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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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笑いと涙の珍物興行①

「ソウ、どうしたの? ぼーっとしちゃって」


 ――――種族別の授業も終わり、三人で給食を食べていると、ヒスイが顔を覗き込んで眉をひそめる。


「いや! 何でもない。大丈夫大丈夫」

「はえぇ。ソウちゃんずっと口開けてたよ?」


 ヒスイだけでなく、ユハンでさえも私の表情を窺っていた。――先程の授業で色々あったのだ。恥ずかしいから、あまり詮索はしないで欲しい。


「本当に大丈夫なの? まだお腹の傷も治ってないんでしょ?」

「ああ、お腹ももう大丈夫だよ。それよりもさ…………」


 二人の心配を他所に、私は昼からの授業にこの上ない期待を抱いていた。


「午後からの遠足! 西ノ宮に行くって言ってたけど、何しに行くのかな?」


 ワクワクとドキドキが二酸化炭素となって、私の気管から荒々しく這い出てくる。こればかりは止めらない。


「なんでも、官学の休講日に、西ノ宮へ遊びに行く人のための説明らしいわよ」

「ふぇ。お休みの日に西ノ宮へ行ってもいいの!?」


 私に勝らずとも劣らずの興奮っぷりを見せるユハン。そんな彼女もまた、喰らいつくようにヒスイの瞳を見る。


「そうよ。入学試験の時に説明されたはずだけど…………」

「――――西ノ宮なんて初めて行くよぉ!」


 全く話を聞いていないユハン。しかし分からなくもない。龍人の里は田舎も田舎、西ノ宮に憧れる龍人は少なくないのだ。


「大きいだけで、特に何もないけどね」


 龍人族や煌鳥おうとり族など、空を飛べる種族以外は下界に住む者が多い。おそらく国羊こくよう族のヒスイも、西ノ宮辺りに暮らしていたのだろう。


「――――っけ! 出たよ出たよ。都会っ子アピールはいいから、美味しい甘味処連れて行ってよね」

 皮肉も織り混ぜた“おねだり"。多分妬みの方が割合は多い。


「ふん、そういう頼み方するなら、私はユハンにしか教えない」

「ヒスイ様、この私めに、一押しの甘味を教え給う事をかしこみ申す」

「赦す」


 チョロいチョロい。彼女はこの手の飴と鞭に弱いのだ。


「はええ。わえは抹茶あんみつが食べたいなぁ」

 もちろん官学でも甘味物は出る。だが許しがたい事に、とても甘味とは呼べない、しょっぱい物ばかりなのだ。


 ――――それからも私たちは、午後の遠足という甘い時間に、期待を詰めに詰めながら、昼食を胃袋に詰め込んだ。


「……はーいそれでは、三限の授業は私の組から行くので、皆さん迷子にならないように付いてきてくださいねー」

「はーい」


 榮鳳えいほう官学の三つあるうちの一つ。東方大手門にある駕籠かご乗り場。

 そこに集められたミウ門下の私たちは、先生の長い説明を聞きながら、今か今かと出発の時を待ちあぐむ。


