入学早々問題児?①
「おい君! 一体どうなっているんだ、説明しろ!」
私がユンをボコボコにしている間、結界を破ろうと躍起になっていた先生の一人が、鋭い目つきで私を見る。
面倒なことになると覚悟はしていた。もちろんこの状況も想定済み。だから私が、男教師のその質問に答えようとしたとき――――。
「お主。今はそれどころではなかろう。早ようあそこの生徒を医務室へ運ばなければ」
どこからともなく現れたカナビコが私を助けてくれた。
「カナビコ先せっ。いえ……様。確かに、おっしゃる通りです」
たじろぐ男教師は、いくら新人教師といえど、天つ神であるカナビコに逆らえず、彼は促されるままにユンの元へと走っていく。
「ありがとうカナビコ」
「ソウヨウ姫。お主にはもう少し、天つ神としての自身の姿を見直していただきたい」
生徒、そして先生に囲まれ注目を浴びる中、カナビコは氷柱のように冷え切った言葉を、私の頭上から吐き落す。
「…………ごめん」
思わず頭を落としてしまう。普段優しい人ほど、怒ると怖いのは本当のようだ。
「……ですがこのカナビコ、今回の一件は、胸がすくような気分でしたぞ」
しかし、カナビコは静かに腰を落とすと、その黒い羽織の袖を使って、私の耳元でそう囁いた。
「え?」
予想外の言葉に驚き、私がカナビコに目を遣ると、彼は優しく目配せをして姿を消した。そんな彼の様子に、私もついつい口元が緩む。
「ソ、ソウ様?」
聞き覚えのある声。女子の声にも聞こえるが、声変わりしていない男児の様な声にも聞こえる声。
「ウヅキ!」
白銀のおかっぱヘア。そして相変わらず、可愛らしいウサ耳を跳ねさせながら私を見上げるウヅキ。しかしその表情はどこか不安げだ。
「……ソウ様。決闘の定めを破るのは不味いよ」
彼は私の身を案じていた。学則を破ったことにより、私が退学にならないか不安なのだろう。
「大丈夫、大丈夫!」
確かに退学は嫌だ。父も母も失望するだろう。しかしそれでも、私は私の家族を馬鹿にしたユンが、どうしても許せなかったのだ。
「本当に、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
そう言って私は、依然として表情を曇らせるウヅキに見守られながら、他の生徒の目から逃げるようにその場を立ち去る。
――――そしてやはり、今回の私の行動はズイエン学長の目に留まり、あの決闘からほどなくして、私は学長から呼び出しを食らってしまった。
「ソウヨウ。昨日のユンに続き、まさか貴女まで問題を起こすとは思いませんでした」
黄美山脈の遥か高度に位置する榮鳳官学。その峰にある頂院のさらに頂き。まさにトップオブトップの場所に佇む学長舎。
その中はまさに洗練された女性に相応しい気品のある内装。――決して派手過ぎず、それでいて存在感のある生け花や、アンティークな掛け軸の前に飾られた、歴史の深そうな一本の太刀。
「…………はい」
そしてそこからの眺めは綺麗で、縁側からはどこまでも続く雲の海が見られる。庭と室内の美しさに、首を振るのに一時間はかかりそうだ。だがもちろん、今の私にそれを楽しむ余裕などない。
「確かに、昨日のユンの行動も許しがたい行為です。ですが、やり返すのは決して良い行動とは言えません」
抑揚のある聞きやすい声。まさに淑女という言葉がぴったりの喋り方だが、それでもその口調は、怒りの感情を孕んでいる。
「…………はい」
高校の教室二個分ほどのスペース。その一番奥にある、立派な松の彫り物が施された大机に向かい、綺麗な正座をしたまま私を見据えるズイエン学長。
対する私は、入ってすぐの場所でポツンと正座。彼女との距離は、声を張らなければ聞こえないほど離れている。
「それに加え、伝統ある決闘を穢したことも、とても許せるようなものではありません」
「…………すいませんでした」
親以外の誰かに説教されるのは久しぶりだ。…………鬱。
「今回の事はもちろん、あなたの親御さんに報告させて頂きますからね」
「…………はい」
今のうちに謝っておきます父上母上、ごめんなさい。
それだけ言うとズイエン学長は机に視線を落とし、おもむろに筆を取ると。その白い毛束を墨に浸した。恐らく退学の手続きだろう。
――――嗚呼、入学三日目にして退学かあ。さようなら、私の二度目の青春。
「ところで一つ聞きたいのですか」
彼女は視線を机上に向けたまま口を開く。
「今回の決闘の際、不抜の結界が二重に張られていたようですが、これもあなたの仕業ですか?」
――――来た。
この質問が来ることは分かっていた。だから答えも、もちろん用意している。
「はい。そうです」
「ほう。龍人族は結界術を使えませんが、大御神にお願いしたのですか?」
そうです。と言ってもいいが、アマハル様を利用している様で気が引けるので、私はあらかじめ用意していた答えを述べる。
