笑いと涙の珍物興行②
「んふふん。いらっしゃい」
目に付いた着物屋に入ると、人のよさそうな、そして団子の様な体系の中年女性が私たちを歓迎する。
「あらあらまあまあ、その羽織、もしかして榮鳳官学の生徒さん?」
宝石箱の様な彩色豊かな店内。その奥の座敷に座る女将が、私達を舐めるように見ながらそう言ってきた。
「はい」
「うふふふん。このタンダ呉服店は、子供用もたんとあるから、ゆっくりしていって頂戴ね」
大方、私たちの白菊を見て分かったのだろうが、もしかしたら紋様羽織の激励金制度も知っているかもしれない。ここは紐を堅くしなければ。
「――はあぁぁ! 見て見て! この袴の一式、凄くお洒落だよ!」
「おおお、確かにこれは可愛い」
服選びと言うのは人の好みがにじみ出る。いかにも可愛い物が好きそうなユハンは、ピンク色や水色を好む反面…………。
「この色は少し派手すぎるかな?」
「いや、逆に落ち着きすぎているけど」
――真面目なヒスイは、紺や黒などの落ち着いた色を好む。むしろそれすらも、彼女の中では派手な部類に入るようだ。
「見てー。この色なんか良いと思わない?」
一番最初に目に付いたリンゴの様な深紅の袴。さらに金色に輝く紅葉のシルエットが最高にイカしている。
「ソウちゃん、その色の袴持ってなかった?」
「そうよ。それに、今着てる袴と大して変わらないじゃない」
「そうかなー」
私が手にした深紅の袴を、彼女らは“似ている”の一言で終わらせるが、これがまた違うのだ。赤は赤でも、この少し暗めの赤色は大人っぽい赤であって、他にも…………。
「――でもソウ。それ、凄く高いわよ?」
「えっ? どれどれ」値札を確認すると、そこにはゼロが四つ。
「ひえぇぇぇぇ。子供用でコレは高すぎる」
――しかし、今の手持ちなら買えないこともないので、さてどうしたものかと悩んでいると……。
「あらまあ! この袴を選ぶなんて、お嬢ちゃんも見る目があるわねぇ」
「ええっ? そ、そうですか? あははぁ」
店の女将が愛想のいい笑顔で私の元へと寄ってくる。
「ええ! 龍人のあなたにお誂え向きよ。なんなら、少しお値段も勉強しちゃうわよ」
「え、えええ。どうしよっかなあ」
心が揺らぐ。財布の中には五万楽。そしてこの袴は二万楽。激励金の次の支給は二年後。それに残高も十万以上は残るはず。
「よく考えてソウ、身長が伸びたら、この袴は着れなくなるのよ?」
――――天使の声? 違う、この声はヒスイだ。
「そっか。確かにそうかもね…………」
ヒスイの言う通りだ。それに官学は、激しい動きをする授業が多いから、道衣の様な袴が推奨されている。それにこの袴は、還りの尻尾を出すには少し窮屈そうだ。
「やっぱいいや。ありがとう、おばちゃん!」
「おばッ!? …………ま、まあ。それじゃあ、こっちの袴なんてどうかしら!」
そう言って、女将は私たちを食い止めようと躍起になっていたが、結局私たちは小物だけを買って店を出た。少し申し訳ない。
「じゃあ、次は甘い物食べに行きましょ!」
「わえもお腹空いてきたなぁ」
待ちかねていた様子でヒスイが足を弾ませる。その結い髪には先ほど買った簪が挿さっており、彼女が歩くたびに乱反射する様はとても艶めかしい。
「見て、団子屋さんがあるよ!」
そう言って私が指をさすと、店先に置かれた赤い長椅子に、なにやら見覚えのある人物が座っていた。
「あ、ユキメ先生だ!」
間違い探しの異なる部分を見つけたかのように、ユハンが足早に団子屋へと走る。
「本当だ。それにしてもあの皿、店員さんが下げ忘れているのかしら?」
ユキメの隣では夥しいほどの皿がタワーを成しており、ヒスイはそれを粗雑な店員のせいにした。しかし、アレは間違いなくユキメの斜塔だ。
「――あら、皆さん。もう呉服店はよろしいのですか?」
「あれ? 何でわえたちが服屋さんに行ってたこと知ってるんですか?」
こういう勘の良さはユハンの十八番である。しかしその鋭い突っ込みにも、ユキメは動じず笑顔を見せる。
「いえ、呉服屋に入っていく皆さまの姿が見えただけです」
「はえぇぇ。そうだったんですね」
「皆さんもお座りになってください。ここは先生がご馳走しますよ」
と、ユキメが笑うと、ヒスイが慌てた様子でそれを断る。…………しかし。
「いえ、大丈夫です! 流石に先生に奢ってもらうなんて」
「ふふふ、遠慮しないでくださいまし」
いつの間にか懐いているユハンはさておき、ヒスイも最早手玉に取られている。…………恐るべし美人。
「ところで、皆さんは何を買われたんですか?」
団子を口に頬張りながら、ユキメは私たちに視線を移す。
「わえはこれを買いました!」と、ヒスイが先ほど買った小物入れを自慢げに見せる。
「ふむ、綺麗な巾着袋ですね。ユハン君にとてもお似合いですよ」
いつも通りのミステリアスな雰囲気を醸し出しながら、ユキメは優しく目を細める。言わずもがな、ユハンはメロメロだ。
「わ、私はこれを買いました!」
追加で運ばれてくる団子を食べながら、ユキメはヒスイの髪飾りを見る。
「綺麗な簪ですね。けれどもう少し、結い髪を高くするといいかもしれません」
団子を飲み込み、その寒そうな串を皿に置くと、ユキメは立ち上がってヒスイの背後に立った。
「少し、よろしいですか?」
「は、はい!」
そうしてユキメは簪を抜き取り、おもむろにそれを銜えると、ヒスイの髪を毛糸のように編み始める。私はショートヘアなので少し羨ましい。
「ソウさ、…………いえ、ソウ君は何を買われたのですか?」
巧みに髪を結いながら、ユキメは私に視線を向けた。
「えっ。あ、私は、特に何も買ってないですよ。あはは」
「あれ? ソウちゃんもさっき髪飾り買ってなかった…………」
「――――ええッ!? 見世物小屋だって! ヤバくない? すっごい面白そう! 皆で行こうよ!」
あぶねええええ。いや、バレたか!?
