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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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入学2日目④

 遠目から見れば、有るのか無いのかも分からない結界。しかし目と鼻の先にすれば、シャボン玉の様な膜があり、それが境目だと理解できた。


「おい。一本で済むと思うなよ」


 場に入る前、ユンはその切れ眼をさらに細くさせ、その尖った声を私に向けた。


「それでは、二番決闘場は始めてください」

 ―――――何の前触れもなしに始まった試合。私は手にした木刀を構える。


「なんだそりゃ。肩に力入りすぎだぜえ」

「うるさい。お前こそ余裕だな」


 木刀で肩を叩くユン。――しかし私の緊張を気取られてしまったのは不味い。これではユンに余裕を持たせてしまうだけだ。


「おいおい! まさか震えてんのか!?」


 その憎たらしい顔で放たれた、耳障りなかすれた声にハッとする。あろうことか、私の両手足は震えていたのだ。


「クハッハッハ! 馬鹿じゃねえの! そんな無様な神様がいるかよアホが!」


 唯一の救いは、術を通さないこの結界が、内部の音も場外へ漏らさないことだ。こいつの言葉を聞いたら、きっとユキメは乱心してしまう。


「まあいいや、どっからでもかかって来いよ。雑魚なんだからさァ!」


 ――――クソ! クソ! クソ! 舐めやがってッ!

