くのしかかる。そして床には一本の腕と少しの血液。
しかしチヨヒメは、つい先ほど腕を斬り落とされた筈なのに、全く何事もなかったかのように五体満足なのだ。
「さあさあどうれすか、この凄まじい回復力! 幾ら優秀な神使れも、いくら貴い神様れも、けっして成し遂げることの出来ない芸当れございます!」
オキマサは顔色一つ変えずに司会を続ける。……でも私は見てしまった。あの瞬間、腕を斬られたあの一瞬、チヨヒメの顔が苦痛に歪んだところを。
「…………そんな。不死の呪いは、本当に存在してたってこと?」
「ぇぇぇえ。わえ気持ち悪くなってきた」
「偽物に決まってんだろ。……ってバカ、俺の傍で吐くんじゃねえぞ!」
どうやら三人は気付いていない。いや、気付かない方がいいかもしれない。こんな胸糞悪い気分は、私だけで十分だ。
「うおぉぉ! すっげええ!」
「本物かよアレ」
「どうせ仕込みだろ。つまんねえぞ!」
このアホな客たちのおかげで、場の空気もかなり白けてきた。これなら、全部ヤラセという事で終わらせられそうだな。
「むむむ! 何をおっしゃいますか、節穴ですか? 不死の呪いはホントのホント。タネも仕掛けもございません! よければ今度はお客さん、そこのあなたが斬りましょう!」
――――おいおい! 客にも斬らせるのかよ!
そう言ってオキマサは、客の一人に笑顔で刀を向けた。まだ血の滴る真っ赤な刀身を……。しかしこれでは、仕込みじゃないとバレてしまうかもしれない。
「はいはーい! じゃあ私が斬りまーす」
私は咄嗟に手を挙げた。何をどうするのかも決めていないノープランなのに。――もう場の流れだけで、私は全てをやろうとしていた。
「ちょっとソウ本気!?」
「――大丈夫、大丈夫」
「はええぇ。ソウちゃんが悪い顔してるよ」
「――大丈夫だよ」
「っけ。存外お前って、ヤバい奴だったんだな」
「――うるさいシバくぞ」
好奇の目を向ける客と、私を心配する客の二つに別れた。それもそうだ。まだ八歳の小さな子供が、人を斬りたいと手を挙げたのだから。
「おっと龍人のお嬢さん! 龍にも負けないその心、お天道さまも苦笑い! さあさ皆さんご覧あれ! 果敢な少女が不死を斬る」
場を盛り上げようとしてるのか、下手くそな歌で客を囃し立てるオキマサ。いい加減、こいつの下手な司会には飽き飽きだ。
「うっふふ。勇敢なお嬢さん! 後で後悔しても知らないからねえ」
「はいはい」
「――――それじゃあ、この刀で思いっきり斬っちゃって」
オキマサの手から私の手へと、刀のバトンが渡される。だがしかし、私が斬るのは彼女じゃない。
「いいぞガキ!」
「切れ切れ! はっはははは!」
客もいい感じに沸いている。それならいっちょ、もう一段階わたしがアゲてやるとするか。
「さあさ龍人のお嬢さん! その刀でここを思いっきり!」
私が斬りやすい様にチヨヒメの腕を伸ばすオキマサ。その嫌らしく卑しい妖の様な笑みは、私が嫌悪感を覚えるほど気持ちが悪い。
「……………………たすけて」
ふと、チヨヒメの口からそんな言葉が聞こえた気がした。もちろん気のせいかもしれない。これだけ客が沸いてる中で、マッチのボヤ程の声なんて聞こえるはずが無いのだ。――――だがそれでも私は、その可能性を捨てる事は出来ない。
「おい、おっさん、これでお前の首を斬ればいいんだっけ?」
私は受け取った小刀を、オキマサの首元に優しく添えた。
「――――な、なんら君は!」
「なんだ君は! ってか?」
何がどうなっているのか理解が追い付いていない様子のオキマサ。
「そうだよ私がッ、天蒼陽姫命だッ!」
そう叫ぶと同時に、私はオキマサを峰で打ち、そのままチヨヒメの手を引っ張って家を飛び出た。もちろん後ろにはオキマサとその一派。
「待ちやがれ小娘!」
私より小さそうな小男が追いかけてくる。だがそんな足じゃ、私の速さには追い付けないっ…………筈だった。
「待たれよチヨ殿! ハッハ!」
その気色悪い声が大通りを突き抜けた瞬間、チヨヒメがピタリと足を止めた。
「――え!? なんで! ちょっと!」
「ハッハ! そうです、いい子ですよチヨ殿!
振り返ると、顔面に大きなニキビのある男が、まるでどこかの平安貴族の様な格好で近づいて来る。
「くそ! これ以上寄るな!」
「ハッハ! 龍人の小娘よ、チヨ殿は朕の女だ。大人しく渡しなさい!」
「バカが! そんなこと言われて渡す奴がいるかよ、火山野郎!」
――――てかなんだこの匂い! まさかこの男から臭ってるのか?
ずっと水を変えていない花瓶のような臭いに、お菓子を食べすぎた胸やけの様な不快感が私を襲った。
「火山野郎だと? ハッハァッ! 小娘、お前もチヨと同じ目に合わせてやろうか!?」
しかしどれだけ引っ張っても動かないチヨヒメ。そうこうしている間に、他の連中も集まって来た。
「チヨちゃんッ! まら一座から逃げ出そうとしらなッ!」
オキマサが顔の痣を抑えながら歩いて来る。先ほどまでの笑顔は胡散臭かったが、やっぱりコイツはこういう奴だったって訳か。
「あ…………ああ。ごめんなさい! ごっ、ごめんなさい!」
オキマサの顔を見た途端、膝を着いて頭を下げるチヨヒメ。――きっと毎日のように、今日みたいな興行をやらされていたのだ。だからオキマサの事が恐ろしくて仕様がないのだ。
「おいおい! それ以上近づくなって言ってるんだよ」
――――浮遊する天羽羽斬。私はその血刀の剣先を、しっかりとオキマサに向けた。




