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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
86/202

完封

 月上院がつじょういんの廊下を埋め尽くすほどの人込みをかき分けながら歩くと、私には必ずこういう言葉が飛んでくる。


「おい! 龍神様だぜ!」

「本当だ! なんてお綺麗なんでしょう!」

「まさか、神様と一緒に勉強できるなんて」


 などと、私が入学した瞬間から、話題は私の話で盛り上がっていた。正直少し気分がいい。

 しかしもちろん、成り上がりで神様になった私に、嫉妬心や不満を持つ者だっている。


 ――――そうして私が生徒たちの中を歩いていると、突然誰かの脚に引っかかり、不格好にもそのまま転倒してしまう。


「いてて」


 昨日の決闘でやられた腹部の傷が痛む。


「おいおい、誰かと思えば…………」


 喉に一切の水分が無いかのような、聞くに堪えない擦れた声。そして、その声と共に差し出される一本の手。


「泣き虫神様のソウ様じゃねえか」


 私より頭二つ分ほど高いユン。ほぼ坊主頭の様な短髪に、無性に苛立ちを覚えるふてぶてしい表情。


「アヒャハハハハ!」

「だっさ」

「トロすぎ。本当に神様かよ」


 などと、彼の取り巻き連中は唾液を飛ばしながら大笑い。しかしこんな雑魚共は眼中にない。


「ッぷ! そんなに笑ってやるなよ、可哀そうだろ!?」


 私は誰の為に差し出されたわけでもない手を叩き、腹部の傷を庇いながらゆっくりと立ち上がる。


「少なくとも、私はお前らより動けるから神様になったんだけどね」


 分かっていた。こういう言葉を放つ事で、彼がキレることは承知している。


「…………おい。もういっぺん言ってみろ」


 ユンが胸倉を掴み、廊下の壁に押し当てる。全体重を乗せてきているのか、岩でも乗っているかのように胸が苦しい。


「離せよ。お前みたいな雑魚に、用は無いんだよ」


 コイツの顔を見ると思い出す。昨日の決闘で見せられた憎くて仕方のない笑顔と、狂った様に笑いながら、ボールを蹴るように何度も腹を蹴ったコイツの恐ろしさを。


「あ゛ああぁ!?」


 鼓膜に響く声。あまりの大きさ故に、耳の中でずっと鳴り響く金属音のような音。


「昨日は手加減してやったんだよ。それくらい分かれ」

「っはああ? 昨日の決闘で泣き叫んでたのはお前の方だろ!? キャハッハッハ!」


 馬鹿にしたような笑いを、高らかに空へ向けるユン。


「痛いぃ。痛いよぉ。ってな!」


 腹を抑える真似をしながら、取り巻き共と一緒になって昨日の出来事を掘り返すユン。私を挑発しているつもりなのだろうが、あいにく私はもう狂っている。


「ねえ、これ」


 羽織の袂から一枚の札を取り出し、私はそれをおもむろに差し出す。


「おい果たし札だ……」

「ついに一年で果たし札が出た」


 私たちのやり取りを面白そうに見ていた野次馬から声が上がる。

 決闘の申し込みは断ることも出来るが、この状況と、こいつの面子もある。恐らく断らない。


「ッぶふ! おいおい冗談言ってるんじゃないよな?」


 まるで勝ちを確信しているかのように、ユンはその醜悪な笑みを私に見せる。


「別に決闘なんかしなくも、紋様羽織ならいつでも貰ってやるぜ?」

「なに。今更ビビってんの?」


 今この場に鏡があるのなら見てみたい。私の目が一体どうなっているのか気になって仕様がない。


「っは! まあ、もう一回お前の柔らかい腹を蹴れるなら、俺も楽しいしな」


 そう言ってユンは私の手から札を奪った。その目に一切の敗北の文字を映し出すことなく。


「おい、菊紋様が決闘だってよ!」

「マジで!? 負けたら紋様はく奪だろ?」

「なんでも神様の方から仕掛けたらしいぜ」


 ――――決闘場がある陽日院はるひいんの舞台上。そこで私とユンはお互いを睨み合っていた。いや、睨んでいるのは私だけだろうな。


「お前馬鹿そうだし、決闘の定めなんて知らないよな?」


 結界に入る前、ユンは相変わらずの腹立たしい口調で言い放つ。

 

