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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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笑いと涙の珍物興行③

「ぃイらッじャあい」

「ッひぃ!」


 店に入るや早速、とてもメイクとは思えない、気合の入った受付嬢に悲鳴をあげる私。もうヒスイとユハンが両端にいないと落ち着かない。


「ちょっと、あまりくっつかないでよ」

「いいじゃんッ。ヒスイの羽織、何かいい匂いがするんだもんっ」

「ふえぇ、二人とも何やってるの…………?」


 勇敢にも一番先頭を歩くユハン。もしかしたら、この娘のハートが三人の中で最強なのではないだろうか。


「はァ゛い、コどモォ、四人でェイ千五百楽ダよォ」


 もう何言ってるかさっぱりだが、辛うじて人数と値段の所は聞き取れた。雰囲気づくりのためとはいえ、ちゃっかりしている。


 ――――待てよ? 今四人と言ったか?


「ふぇ? さ、三人なんですけど」

「もォ、一りリィウジろにいぶよぉ」


 もう一人後ろにいる?


「おい、俺も行くぜ」

「…………ッひ!」


 突如背後から聞こえた声に、再び喉の奥から声が這い出てくる。こればかりは我慢しようがない。


「あれ、タライ君?」


 ヒスイが忘れた一節を思い出すように呟く。

 つられて振り向くと、つい先ほど、ユキメを呼びに来た鼻たれ坊主が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「見世物小屋ねぇ。面白そうじゃねえか」

 口調変わってますけど。


「はえぇ。タライ君は怖くないの?」

「あ? こんなのどうせ造りもんだろうが。ほら、さっさと行こうぜ」


 午前の授業では間違いなく、もっと間抜けな声だった。何か悪い物でも食ったのか?



 ――――そうして私たちは不気味な受付嬢にお金を払い、お化け屋敷や肝試しとは違う、もっと異質な不気味さを放つ内部へ足を踏み入れる。


「だから、そんなにくっつかないでよ」

「いやいやいやっ、何か寒いしさ、私薄着だし、ちょっと温めてよ」

「もう、何言ってるのよ」


 と、私がヒスイに抱き着きながら歩く前方では、ユハンとタライが物珍しそうな目で、異形の作り物を見ている。


「はえぇ、この人、足が六本あるよぉ」

 ユハンが見ているのは、“タコ女”と銘された不気味なタッチの絵。


「これ、本物か?」

 対するタライも、長机の上に耳を並べた痛々しい生首に興味津々だ。


「そう言えば、タライは何族なの?」

 ヒスイちゃーん、それって今聞かないといけない事?