「それじゃあ、最初に説明した通り、三班に分かれて乗ってくださいねー」

「はーい!」


 そうして続々と駕籠に乗り込む一年生たち。私達三人も同じ班となり、その安堵から胸をなで下ろしている。


「ねえ。お金持ってきた?」

「持ってきたよー。昨日お小遣い届いたんだー」


 という女子の声もあれば…………。


「やべ! おれ草紙忘れた!」

「ははは! 先生に怒られるぞー」


 などと言う男子の声で、第一班の駕籠は賑やかな空気で包まれている。この空気感は、やはりたまらない。


「ソウちゃん、西ノ宮に行くのは何回目?」

 駕籠の中で、ユハンがソワソワしながら話しかけてくる。


「私はもう一〇回くらいは行ってるかなあ」

「一〇回!? 凄いね、そんなに行ってるんだぁ」

「ふっふっふ。武鞭ではよく行ってたからねぇ」


 ――――嘘である。少し見栄を張ってしまったが、本当は五、六回くらいだ。まあ六回も百回も変わらないだろう。


「そういえば、ヒスイは西ノ宮のどこに住んでたの?」


 普段からあまり、西ノ宮なんて都会には行かない私達と比べ、大人の余裕を見せるヒスイに、私は問う。


「私は角桜町かくおうちょうよ」

「角桜町。どんなところなの?」

「んー、西ノ宮の端も端。特に何もない田舎よ」

「そうなんだ。でももしかしたら、親に会えるかもね」

「どうだろ。お父さんお母さんは、私が今日西ノ宮に行くなんて知らないからね」


 ――――などと話していると、駕籠の中の盛り上がりがピークに達する。


「おい! 着いたぞ!」

「広ええええぇッ!」


 窓際に集まる子供諸君。思わず私も、出入り口のすだれをめくって覗き見る。――本当は禁止されている行為だが、致しかたなかろう。


「うぉぉ。でっかぁ!」


 隙間から見えるは果てしない大海原と、時代劇の様な街並みが広がる大都会。流石は神都、その大きさは計り知れない。


「わぁぁ! わえ空から見たのは初めてだよ」


 私の袖をカーテンの様にめくり上げ、腕の下から顔を出すユハン。彼女もまた、上京したてのお上りさんみたく目を輝かせている。


「ちょっと! 危ないわよ!」

「はいはい、都会っ子は冷静だねえぇ!」

 乗車口から顔を出し、その潮風を身に受けると、高まる気分は絶頂へ達した。


「っはあぁぁ。気持ちいい」


 なびく髪が御旗の様に空を泳ぐ。トリートメントのコマーシャルの様な絵面になっていそうだ。


「危ないって、言ってるでしょッ!」


 私とユハンは駕籠の中へと引きずり込まれる。これだから真面目っ子ちゃんは好きなのだ。

 もしヒスイも同じように燥いでいたら、今度は私が注意をしないといけない側になる。だからヒスイには感謝している。


「――――もう! もしここで落ちでもしたら、死んじゃうんだよ!?」

「はい、ごめんなさいでした」

「だいたい、ソウは白菊としての自覚が足りない。いい? 私達は常に生徒の模範であるからして………」


 ――――見事に正座をさせられ、説教を食らう私とユハン。しかし、幼女に叱られる(JK)という構図。これはこれで、また良き哉。

 


