入学早々問題児?③
「はい! それじゃあ、適性検査を無事合格した皆さんは、今日から私の門下生となります」
指定された第三舞台に集まった生徒に、相変わらず感情の籠っていない笑顔を振りまくミウ先生。
――――官学の教職ってブラックなのかな? ユキメは大丈夫かな? カナビコはまあいいか。
「皆さんが繰り広げた戦いは、どれも美しい物ばかりだったので、先生もとてもうれしいです」
手を合わせながら、決して豊かとはいえない表情で話し続ける彼女。その隣では、ユキメがほんのり顔を綻ばせている。
「途中、問題もありましたが、無事こうして、皆さんがここに揃った事を誇りに思います」
思い出したように、私は辺りを見渡す。――しかしユンの姿はない。どうやらあのバカは落ちた様だ。
「ですが、皆さんが何か問題を起こせば、先生はとっても困ってしまいます。なので、皆さん真面目に十年間を過ごしましょうね」
「はああい」
三十人ほどの門下生が可愛らしく返事をする。しかしミウ先生の笑顔は、ここにいる一年からしたら、ただの笑顔に見えるのだろうか。
「ねえソウ」
「なに、ヒスイ」
「……ミウ先生って、なんかあったのかな」
「なんで?」
「なんか、笑ってないよね、あの目」
言わないであげてぇ。きっと疲れてるんだよ彼女も。
「あはは、気のせいじゃない?」
「うーん、そうかなぁ」
――――流石は優等生。その勘の鋭さには脱帽だ。
「それでは、皆さんのまず最初の授業は、私が行う神通力の授業です」
仏の様に笑う先生。しかしその先生が、三か所も同時に還りを使うのだから怖い物だ。おそらく三か所はユキメにも出来ない。
「この中で武鞭をしてたよって人は知っていると思いますが、神使の神通力とは、神様のお力を直々にお借りすることです」
この官学に武鞭をしてない子供がいるのか。私は両親に感謝だな。
「なので武鞭をしてないよーって人は、ユキメ先生と。そしてそれ以外の人は、私と神通力の練習をしましょう」
「はあーい」
そうしてミウ先生のクラスは大体半分くらいに別れた。というか、武鞭をしていない人の方が多い。
「――――それでは、ここにいる皆はある程度、神通力が使える人なので、ここではもう少し高度な授業を行います」
ユハンも私と同じミウクラスだが、ヒスイはユキメの方へ行ってしまった。――武鞭もしてないのに次席とは、恐ろしい子ッ。
「はえぇ。中級者向けって何やるんだろ」
「わかんない。そもそも神通力に練度があるとは思わなかった」
いつもはただ、祝詞を唱えて神様呼んで、それからひょひょいと神通力を使っていたから分からなかった。
「――――しかしそれでも、神通力は神様によって種類が変わってきます」
ミウ先生は右手の五本指を立てる。
「まずは火水木金土の自然からなる五行と……」
そうして左手の三本の指を立てる。
「心技体に影響を及ぼす、特殊陰陽があります」
心技体に影響……。バフみたいなもんか? だとしたら、アマハル様の神通力も特殊なんたらに入るのか。
「そして、これらに属さないものを、神統と呼びます。今回は一人だけ、それを使える子がいますね」
「はいはーい先生」
鼻水が垂れている男児が、すこし腑抜けた声で手を挙げる。確かこの子は、昨日の模擬戦で、最速の一本取った子だ。
「何ですか、タライ君?」
「先生の神通力って、どんなのなんですかぁ?」
鋭い質問だ、ナイスだぞタライ。確かに私も気になっていたところだ。
「そうですね。私の神様は知恵の神様なので、神通力を使って、その知恵をお借りするのです」
「特殊陰陽ってやつですかぁ?」
「その通りです。分かってきましたね」
タライとか言う鼻たれ坊主は、質問の答えが返ってくると、ただ黙って手を降ろし、そのまま鼻をすすった。――その様子が、少しドヤっているように見えて腹が立つ。
「まあ、説明ばかりしていてもアレなので、今から皆さんには、“纏い”を行ってもらいます」
――――纏いとは、まさに神霊をこの身に纏う事。祝詞を奏上すると起きる現象で、私の口調が変わるのも、その副作用だと思われる。
「いいですか? 纏うだけで、まだ神通力は使っていけませんからね」
「はーい」
一年は声を揃えて返事をすると、各々が祝詞を奏上し始める。だが中には、その工程を飛ばして纏いをする者もいた。
…………確か、祝詞を奏上しなくても、神通力が使える種族がいるんだっけ?