「いえ、守護の神札を使用しました」
「ほう。あの神札をあなた一人で造ったのですか?」
「…………はい」
学長はチラリと私に視線を向ける。完全に疑っている目だ。
「ふむ、そうですか。…………でしたら、この子達の言い分と少し違うようですね」
「え?」
――――すすす、と襖が開く。振り返るとそこには、神妙な面構えのヒスイと、彼女の腕にしがみ付く涙目のユハンが、ポツリと奥で立ちすくんでいた。
「ヒスイ、ユハン。どうしてここに?」
「先ほどこの子達が学長舎に訪ねてきたので、中に入れただけですよ。さあさ、貴女たちもお入りなさいな」
そうおばあちゃんの様に優しく言われた彼女らは、「失礼しますと」敷居をまたいで正座をする。その時すこし目が合ったが、ヒスイの目も怯えている。
「ズイエン先生、この二人は関係ありません」
「――――いえッ、関係あります!」
私の言葉に被せるように隣でヒスイが声を張り上げ、私の目からはウロコが落ちた。
「…………ヒスイ、なんで?」
「ソウヨウ。この二人は学長舎の前で、結界を張ったのは私達ですと言っておりましたよ?」
そんな。確かに結界を張ったのはヒスイとユハンだけど、最終的に責任はすべて私が背負うと言ったはず。
「そうです。守護の神札は私達が作りました」
「ヒスイっ、これじゃあ二人も退学になっちゃうよ」
声のボリュームを精一杯落とし、それでも力強く彼女に囁く。しかし、ヒスイは静かに首を振った。
「貴女もですか? ユハン」
「は、はぃ。そうです」
――――ユハンまで、なんで。
「さて、ソウヨウ。貴女はこの状況でも、まだ二人は関係ないと言い張るつもりですか?」
「っそ、それは」
「貴女は、貴女の為にここまで来た彼女達を、関係ないと言うのですか?」
なんだよその質問。まるで私を試しているかのような、私を陥れるような嫌な質問。まさかこの学長も、私の事をよく思っていないのか…………?
しかし幾ら考えても無駄なので、私は“関係ない”の一点張りを決めた。
「この二人は…………っ」
その時、私の脳裏に一つのイメージが浮かんだ。それは、この官学での六十年間を、この二人と一緒に楽しく過ごしている私の姿だ。
――離れたくない。まだまだ一緒に居たい。もっと三人で楽しい事をしたい。そんな想いが、私の決意を斬り殺す。
「かっ…………関係、あります」
「ふふふっ」
ズイエン学長は上品に、まさに淑女らしく淑やかに笑う。
しかしそれが不気味だった。喜んでいるのか、嘲笑っているのか、それとも可笑しいのか。彼女の上感情がうまく汲み取れない。
「ソウヨウ。お主はまた、違った可愛げがありますね」
「――――え?」
「貴女はよい友を持ちました。そしてあなた自身も、ヒスイとユハンにとって良い存在となれるでしょう」
先ほどまでの真剣な表情とは違い、今の学長はにこにこと、まさに窓の外から見える青空のように笑っている。
「しかし、今回の件を罰さない訳にもいかないので、これから貴女たちには一年間、毎日宿題を出しますからね」
正直それだけで済んだのは驚きだった。昨日のユンの一件もあるが、初犯という事も加味されたのかもしれない。そして、この退学を免れたという事実は、私に大きな安心感をくれた。
「――――あのズイエン学長」
今にも泣きだしそうな表情だったのに、ヒスイは真剣な顔つきに変えて手を挙げる。
「何ですか? ヒスイ」
「昨日の模擬戦も、結界が二重に張ってあったのですが、あれは誰の仕業なんでしょうか?」
流石はヒスイだ。タイミングを計らっていた私とは違い、分からない事は直ぐに聞く姿勢は感服する。
「それは私たちも分からないのです。今現在もカナビコとシロギに調べさせているのですが、術者は相当な使い手の様ですね」
「…………昨日の模擬戦の、あの場にいた先生方という事はありませんか?」
私もすかさず質問を投げた。
「それも分かりません。貴女たちのように、御札を使って結界を張るなら、確かにその場にいないといけませんが、神通力で結界を張ったとなると、また話は違ってくるのです」
「はえぇ。そ、それじゃあ、結界術を使える先生を探せばいいってことなのでしょうか」
「どうでしょう。公にしている神のほかに、もう一柱、契約している神を隠している神使もいるので、難しいのです」
もう一柱の契約? 契りを交わせる神様って一柱だけではないのか?
「さあ、貴女たちもそろそろ授業が始まるでしょ? 早くお行きなさいな」
「…………はい、失礼します」
そう言って、ズイエン学長は質問タイムを強制終了し、再び事務作業の続きに入った。退学の手続きではなかった。どうやら取り越し苦労だったようだ。
PV数の変化を見たいのでタイトルを変えてみました。
何か分かったら報告します。




