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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
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武鞭2

龍文書―8


神使:神通力を使う事が許された種族。自分と契約した神を信仰する。

「やば……」

「参道の中央は神の道なので、私たちは端を歩きます」


 巨木の様に構える鳥居をくぐり、砂利の海に敷かれた石畳の道を歩く。玉砂利を踏むたびに、しゃりしゃりと奏でられる音が気持ちいい。


 ――しかし、敷地の端まで行くのに、一体どれだけの時間がかかるのだろう。間違いなく、龍人用に造られた物ではないな。


「ユキメ、ここって?」


 龍人の里のさらに上部。思い浮かぶは神の領域。恐らく私たちの住む場所とは違う次元だろう。


「ここは神の都である天都あまつに通ずる場所。私たち龍人族は、三十になるとここでみそぎを行い、神と契りを交わすのです」


「神と契約するって事?」


「はい。我々の神通力は、力の一部をお借りする事。ですが神々は、自らが気に入った者以外には、力を貸してくれませぬ」


 要は神様に嫌われなければいいって事か。ちょっと面倒くさそうだなあ。あたし人の機嫌取るの苦手なんだよなあ。


「その際、決して不純な心は持たないようにしてください」

 言うの遅くない? 面倒くさそうとか思っちゃったんだけど。

「ユキメもここで契りを交わしたの?」

「ええ。ソウ様と同じ年の頃に」


 ――ユキメの幼女時代かあ。きっと私と同じくらい可愛かったんだろうなあ。きっとそうだよ。うん、そうであって欲しい。


「ところで、禊ってどんなことするの?」


 軽はずみで聞いたのだが、ユキメの顔がすごく暗くなる。今から行うのはロクな儀式ではないと、その表情から読み取れた。


「ごめん。なんでもない」


 軽い放心状態になるユキメを見て、私の顔も自然と引きつる。

 でもまあ、何が来ても大丈夫っしょ。


 ――――と、やしろまでの長い長い道を歩いていると、その神殿から大きな人影が出てきた。

 そしてそれは、深々と建物に向かって頭を下げると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


「あれは、樹木の女神ですね」


 ――――デカい! 

 信号機ほどの身長の女神は、新緑の様に優しい色をした衣を纏っており、それを引きずりながら近づいて来る。


「ソウ様、こちらへ」

 ユキメに袖をつかまれ、ぐいと引き寄せられる。

御神みかみが歩かれる際、私たちは邪魔をしない様、参道の外へ出なければなりませぬ。

 軽く頭を下げたまま、ユキメは羽織の袖で口を覆いながら囁く。


 しかし、神様ってこんなに大きいんだな。っていうか目に見えるんだ。


 ユキメと私は軽く頭を下げたまま、木の神が通り過ぎるのを待つ。私は結構せっかちな方だが、不思議と気分は落ち着いていた。

 ――――というよりも、どこか心地よさすらも感じていた。彼女の神々しい姿と、どこか懐かしい香り。誰かを心の底から敬えたのは、これが始めてだ。


「もし。その黒髪、汝ら龍人の子らか?」


 喋った! でも何だこれ、何で涙が出るんだろう。まるで私という存在が、この世界で生きる事を許されたような感覚だ。――――言葉が出ない。


「恐れ多くも、天つ神様のおっしゃる通りでございます」

 しかしユキメは慣れた様子で、木の神の質問に淡々と答える。

「ふむ。もしや、そちらの童が禊祓みそぎはらえに来たのか?」


 童って私の事か! ヤバいよヤバいよ、喋っていいいのかこれ。口きいても怒られたりしないよね。ええい、ままよ!


「は、はい! そうでごじゃ…………」


 ――――噛んでしまったあ。本当に本当にごめんなさい。どうぞ、焼くなり煮るなり、叩きにするなり、好きにしておくんなましッ!


「ほほほ。なんと可愛げのある御霊じゃ。表を上げて、その顔をよく見せてはくれぬか」


 樹木の女神は気品あふれる声で笑う。だから私も、頬を伝う涙を拭いて、ゆっくりと顔を上げた。瞬間、飛び込んできたのは眩いばかりのご尊顔。

 …………顔ちっさあ。


「龍人の子らはみな、端整な顔立ちをしておるが、主はまた違った可愛げがあるのう」

「お、お、お。恐れ入ります!」


 神様に褒められた。いや、褒められたのかは分からんが、考えるよりも先ず口が出てしまった。しかもかなりの大声…………。


「ふふ。そなたの将来が楽しみじゃ」


 それだけ言うと、木の神様は私たちに会釈をして立ち去った。そのひのきのような爽やかな匂いをのこしながら。


「――――ッ緊張したあ」


 女神の姿が見えなくなったことを確認し、私は大きく息を吐きながら額の汗を拭う。しかし嫌な汗ではない。


「ふふっ。それでは参りましょうか」


 それにしてもユキメは肝が据わっている。神様を目の前にしても、眉一つ動かしていなかったのだから。――やはり、その美貌からくる自信がそうさせているのか?


 そうして樹木の女神と別れてからしばらく歩くと、最初に見た大鳥居の、その何倍もの大きさはある門にたどり着く。


「この門から先は神の国です。入る前に、まずは手水舎で穢れを落としましょう」


 なんか、神社に参拝しに来てるみたいだな。というより、神様と契りを交わしに来たんだから、これぞ本当のお参りだよね?


 ――――現世では、観光やら初詣やらで何となく歩いていた境内だけど、こうして神様の気配を身近に感じると、やはり神聖な場所なのだと改めて実感する。


「手水舎の作法は知っていますか?」


 何も恐れていないようなユキメの声に安らぎを覚える。

 それでも、屋根が見えない程の巨大な門を前にして、自然と私の動悸も早くなる。


 ここから先は神の領域。私という存在が、ゴマ粒くらい矮小であるこの場所で、いま頼れるのはユキメだけだ。


 


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