笑いと涙の珍物興行③
「ぃイらッじャあい」
「ッひぃ!」
店に入るや早速、とてもメイクとは思えない、気合の入った受付嬢に悲鳴をあげる私。もうヒスイとユハンが両端にいないと落ち着かない。
「ちょっと、あまりくっつかないでよ」
「いいじゃんッ。ヒスイの羽織、何かいい匂いがするんだもんっ」
「ふえぇ、二人とも何やってるの…………?」
勇敢にも一番先頭を歩くユハン。もしかしたら、この娘のハートが三人の中で最強なのではないだろうか。
「はァ゛い、コどモォ、四人でェイ千五百楽ダよォ」
もう何言ってるかさっぱりだが、辛うじて人数と値段の所は聞き取れた。雰囲気づくりのためとはいえ、ちゃっかりしている。
――――待てよ? 今四人と言ったか?
「ふぇ? さ、三人なんですけど」
「もォ、一りリィウジろにいぶよぉ」
もう一人後ろにいる?
「おい、俺も行くぜ」
「…………ッひ!」
突如背後から聞こえた声に、再び喉の奥から声が這い出てくる。こればかりは我慢しようがない。
「あれ、タライ君?」
ヒスイが忘れた一節を思い出すように呟く。
つられて振り向くと、つい先ほど、ユキメを呼びに来た鼻たれ坊主が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「見世物小屋ねぇ。面白そうじゃねえか」
口調変わってますけど。
「はえぇ。タライ君は怖くないの?」
「あ? こんなのどうせ造りもんだろうが。ほら、さっさと行こうぜ」
午前の授業では間違いなく、もっと間抜けな声だった。何か悪い物でも食ったのか?
――――そうして私たちは不気味な受付嬢にお金を払い、お化け屋敷や肝試しとは違う、もっと異質な不気味さを放つ内部へ足を踏み入れる。
「だから、そんなにくっつかないでよ」
「いやいやいやっ、何か寒いしさ、私薄着だし、ちょっと温めてよ」
「もう、何言ってるのよ」
と、私がヒスイに抱き着きながら歩く前方では、ユハンとタライが物珍しそうな目で、異形の作り物を見ている。
「はえぇ、この人、足が六本あるよぉ」
ユハンが見ているのは、“タコ女”と銘された不気味なタッチの絵。
「これ、本物か?」
対するタライも、長机の上に耳を並べた痛々しい生首に興味津々だ。
「そう言えば、タライは何族なの?」
ヒスイちゃーん、それって今聞かないといけない事?
「あぁ、俺は崇巳族だ」
いつの間にか引っ込んでいた鼻水。その代わりと言う訳でもないが、彼は崇巳族特有の蛇舌をチラつかせた。
「そう言えば、目も私たちに似てるような」
暗がりの中でも楕円状に先細る瞳。龍人族や蛇神のような爬虫類独特の目である。
「ま、龍人のお前よりは物怖じしないけどな」
「残念、ユハンも龍人ですー」
「ああ? てっきりあっちが神様になった龍神かと思ったぜ」
「…………っく、好き放題言いやがって」
そう言ってタライは声高らかに笑う。
しかし先生の前では間抜け面、それ以外では一切隙の無い精悍な表情。全く、蛇の如し抜け目のない奴だ。
「落ち着いてよソウ。……タライ君も、後で罰が当たっても知らないからね」
「そうだぞ。私が本格的に神様になったら、絶対呪ってやるからな」
「っへ。こんなボロ小屋でビビってるくらいだ、その呪いも大したことねえだろ」
今すぐタライを殴ってやりたいが、あいにく私はヒスイから離れられない。タライの奴、命拾いしたな。
「お、着いたみたいだぜ」
タライが静かに引き戸を開ける。
道中見かけた不気味な作り物とは違い、驚くほど何もない引き戸だが、それはそれで気味が悪い。
「ようこそ、ようこそ! 四名様れすね。さあさお入りくらさい!」
少々舌足らずな中年男。よほどいい物を食べているのか、顔には油が乗り、その身体はふくふくとよく肥えている。
「――――うう、何だこの匂い」
鼻を突き抜ける生臭い匂い。まるで魚市場に行った時の様な匂いだ。そして私はその匂いに耐えきれず、咄嗟に羽織の袖を鼻にあてる。
「ちょっと! 私の羽織で鼻を塞がないで」
不気味な二十畳ほどの居間らしき部屋。窓は木の板で塞がれ、蝋燭のみの明かりを持って、ようやく居室としての体裁を保っている。
「されされ、皆さまお集まりれすね、わらくし、皆様の愉快な旅路を案内させていたらく、オキマサと申します!」
煌びやかな着物に身を包んだ中年男は、客席に座る私たち四人と、他数名の見物客に目を向けると、あまり心地よくない高音で音頭を取る。
「皆さま、準備の程はよろしいれすかぁ? それれは、我が童門一座による、一世一代の珍物興行、始まり始まりぃ!」