ユハンの口を塞ぐように言葉を被せ、私は恐る恐るユキメの方を見る。しかしユキメは、私が指さした見世物小屋をまじまじと眺めていた。
「ソウ君はアレが気になるのですか?」
咄嗟に指で示した一軒家。私は冷静になって、その光景を目の当たりにし、戦慄する。
――――不気味な看板や垂れ幕が、言いようもない不気味さを演出し、加えて店先には、血の涙を流しているような数体の人形が立つ。
「え゛っ? いいい、いや、ただ少し気になるなあって思っただけ!」
いや無理無理無理無理無理! 私の嫌いなものナンバーワン、ゴキブリ! ナンバーツー、お化け! ナンバースリー、茄子!
「はえぇえ。少し面白そうだよぉ?」
団子を食べながら目を輝かせるユハン。確かに見世物小屋なんて珍物は天千陽にはないが、見れば分かる、絶対怖い奴!
「ねッ、ねえねえ。ヒスイちゃんはああいうの信じないから興味ないよね? それに西ノ宮住まいなら、もう飽きる程行ってるよねぇ!?」
――――しかしヒスイも、物珍しそうに建物を眺めている。どうやら彼女の興味も、あの底気味の悪い店に奪われている様だ。
「うーん。私もこの大通りはよく来てたけど、あのお店は見たことないなあ」
私の心の絶叫が聞こえないのか、誰一人として、私がお化け無理なことに気付いてくれない。
それどころか私は、半ば無理やりな形で、引きずられるように店の前まで連れられる。
「――――や、やっぱり私、もうちょっと茶しばくから、皆で楽しんできて!」
そうやって店の前で後ずさる私を、ユキメの手が止めた。
「いいではありませんか。私もこういうのは初めてなので、ソウ君と、いえ可愛い生徒と一緒に見てみたいのです」
いつもの神秘的な笑顔も、この薄暗い建物と重なると、より一層妖し気に見えてしまう。
「そうよ。それにユキメ先生もついてる事だし、安心じゃない」
まさに怖いものなしと言ったヒスイ。いや、こういう物を信じていないからこそ、その強きが生まれているのかもしれない。
「はえぇぇ。やっぱり少し怖いかも…………」
「そうだよね、ユハンも怖いよね! じゃあ私と一緒にお団子食べてようか!」
しかしユハンは、ぎゅっとユキメの左袖にしがみ付く。――心なしか、その表情はどこか嬉しそうだ。
「もしかして、ソウ君はこういうのが苦手なのですか?」
「…………え!?」
何の嫌味もない、ただ真っ直ぐな瞳で私を見つめるユキメ。一途に私を心配しているようだが、それはむしろ逆効果だ。
「あれれぇ? もしかしてソウ、あなた怖いの?」と、煽り顔のヒスイ。
――――ほら見ろ! こういう奴が絶対いるんだよ世の中には!
「べッ、別に怖くないし。それにまだお昼すぎだし、これが怖いって、あり得ないよねぇ」
自分で自分の首を絞めている気がしたが、もうここまで言ってしまっては、折れて行くしかあるまい。…………ああ、神よ。
そうしてユキメの右袖を掴み、ヒスイを私の右側に配置して、いざ前進。と、思ったその時…………。
「ああ、ユキメ先生ぇ! ミウ先生が呼んでましたよぉ!」
「え?」
同じ門下生の鼻たれ坊主、タライがユキメに向かって声を張った。
「なんかぁ、千鼠族の子が迷子になったとか、何とかでぇ」
「分かりました、すぐ参ります」
そう言ってユキメは、思い出したかのようにこちらに振り向く。そして、どこか物憂げな表情で微笑むと…………。
「では、皆さんだけで楽しんでください」と、言った。
――――いやぁぁぁぁ、行かないでぇぇぇぇ!
いや、しかし待てよ。ここでユキメが離脱という事は、お化け屋敷に入る取り決めもパーになるハズ。
「ふえぇ。ユキメ先生、行っちゃったよ」
「ま、仕様がないし、このまま三人で行きましょ」
「いやあっ、でもユキメ先生いなくなったし、やっぱり四人で行きたいじゃん?」
必死の弁解。しかし少女らの心にこれ通用せず。
「そうだけど、先生がいつ戻ってくるか分からないじゃない」
「そうだよぉ。また今度ユキメ先生も一緒に行くとして、今日は三人で楽しもうよ」
あ、駄目だコレ。もう行きます。行けばいいんですよね。――嗚呼、さようなら私の貞淑。