「武器、神通力などあらゆる術の使用を可とするが、天の生徒たる節度を弁えよ。これ破らば退学。さらに必要な処置を講ず」

「なんだ、徹夜で覚えてきたか?」


 その言葉に笑いが生まれる。どうやらそういうのは上手いようだ。


「ところでユン、あんたこれまでに死にかけたことってある?」

「は? ある訳ねえだろ」

「そう。どっか違う世界に転生できるといいね」

「おえー。何ぐだぐだ言ってんだ気色わりぃ」


 コイツは小学校によくいるタイプの子供だ。クラスのお調子者で、自分が場を盛り上げていると勘違いをしている。


 ――――それでも、私達の決闘を見に来た連中は、ユンのパフォーマンスに声を出して笑っている。多分ここにいる連中も、大した理由で見に来てはいないのだろう。


 私が地に伏すところを見たい輩に、ただ神様の私を一目見たいだけの輩。そしてただただ決闘を見物しに来た輩。そこに誰一人として、私を応援する者はいない。


「なあお前、俺に負けたら俺の使用人になれよ」


 流石ボンボン。なんでも自分の思い通りになると思っている。自分が頂点だと思ってやがる。


「別にいいよ」

「うぉお、マジかよ! じゃあ皆、コイツ俺の奴隷だから皆で使おうぜ!」


 そうして舞台を包み込む笑い。もはやこの会場はただの一色に染まったようだ。まあ、子供らしいっちゃ子供らしい。


「さっさと始めようよ。芸人さん」

「ああ? 俺の女がそんな言葉使っていいのかよ?」

「もういい」


 そう言って私が結界内に入ると、ユンも気持ちよさそうに歓声を浴びながら入ってくる。


「さあて。昨日はお前の顔、蹴れなかったからな。今日はぐちゃぐちゃにしてやるぜ」

「まあ、どこからでもかかっておいで。雑魚なんだからさあ」


 昨日私が言われた言葉を、そっくりそのまま返してやる。


「んだと!」

 ――――案の定挑発に乗ってきたユン。彼はそのまま指を切って龍血を流す。


血一矢ちかずのや!」


 彼の血液から続々と生成される矢。流石に武鞭をやっていただけはある。血矢の質、量。どれをとっても並み以上の実力だ。


「死ねえ!」

「…………っふぅ」


 呼吸を整え、確かな殺気を纏った血矢を躱していく。

 しかし昨日の模擬戦とは違い、龍血が使えるというだけで、ここまで動ける自分が情けなくなる。


「クソ! 全然当たんねぇ!」

天羽羽斬アメノハバキリ


 全ての矢が潰えたタイミングで、鞘から抜くように血刀を作り上げる。


「いいねえ! 天羽羽斬!」


 私は一回、木刀とはいえこいつとの剣戟で負けている。恐らくその事実が彼に自信を与えているのだろう。

 ――――だが私には、つばぜり合いをする気などさらさらない。


天叢雲斬アメノムラクモ


 背中の刀を床に突き刺す。別に抜く必要はなかったが、ここにいる全員に、私の力を見せつけるにはこの形が最高なのだ。


「おいおい、そんな長い刀、お前に使えるのか?」


 しっかりと両手で刀を握るユン。対する私の周りでは、手元から離れた二振りが、甘える子犬のように浮遊する。


「…………何だよ。その使い方」


 先ほどの余裕はどこへやら、彼の表情は一変して焦りへと変わった。


「どこからでも、かかっておいで」


 挑発の念も込めた余裕の笑み。


「クソ! クソ! 舐めやがってッ!」


 このまま怒りに任せて突進してくると思ったが、存外、彼は慎重に策を弄していた。


「血一矢!」


 再び彼の周りで生成される幾本もの血矢。芸はないが、馬鹿正直に突っ込まないのは少し見直してしまう。


「弐舞・乱斬り」


 激しく乱舞する二振りは、私目掛けて放たれた血矢を悉く打ち落とす。そしてその隙をついたユンが、真っ向から突撃を繰り出す。


「うらあぁあああああ!」


 されど龍人、速度は十分だ。しかし…………。


「叩き」

 天羽羽斬が彼の腹部を峰で打つ。


「――――ぅぐッ」


 苦しそうな声と共に遥か後方まで吹き飛んだユンは、そのまま結界の壁に打ち付けられた。


「なん、だ?」


 本来なら結界から飛び出て場外アウトだが、残念ながらこの結界には、少し細工を施してある。


「何で出られねえ!?」

「おい」

「…………ッひ」


 壁を背にし、まるで化け物を見るような目を向け、ガタガタと怯え倒すユン。――笑いをこらえるのが大変だ。


「謝れ」

「えッ!?」

「謝るんだよ。すいませんでした、ごめんなさいって」


 空を漂う二本の鉾先を向け、私は静かに声を研ぐ。ゆっくりと、刃を心臓に突き刺すように。


「っご、ごめんなさい! 許してください!」


 刀を放り、両手で頭を押さえながら涙を流すユンは、しっかりと私の顔色を窺いながら許しを請う。


「うッふふ!……………………やだ」


 そうして私は刀たちに命じた。


「乱斬り!」


 感情の分身でもある私の可愛い刀たちは、無情にもその白刃を、一切のためらいもなく振り下ろした。


「うわぁぁああああああああ!」


 光に集まる羽虫のように無雑作に、しかし精密に空を舞い続ける刀。


「あっはははははッ、雑魚がッ!」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」


 声変わりもしていない無様な声で、目も当てられないほど情けなくうずくまるユン。それでも刀は止まらない。


「思い知れ、思い知れ、思い知れ!」


 集中が途切れるのであまり視線は外したくないが、結界の外では、先生たちが結界をこじ開けようと必死になっている。

 ――――しかしそこに、ミウ先生とユキメはいない。


「すいませんでしあ! すいませんれした!」


 小便を濡らし、鼻水を噴き、よだれを垂らし、涙を流すその無様な醜態に、私の興はすっかり冷めてしまった。

 そうして私は刀を戻し、ジャガイモのように転がるユンを見下ろす。


「これに懲りたらもう二度と、私に近寄らないでくれる?」


 この声が聞こえているのかは分からない。いや聞こえているはずだ。私は峰で彼を打った後、それからは傷一つ付けていないのだから。


 …………ため息が出る。


 あんなに怖かったユンが、今ではハムスターのように矮小な存在に見える。そして、龍血が無ければ何もできない、私の情けなさにも呆れ果てた。


「なんだよアイツ。滅茶苦茶つえーじゃん」

「アイツ漏らしてね?」

「…………おい行こうぜ」


 などなど、私が何食わぬ顔で結界を出ると、そのような青ざめた言葉が一斉に耳に入った。――――こいつらを見返してやったのは気持ちがいいが、私の官学生活はこれで終わる。


 ああ、父様と母様に何て言い訳しよう…………。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これ蒼い天に、太陽は登る3につながるように書いてあるってことですかね?
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