そう言って拍手をしながら裏方へと消えるオキマサ。その陽気なキャラに、私の恐怖心は薄れかけていた。
――――そして蝋燭の灯火が消え去り、部屋の中は闇で満たされる。
「……時は遡ること数百年前。とある漁村に、一人の若い女が暮らしておりました」
姿こそは見えないが、今ナレーションをしているのは間違いなくオキマサだ。それでも雰囲気を出そうとしているのか、あの耳障りな高音は少し落ち着いている。
「しかしその女は村一番の醜女。男どもは誰一人として、女を娶ろうとはしませんれした」
どこからともなく始まる音楽。笛と弦楽器だけだが、雰囲気をよく作り上げている。
「寂しい。どうして誰も私を貰ってくれないのでしょう。寂しい、寂しい」
――――新たに加わる女の声。醜女という割には、水のように透き通った綺麗な声だ。
「心に渦巻く孤独。身がねじ切れそうな程の愛への渇望。しかし、それを満たしてくれる者は、誰一人としれいません」
「ああッ! 誰でもいいから、この身を優しく包んでください!」
思わず肩がすくむほどの悲痛な叫び。その凄まじい演技力に、ついつい引き込まれてしまう。
――――トントン。
と、どこからか戸を叩く音が聞こえる。恐る恐る、私が音のした方へ振り返ると…………。
「誰ですかッ!?」
「――――――ひッ」
醜女役の女が再び叫び、思わず声が漏れる。
「…………なんだ演出か。びっくりした」
「ックックック。だっせえ」
端の方で私を笑うタライ。――あいつ、後でぶっ飛ばす。
などと殺気立つ私に構わず、演劇はじっくりと進行していく。
「しかし返事はありません。女は不思議に思い、玄関の戸をゆっくりと開けます。するとそこには…………」
ピチャピチャッと、水を叩くような音が部屋に響く。随分と演出に拘っているものだと、ついつい感心してしまう。
「あらまあ、何故こんな所に蛸がいるのでしょう」
「家の戸口には大きな蛸。女はこれを、浜辺から来たものだと思っていましたが、実はこの蛸、龍宮城からの遣いでした」
――――龍宮城? 浦島伝説のアレか?
「なんて大きな蛸。もしかして私の願いを、海の神様が聞き届けてくれたのでしょうか」
「女は思いました。この身に襲う果てのない渇きを、この蛸はきっと満たしに来てくれたのだと」
少し無茶苦茶な設定だが、雰囲気を出すための小芝居だと、私は半ば投げやりな気持ちで眺めていた。
「そうして女は蛸と交わり、遂にはそのお腹に、子を宿してしまいました」
――えええええ。
「蛸と交わり出来た赤子。しかし女の心は、これを産むことに抵抗はありませんれした」
「ああ、私の可愛い子。いま産んであげますからね」
「……そうして生まれたのが、蛸と人が交わり出来た、醜い半漁でした」
――――ここでロウソクに火が灯る。そうして露わになったのは、下半身がまさに蛸のそれである女だった。
「うっわ。すっげえぇ」
「どうなってんだありゃ」
「妖か!?」
客席から声が上がる。初めて目の当たりにする異形に、皆どうやら興味が尽きぬようだ。
「やっば、動いてるじゃん。本物?」
かくいう私もその一人だった。
現代では愚か、この奇想天外な世界でも見たことがない生物。上半身が人で、下半身が蛸なんて種族は聞いたことも無かったので、私の心は既に奪われていた。
「どうなってるのよ…………」
「はえぇぇ」
ヒスイとユハンも同じようなリアクションだった。タライも無言で目を見開いてはいるが、その様子から察するに、彼も言わずもがなだろう。
「どうれすか皆さま、この醜い姿! これが蛸と女の間に出来てしまった出来損ない、蛸女です!」
僅か目と鼻の先にいるから分かる。ぬるぬると蛇の様にうねる足は紛れもない本物。女は着物を着ているから分からないが、間違いなくアレは女の上半身と繋がっている。
「ありえないわ。あんな種族がいるなんて」
ヒスイは自分の目を疑っている。目に見えるものしか信じない彼女にとって、これはかなりショッキングであったに違いない。
「さあさ、ドンドン参りましょう! 続いては顔面花咲男です!」
先ほどの小芝居は前フリだったのか、意外にもあっさりと、男は次の出し物を見せる。
「ハッハ! 見えない。見えないいぃぃぞぉ。」
ゾンビのように唸りながら現れた男。
しかし男の顔面からは、まるでラフレシアのように大きな花が咲いており、その花弁は油の様な液体でギトギトになっている。
「彼の名前は竹取ハゲナ。山へ入っては刈れや刈れや、その数なんと数千本。しかし男、感謝を忘れ、遂に山神怒り心頭! 男の顔には吹き出物あり、これ神の力で花咲かす!」