「はーい、それじゃあ皆さん、長旅お疲れさまでした」


 官学を出てから三〇分弱。私たちは、たくさんの駕籠が集まる西ノ宮の一角に集められる。

 そして再びミウ先生の長たらしい説明が始まり、生徒たちの浮き立った心は見事、地の底にまで叩き落された。


「それと、一班のソウ君とユハン君は、今すぐ私の所に来てくださいねー」

 ――――やっちまった。


 そして呼び出しを食らったユハンと私の心は、遠足開始数秒で、そのワクワクの一片すらも粉砕されてしまう。まあ、規則を破った私たちの落ち度なのだが…………。


「では皆さん、離れないで付いてきてくださいね」

「――――よし、行くぞ!」

「いざ!」


 しかし私とユハンの心は強かった。

 ミウ先生の長い説教も既に灰と化し、私たちは再び、この煌びやかな街並みに心を震わせているのだ。


「…………はあ。全然懲りてないじゃない」

「なに恰好つけてるの、さっさと行こ!」


 私たちのせいなのか、長いミウ先生の説明のせいかは知らないが、ヒスイのテンションは下がり気味だ。ま、後者でしょ。


「授業の無い日は、自由に西ノ宮に降りることが許されていますが、それでも、生徒が行ける範囲は限られていますからね」


 親ガモに付いていく小ガモのように、一年生はミウ先生のガイドを聞きながら歩く。

 ――――いま私たちが歩いているのは、様々な種族がワイワイと往来する大通り。道を挟むように並ぶ店先では、賑やかに呼び込みをする看板娘も見られる。


「行ける場所は限られてるのかぁ」

「はええ。ヒスイちゃんのお家まで行けるかなあ?」


 というユハンの言葉を聞き、ヒスイは「別に行けなくてもいいんだけどね」と、少し強めな口調で言う。強がっているのは明白だ。

 ――――そうして案内も終わり、私達は大通りの端の方で整列させられる。


「今から皆さんには、自由に行動できる範囲を書いた地図を渡します。回ってきたら後ろの人に渡してくださいね」


 前の生徒から回ってくる下敷きほどの和紙。しかしその地図に目を通した時、私は愕然とする。


「狭っ!」


 なんという事でしょう、渡された紙に描かれていたのは、子供の落書きかと疑うくらい雑に引かれた一本線。恐らく今いる大通りの、端から端までを指しているのだろう。

 しかし一本道だけって、幾らなんでも狭すぎでしょうが!


「まあ、仕方ないわよ」


 まあ確かに、人間でいえば八歳児くらいの私達には、この人目の多い大通りが限界なのは分かる。

 ――――しかし私たちはあくまでも、官学で戦闘訓練を受けている身。大げさに言えば職業軍人の八歳児。その辺の子供と一緒にしないで欲しいものだ。


「ちょっと抗議してくる」

「ちょっと、また()()を起こす気!?」

 ――――問題? なんだ問題って。


「私たち、入学三日目にして学長に怒られているのよ!? これ以上やらかしたら、それこそ退学だわ!」

「…………え、私達って、もしかして問題児として見られてる?」

「ソウちゃん、もしかして気付いてなかった?」


 そんな馬鹿な。――確かに、結界を少々イジってユンをボコボコにしたのは私達だ。でもそれだけじゃん。ちょっと報復しただけじゃん。


「ちょっと結界を二重に張っただけじゃん?」

()()()問題なの。私たちが他の生徒から何て呼ばれてるか知ってる?」

「…………なに?」

「“図無しの一年"よ! 私たちは既に、他の先生や戒律人委から目を付けられてるの」


 説明しよう! 【図無し】とは、途方もない、際限のない、の意である。


「マジで?」

本気まじよ」


 …………知らなかった。まさか私が問題児扱いだなんて。これまでいい子キャラで通ってきたはずなのに。一体どこで道を踏み間違えたんだ?


「あはは。ま、まあ、ヒスイちゃん、それくらいに」


 声を尖らすヒスイを、ユハンは顔を引きつらせながら宥めようとする。そんな女神のようなユハンに私は飛びついた。


「ユハンンン。わたし自分が怖いよぉ」

「――――はいそこッ! お喋りはしない!」

 

 ミウ先生の怒号が飛んでくる。それどころか他の生徒たちも、“またアイツらか”と言わんばかりの視線を向けている。ヒスイの言葉に嘘はないようだ。


「すいませんでした」


 とまあ、開始早々に色々とトラブルは起きたが、それでも私たちの心はまだまだ、遠足を楽しもうと張り切っている。


「――それじゃあ今から練習として、半刻ほど自由に行動してもらいます。でも、私とユキメ先生がしっかりと見張っているので、節度ある行動をしてくださいね」

「はああい!」


 ここまでは年寄りの観光ツアーの様に暇だったが、ミウ先生から放たれたその言葉が、生徒たちの心に再び火を灯した。


「よし、呉服屋いこ! 呉服!」


 自由行動が許されて数秒、私は早速二人に提案する。


「いや、先ずは甘味へ行きましょう」

「はえぇ。わえも着物を見に行きたいなあ」


 そうして多数決の結果、私達の初陣は呉服店に決まった。ヒスイには申し訳ないが、決まったことは仕様がない。


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