「あぁ、俺は崇巳あがみ族だ」


 いつの間にか引っ込んでいた鼻水。その代わりと言う訳でもないが、彼は崇巳あがみ族特有の蛇舌をチラつかせた。


「そう言えば、目も私たちに似てるような」

 暗がりの中でも楕円状に先細る瞳。龍人族や蛇神のような爬虫類独特の目である。


「ま、龍人のお前よりは物怖じしないけどな」

「残念、ユハンも龍人ですー」

「ああ? てっきりあっちが神様になった龍神かと思ったぜ」

「…………っく、好き放題言いやがって」


 そう言ってタライは声高らかに笑う。

 しかし先生の前では間抜け面、それ以外では一切隙の無い精悍な表情。全く、蛇の如し抜け目のない奴だ。


「落ち着いてよソウ。……タライ君も、後で罰が当たっても知らないからね」

「そうだぞ。私が本格的に神様になったら、絶対呪ってやるからな」

「っへ。こんなボロ小屋でビビってるくらいだ、その呪いも大したことねえだろ」


 今すぐタライを殴ってやりたいが、あいにく私はヒスイから離れられない。タライの奴、命拾いしたな。


「お、着いたみたいだぜ」


 タライが静かに引き戸を開ける。

 道中見かけた不気味な作り物とは違い、驚くほど何もない引き戸だが、それはそれで気味が悪い。


「ようこそ、ようこそ! 四名様れすね。さあさお入りくらさい!」


 少々舌足らずな中年男。よほどいい物を食べているのか、顔には油が乗り、その身体はふくふくとよく肥えている。


「――――うう、何だこの匂い」


 鼻を突き抜ける生臭い匂い。まるで魚市場に行った時の様な匂いだ。そして私はその匂いに耐えきれず、咄嗟に羽織の袖を鼻にあてる。


「ちょっと! 私の羽織で鼻を塞がないで」


 不気味な二十畳ほどの居間らしき部屋。窓は木の板で塞がれ、蝋燭のみの明かりを持って、ようやく居室としての体裁を保っている。


「されされ、皆さまお集まりれすね、わらくし、皆様の愉快な旅路を案内させていたらく、オキマサと申します!」


 煌びやかな着物に身を包んだ中年男は、客席に座る私たち四人と、他数名の見物客に目を向けると、あまり心地よくない高音で音頭を取る。


「皆さま、準備の程はよろしいれすかぁ? それれは、我が童門どうもん一座による、一世一代の珍物興行、始まり始まりぃ!」


 そう言って拍手をしながら裏方へと消えるオキマサ。その陽気なキャラに、私の恐怖心は薄れかけていた。


 ――――そして蝋燭の灯火が消え去り、部屋の中は闇で満たされる。


「……時は遡ること数百年前。とある漁村に、一人の若い女が暮らしておりました」


 姿こそは見えないが、今ナレーションをしているのは間違いなくオキマサだ。それでも雰囲気を出そうとしているのか、あの耳障りな高音は少し落ち着いている。


「しかしその女は村一番の醜女。男どもは誰一人として、女を娶ろうとはしませんれした」

 どこからともなく始まる音楽。笛と弦楽器だけだが、雰囲気をよく作り上げている。


「寂しい。どうして誰も私を貰ってくれないのでしょう。寂しい、寂しい」

 ――――新たに加わる女の声。醜女という割には、水のように透き通った綺麗な声だ。


「心に渦巻く孤独。身がねじ切れそうな程の愛への渇望。しかし、それを満たしてくれる者は、誰一人としれいません」

「ああッ! 誰でもいいから、この身を優しく包んでください!」

 思わず肩がすくむほどの悲痛な叫び。その凄まじい演技力に、ついつい引き込まれてしまう。


 ――――トントン。

 と、どこからか戸を叩く音が聞こえる。恐る恐る、私が音のした方へ振り返ると…………。


「誰ですかッ!?」


「――――――ひッ」

 醜女役の女が再び叫び、思わず声が漏れる。


「…………なんだ演出か。びっくりした」

「ックックック。だっせえ」


 端の方で私を笑うタライ。――あいつ、後でぶっ飛ばす。

 などと殺気立つ私に構わず、演劇はじっくりと進行していく。


「しかし返事はありません。女は不思議に思い、玄関の戸をゆっくりと開けます。するとそこには…………」


 ピチャピチャッと、水を叩くような音が部屋に響く。随分と演出に拘っているものだと、ついつい感心してしまう。


「あらまあ、何故こんな所に蛸がいるのでしょう」

「家の戸口には大きな蛸。女はこれを、浜辺から来たものだと思っていましたが、実はこの蛸、龍宮城からの遣いでした」


 ――――龍宮城? 浦島伝説のアレか?