流暢に話すオキマサと、油が滴る花咲男。これもまた、到底作り物とは思えないリアルさを放っていた。
「ちょっと気持ち悪くなってきたかも」
「…………大丈夫、ヒスイ? もうそろそろ出る?」
ヒスイが真っ青な顔をしたまま、私の肩に頭を乗せる。普段なら心安らぐ彼女の匂いも、部屋に充満する異臭によって阻害されている。
「ううん、大丈夫。…………でもしばらくこうさせて」
「無理そうだったら言うんだよ」
「ありがと」
そうして彼女の頭を撫でると、ヒスイは安心したのか、私の肩にさらに荷重をかけた。
「さあさ、お次は芋虫女れす! 噛みやしませんから、どうぞどうぞ近くで見てくらさい」
――――奇怪な音楽と共に、ズリズリと何かを引きずるような音が聞こえる。
「この女、手足を食われて地べたを這いずり、その様まさに芋虫、毛虫。これ興しろがる国つ神。遂に女に呪詛を唱え、地虫の如し青い姿へ様変わり!」
羽虫が寄りそうなくらい、声に明るさを持たせるオキマサ。
しかしその足元には、成人女性くらいの大きさはある、緑色の巨大芋虫が一匹、まるで抱っこして欲しそうに蠢いている。
「…………う゛ぅッ」
その姿を目にしたとき、アスファルトに転がる蝉が不意に鳴き出した時のように、全身から血の気が引いていくのを感じた。
「あれは流石に、本物じゃないわよね?」
未だに顔を青ざめさせてはいるものの、どうやら虫は大丈夫なようで、花咲男と比べれば、ヒスイは大分マシな顔色になっている。
「うぅ、どうだろ。あたし虫は無理だから、偽物であって欲しいけどね」
あの幼虫が来ることも無ければ、特にこちらに危害が及ぶこともないので、別に建物を出る程ヒドイ興行ではない。
それどころか、この奇々怪々な出し物を、どこか楽しんでいる自分がいる。
「いかがでしたか、芋虫女は! これはなかなかお目にかかれない怪異れすよ」
――――しかしその安堵も、次の出し物で戦慄へと変わってしまう。
「次は死なず姫です! 彼女の身体はなんと不死身! 腕を斬ろうが首を斬ろうが、どれだけ切っても死にませぬ姫!」
その寒い言葉と同時に、板で塞がれた障子戸が開き、これまで薄暗がりだった部屋に光が差し込む。
「皆さまは、人魚と言う半漁神をご存じれしょうか?」
額に脂汗を浮かせ、差し込む光がギラギラとオキマサの顔面を照らす中、彼はゆるキャラのように大きく体を動かす。
「人魚の肉を食らえば寿命は万年。負った傷は刹那に消え去り、万病にすら負けない不死身を得ると言い伝えられています」
――――聞いたことがある。確か、家の書物にもそんなような記述があったな。
「ヒスイはこの話、聞いたことある?」
私は思わず彼女に問う。いや、恐らくヒスイの向こうに座るユハンも、そのまた向こうのタライも知っているはずだ。
「ええ。確か、不死の呪いとも言われていた気がするわ。……でもあれは、ただの伝説のハズよ」
――――そう、これは遥か昔から言い伝えられている伝説だ。
私も別に信じているわけではないが、オキマサはそんな私たちを、まるで嘲笑うかのように話を続ける。
「人魚の肉は神の血肉。かの天陽大神でさえ、食すことは困難と言われている希少な一善。しかしこの世にただ一人、その身に受けた少女が唯今!」
屋内がざわつき始める。
「てことは不死身って事か?」
「まさか。アレは作り話だろ?」
「まやかしだろ」
――――などと観客が溜め息を吐く中、私達もそれに負けじと話を始める。
「っけ。そんなん信じられっかよ」
「はえぇ。でももし本当だったら、これは凄い事だよ」
向こう側で盛り上がるタライとユハン。彼女たちは子供らしく目を輝かせているが、対するヒスイは眉をひそめている。
「ホラ話に決まってるわ。もし不死なんてものがこの世にあれば、とっくの昔に破綻してるわよ」
「でも、本当にあったら、それはそれで浪漫的じゃない?」
正直私はあって欲しいと思っているクチだ。
「っふん! 馬鹿馬鹿しい。これ見たらさっさと帰るわよ」
常識の範囲を出る存在が仄めかされ、どうやらヒスイもグロッキーどころではないようだ。
「――――それではご照覧あれ! 不死身の少女、千詠尾売です!」
…………そうして登場した千詠尾売と呼ばれる少女は、未だ不死の存在を疑っていた私たちに、その確証と、到底拭いきれない様な精神的苦痛を、この小さな四つの脳に焦げ付かせた。
本来ならここで、チヨヒメの物語に入る予定だったのですが、あまりにも過激な内容になったので、別作品として投稿いたしました。
チヨヒメの物語を読まなくても、本編の話にはついていけます。本編はいつも通り明日の夕方投稿いたします。