「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」
――――などと考えながら、最後の一節を読み上げる。すると私の身体が、と言うよりも、私の精神が深く宙へと引きずり込まれる。
「どうじゃ? 榮鳳官学は」
真っ白な世界。本当に何もない、ただただ白紙の世界。そこで私はアマハル様と話す。
心に渦巻く、一切の不安を消し去ってくれるような声。陽だまりのように暖かく、日光のように芯のある声だ。
「まあ色々問題もありましたが、楽しいですよ」
真っ白な精神空間。いつもなら祝詞を奏上すると、そのまま纏いに入るのだが、神と神使の両者が話したいと思った時は、この世界に飛ばされる。
「そうかそうか」
と満足げに笑うアマハル様。相変わらず二十代の様な風貌だが、綺麗な黄金色の髪に、美しく輝く装飾は、やはり神々しさを感じる。
「ところで、何でカナビコが官学にいるんです?」
「あ、ああ。それは、ひふみのサポートと言うか、何というかバックアップ的なだな」
彼女は最近、横文字を使う事にハマっている。どれも私が教えているのだが、正直大変だ。
「へー。なんか他の理由もあるんじゃないんですか?」
「ある訳ないでしょ! 私はひふみの事を、いの一番に考えているから」
これも最近分かった事なのだが、アマハル様は自身の一人称で悩んでいる。本当はもっとラフに生きたいのだとか。正直どっちでもいいと思ってる。
「本当ですかあ?」
最高神が私の事を一番に考えている。その事実はこの上なく嬉しい。だが私は、少し意地悪くそう言う。
「本当じゃ! 余を疑うでない!」
――――プイと顔を背けるアマハル様。
「ところで、官学の学長と副学長は神様みたいですけど、どんな神様なんですか?」
「ああ、ズイエンとシロギの事か」
すらすらと名前が出てくるあたり、どうやらその二柱と、まったく関りが無いわけではないようだ。
「なんかカナビコの仕事仲間だったって聞きましたけど」
「うむ、ズイエンは昔、我が先鉾の一柱だったのじゃ」
初めて知る事実に、私は驚きを隠せなかった。まあ、よくよく考えれば分かる事だったのだが……。
「ええ!? なんでそんな神様が学長に」
「うむ、ズイエンは戦がめっぽう強かったから先鉾にしたのだが、ある日突然、子供たちに勉強を教えたいと言い出してな。……まあ、それから色々あってのう、ズイエンは官学へと移ったのじゃ」
ふわふわと空中に漂い、感情豊かにジェスチャーを交えながら話す大神。どうやら色々苦労が絶えなかったようだ。
「へえ。シロギ副学長はどんな神様なんですか?」
「あ奴はただのクズじゃ」
――――即答。
「…………え?」
「お酒大好き、女神大好き、賭博大好き、財布も緩いし…………」
次々と立ち上がるアマハル様の指。こっちはこっちでまた色々あるようだ。
「ああ、なるほど」
「だがズイエンの奴が、シロギを副学長に推したのだ。恐らく奴にも、何か見込みがあるんだろうね」
シロギ先生がクズなのは、なんとなく分かっていた。癖のある髪に、女物の様な派手な着物。そしてキラキラと着飾る装飾を見れば瞭然だった。ぜったい遊び人だと。
「まあ、ロリコンではないから安心しろ」
「そういう問題じゃない気がします」
教師としてどうなのかという問題だ。
「それで、聞きたいことはそれだけ?」
シロギの話題が終わると、アマハル様の眉間にあったシワは無くなり、再び彼女の表情に微笑みが戻った。しかしそれも束の間。
「あ。そう言えば契りを交わせる神様って、一柱だけじゃないんですか?」
「…………なんだと?」
何か不味い事を聞いてしまったのか、アマハル様は視線を落とすと、寒さに震える子犬のように、その双肩を不刻みに震わせる。
「私だけでは、不満か?」
「え?」
「ひふみは、余だけでは不満なのか?」
――――ズッキュゥゥゥン。
目を潤わせながら、今にも泣きそうな顔で私を見つめるその姿は、女の私でも色気を覚えるほどの可憐さだった。
「いやいやいや、気になっただけですって」
「本当か?」
「本当ですって」
「…………そうか」
その言葉に安心したのか、アマハル様はため息を吐く。もしかして私は、地雷を踏んでしまったのだろうか?
「まあ、基本的には一柱だけど、その神様がオッケーすれば、もう一柱と契約することも出来るぞ」
「へえ。ちなみにアマハル様は許可してくれますか?」
「え、ええ? いや、それはケースバイケースというか。まあ、その時の状況を見てじゃな…………」
面白くなさそうに視線を泳がせる大神。
――これは私が意地悪かったかもしれない。誰しもそんなことを言われれば、自分に不備があるのではないかと不安になる。
「そうだ、あと一つ聞いてもいいですか?」
「なんじゃ?」
「結界を張ることが出来る神様って、知ってますか?」
「…………え?」
これまでフワフワと定まらない豊かな表情だったが、この質問をした瞬間、彼女の顔つきは一気に引き締まった。
「いや、だから結界を張る…………」
「――――おらぬぞ」
取ったカルタを奪うように、私の言葉に否定を被せるアマハル様。しかしその表情は依然として曇ったままだ。
「いや、おるにはおるのだが、今は天都にも葦原にもおらぬ」
「どういう事ですか?」
「なに、今となっては昔話じゃ。じゃあ、まだまだ仕事があるから、私はここで落ちるね」
そう言って彼女は、口元を少し綻ばせながら、まるでチャットを終わらせるようにこの会話を終わらせた。