「なんて大きな蛸。もしかして私の願いを、海の神様が聞き届けてくれたのでしょうか」

「女は思いました。この身に襲う果てのない渇きを、この蛸はきっと満たしに来てくれたのだと」


 少し無茶苦茶な設定だが、雰囲気を出すための小芝居だと、私は半ば投げやりな気持ちで眺めていた。


「そうして女は蛸と交わり、遂にはそのお腹に、子を宿してしまいました」


 ――えええええ。


「蛸と交わり出来た赤子。しかし女の心は、これを産むことに抵抗はありませんれした」

「ああ、私の可愛い子。いま産んであげますからね」

「……そうして生まれたのが、蛸と人が交わり出来た、醜い半漁でした」


 ――――ここでロウソクに火が灯る。そうして露わになったのは、下半身がまさに蛸のそれである女だった。


「うっわ。すっげえぇ」

「どうなってんだありゃ」

「妖か!?」


 客席から声が上がる。初めて目の当たりにする異形に、皆どうやら興味が尽きぬようだ。


「やっば、動いてるじゃん。本物?」


 かくいう私もその一人だった。

 現代では愚か、この奇想天外な世界でも見たことがない生物。上半身が人で、下半身が蛸なんて種族は聞いたことも無かったので、私の心は既に奪われていた。


「どうなってるのよ…………」

「はえぇぇ」


 ヒスイとユハンも同じようなリアクションだった。タライも無言で目を見開いてはいるが、その様子から察するに、彼も言わずもがなだろう。


「どうれすか皆さま、この醜い姿! これが蛸と女の間に出来てしまった出来損ない、蛸女です!」


 僅か目と鼻の先にいるから分かる。ぬるぬると蛇の様にうねる足は紛れもない本物。女は着物を着ているから分からないが、間違いなくアレは女の上半身と繋がっている。


「ありえないわ。あんな種族がいるなんて」


 ヒスイは自分の目を疑っている。目に見えるものしか信じない彼女にとって、これはかなりショッキングであったに違いない。


「さあさ、ドンドン参りましょう! 続いては顔面花咲男です!」


 先ほどの小芝居は前フリだったのか、意外にもあっさりと、男は次の出し物を見せる。


「ハッハ! 見えない。見えないいぃぃぞぉ。」


 ゾンビのように唸りながら現れた男。

 しかし男の顔面からは、まるでラフレシアのように大きな花が咲いており、その花弁は油の様な液体でギトギトになっている。


「彼の名前は竹取ハゲナ。山へっては刈れや刈れや、その数なんと数千本。しかし男、感謝を忘れ、遂に山神怒り心頭! 男の顔には吹き出物あり、これ神の力で花咲かす!」


 流暢に話すオキマサと、油が滴る花咲男。これもまた、到底作り物とは思えないリアルさを放っていた。


「ちょっと気持ち悪くなってきたかも」

「…………大丈夫、ヒスイ? もうそろそろ出る?」


 ヒスイが真っ青な顔をしたまま、私の肩に頭を乗せる。普段なら心安らぐ彼女の匂いも、部屋に充満する異臭によって阻害されている。


「ううん、大丈夫。…………でもしばらくこうさせて」

「無理そうだったら言うんだよ」

「ありがと」

 そうして彼女の頭を撫でると、ヒスイは安心したのか、私の肩にさらに荷重をかけた。


「さあさ、お次は芋虫女れす! 噛みやしませんから、どうぞどうぞ近くで見てくらさい」

 ――――奇怪な音楽と共に、ズリズリと何かを引きずるような音が聞こえる。


「この女、手足を食われて地べたを這いずり、その様まさに芋虫、毛虫。これおもしろがる国つ神。遂に女に呪詛を唱え、地虫の如し青い姿へ様変わり!」


 羽虫が寄りそうなくらい、声に明るさを持たせるオキマサ。

 しかしその足元には、成人女性くらいの大きさはある、緑色の巨大芋虫が一匹、まるで抱っこして欲しそうに蠢いている。


「…………う゛ぅッ」


 その姿を目にしたとき、アスファルトに転がる蝉が不意に鳴き出した時のように、全身から血の気が引いていくのを感じた。


「あれは流石に、本物じゃないわよね?」


 未だに顔を青ざめさせてはいるものの、どうやら虫は大丈夫なようで、花咲男と比べれば、ヒスイは大分マシな顔色になっている。


「うぅ、どうだろ。あたし虫は無理だから、偽物であって欲しいけどね」


 あの幼虫が来ることも無ければ、特にこちらに危害が及ぶこともないので、別に建物を出る程ヒドイ興行ではない。

 それどころか、この奇々怪々な出し物を、どこか楽しんでいる自分がいる。


「いかがでしたか、芋虫女は! これはなかなかお目にかかれない怪異れすよ」

 ――――しかしその安堵も、次の出し物で戦慄へと変わってしまう。


「次は死なず姫です! 彼女の身体はなんと不死身! 腕を斬ろうが首を斬ろうが、どれだけ切っても死にませぬ姫!」


 その寒い言葉と同時に、板で塞がれた障子戸が開き、これまで薄暗がりだった部屋に光が差し込む。


「皆さまは、人魚と言う半漁神をご存じれしょうか?」


 額に脂汗を浮かせ、差し込む光がギラギラとオキマサの顔面を照らす中、彼はゆるキャラのように大きく体を動かす。


「人魚の肉を食らえば寿命は万年。負った傷は刹那に消え去り、万病にすら負けない不死身を得ると言い伝えられています」


 ――――聞いたことがある。確か、家の書物にもそんなような記述があったな。


「ヒスイはこの話、聞いたことある?」


 私は思わず彼女に問う。いや、恐らくヒスイの向こうに座るユハンも、そのまた向こうのタライも知っているはずだ。


「ええ。確か、不死の呪いとも言われていた気がするわ。……でもあれは、ただの伝説のハズよ」


 ――――そう、これは遥か昔から言い伝えられている伝説だ。

 私も別に信じているわけではないが、オキマサはそんな私たちを、まるで嘲笑うかのように話を続ける。


「人魚の肉は神の血肉。かの天陽大神でさえ、食すことは困難と言われている希少な一善。しかしこの世にただ一人、その身に受けた少女が唯今!」


 屋内がざわつき始める。


「てことは不死身って事か?」

「まさか。アレは作り話だろ?」

「まやかしだろ」


 ――――などと観客が溜め息を吐く中、私達もそれに負けじと話を始める。


「っけ。そんなん信じられっかよ」

「はえぇ。でももし本当だったら、これは凄い事だよ」


 向こう側で盛り上がるタライとユハン。彼女たちは子供らしく目を輝かせているが、対するヒスイは眉をひそめている。


「ホラ話に決まってるわ。もし不死なんてものがこの世にあれば、とっくの昔に破綻してるわよ」

「でも、本当にあったら、それはそれで浪漫的じゃない?」

 正直私はあって欲しいと思っているクチだ。


「っふん! 馬鹿馬鹿しい。これ見たらさっさと帰るわよ」


 常識の範囲を出る存在が仄めかされ、どうやらヒスイもグロッキーどころではないようだ。


「――――それではご照覧あれ! 不死身の少女、千詠尾売チヨヒメです!」


 …………そうして登場した千詠尾売と呼ばれる少女は、未だ不死の存在を疑っていた私たちに、その確証と、到底拭いきれない様な精神的苦痛を、この小さな四つの脳に焦げ付かせた。


 



 本来ならここで、チヨヒメの物語に入る予定だったのですが、あまりにも過激な内容になったので、別作品として投稿いたしました。

 チヨヒメの物語を読まなくても、本編の話にはついていけます。本編はいつも通り明日の夕方投稿いたします。

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