 あろうことか私はその挑発に乗ってしまい、木刀を無様にも握りしめたまま突進を繰り出す。


「ああああ。いいねえ、その感じたまんねえよ」

「やあぁぁぁぁあ!」


 腹から出ていない、ただただ情けない叫び声。でも私はこの声が、私の中で蠢く恐怖を和らげてくれると信じてしまった。


「やあああ! じゃねえよ雑魚助が」


 瞬間、私の腹部に衝撃が走る。


「ぁぐッ!」

 刀を振り上げ飛び掛かった私は、不覚にもユンの蹴りを腹に喰らってしまった。

 ――――これで一本。私の負けだ。


「うぉらあ゛ああ!」


 けたたましい声。それは、再び腹部に走る痛みと共に聞こえた。


「ッあぐぁあ!」


 蹴られた衝撃で、まるで無くなりかけた歯磨き粉を絞り出すように漏れる声。

 なんで! 勝負はついたはずじゃ――――。


「ッらああああ! ああ! きもっちいいッ!」

「ッいぃ!」

 痛い。痛い痛い! 痛いよ…………ッ。


 何度も何度もお腹へ放たれる蹴り。しかし今の私に出来ることは、出来るだけ声を出さないようにすることだけ。

 ――――声を出してしまえば、こいつを悦ばせるだけだ。我慢しないと。


「ほあぁぁぁあ! っとらァ! うぉらぁッ!」

「ッぐ! …………ッいぅっ」


 ヤバイ。今のあたし、一体どうなってるんだろ。


「ひゃあぁぁああ! トドメッッだぁああ!」


 ――――ぼやける視界。その眼前に迫る足蹴。


 ああ、こんな姿、お父さんとお母さんには見せられないな。ごめんねユキメ。あんなにたくさん私に教えてくれたのに…………。


※※※※※※※※※※※※※※※※


「…………ちゃ」


 声が聞こえる。


「う…………ちゃん!」


 誰だろう。


「ソウちゃん!」

「ユハン……………ヒスイ?」


 目を覚ますと、私は医務室の布団の中にいた。そして横には、涙を浮かべるユハンとヒスイ。


「ソウ、大丈夫!?」

「…………あれ、私」


 目を覚まして数秒後、口の中に広がる血の味と、体の内側を走る痛みに私の脳は飛び起きた。


「ッ痛」

「まだ動かない方がいいわ!」


 ヒスイが私の肩に手を添える。


「…………わた、わたし、どうなったの?」


 記憶が定かではない。最後に覚えているのは、一心不乱に私を蹴り続けるあいつの顔だけ。


「アイツ! あのユンってやつが…………!」


 そこまで言ったところで、ヒスイは私の布団に顔を突っ伏せた。そして聞こえるのは、歯を食いしばっているような籠った慟哭だけ。


「ソウちゃん。…………あのね」


 目を真っ赤に腫らしたユハンは、今にも消えそうな朧げな口調で、舞台で起きたことを細かく説明し始めた。


「本当はソウちゃんが一本取られた時点で、ユキメ先生が止めに行ったんだよ」

「…………え、でも」――――誰も止めには来なかった。

「結界が閉じられてたんだよ!」


 ユハンが声を荒げる。初めて見る表情に少し驚いたが、ただそれ以上に、私はその事実に恐怖を感じた。


「え。…………結界が?」

「うん。ユキメ先生が何度も結界を破ろうとしたんだけどね。それでもビクともしなくて」


 ユハンの声が震えているが、その小さな手はもっと震えていた。


「…………私、あの時の先生が怖くて。すごい目が赤かったから」


 そっか。やっぱりユキメは…………。


「怖かったでしょ、ユキメ」

「うん。でもわえは、それ以上にミウ先生が怖かった」

「ミウ先生が?」

「…………ミウ先生ね、同時に三か所も還りを使ったんだよ。まるで龍人じゃないみたいだった」


 あの常に笑顔のミウ先生が、一体どんな表情だったのかは想像もつかないが、ユハンの怯え切った表情を見るに、それは相当の物だったのだと分かる。


「それでミウ先生が結界を破って、ユキメ先生がユン君に斬りかかったんだ」


 私の身体が汗ばむ。


「――――まさかユキメは!」

「ううん! 急に現れたカナビコ先生が止めたから、ユン君は斬られていない」


 肺に溜まった息が一気に出て行く。ユキメが人を殺さなくて良かったと、心の底から安心したのだ。


「…………カナビコ」

「でもね、一番ヤバかったのはミウ先生だよ」

「まだ何かあったの?」

「ミウ先生ね、ユキメ先生を見て笑っていたユン君に、還りの龍爪を振り下ろしたんだ」


 まるで電池の切れかけたラジオのように、弱弱しい声で話すユハン。しかしその怯えっぷりは尋常ではない。


「その場にいた先生たちが、ミウ先生を止めたんだけどね、三人でやっと止めてたって感じだった」

「ミウ先生は、正気じゃなかったの?」


 同時に還りを行うのは二か所まで。それ以上は危険だという事は、龍人族の全員が知っている事実。三か所も還ったのなら、きっと正気ではない。


「…………私には、正気に見えたわ」


 これまで顔を伏せていたヒスイが、極限まで弱らせたような声でつぶやく。


「正直あのまま、ユンには死んでほしかったけどね」


 あれだけ真面目だったヒスイの口から、死んでほしいなんて言葉が出てきたのは意外だった。


「ねえ、ユキメは?」


 今は頭が混乱していて、何が何だか分かっていないが、今一番気がかりなのはユキメの事だった。


「ユキメ先生とミウ先生は、今もズイエン学長と話していると思うわ」

「…………結構ヤバイ感じ?」

「どうだろ。生徒に刃を向けたからね」


 ユキメならまだしも、何故ミウ先生がそこまで怒ったのかは分からなかったが、それでも私の心の中は罪悪感に支配された。


「……ソウちゃん。わえ悔しいよ」


 人の闇の部分などまだ知らない様な、いつもそんなあどけない表情のユハンだが、今の彼女は力強く袖を握っている。


「ソウちゃんをこんな姿にされて、それなのにわえは何も出来なくてッ」

「…………ユハン」


 二人の小さな目から涙が落ちる。もうこれ以上は腫れないだろうに。


「ソウちゃんは…………。悔しくないの?」


 刹那、その言葉によって、腹の底からどうしようもない程の、五臓六腑がねじ切れそうな程の、どうしようもない怒りが這い上がって来た。


「…………ッッく!!」


 あんなクソガキにヨウ家を馬鹿にされ、愛するユキメさえも蔑まれ、それなのに私は良い様にされて。――――これが悔しくないのなら、私はもう人間ではない。


「…………悔しいッ。悔しいよぉッ!」

「ソウ」

「あんな奴に手も足も出なくて! 私はお腹を守ることしか出来なかったッ!」


 無様。その言葉が今の私の拠り所になっている。――――ここで怒れたのも、悔しいと感じる事が出来たのも、自分の無様さに嫌気がさしたからだ。


「ユキメを馬鹿にされて! 嗤われて! どうしようもないくらい悔しいんだよッ!」


 込み上げる涙を抑えられず、私は逃げるように布団の中にもぐる。人前で泣くことに抵抗はないが、この涙だけは誰にも見せたくない。


 ――――しかしそれも束の間、私の全身に眩しいばかりの光が当たる。


 顔を上げると、小麦色の肌に光を照らすヒスイが、涙目になりながらも私を見下ろしていた。


「ソウ! 私も手伝うから、復讐しよう!」

「……………………え?」


 復讐。それは私がいの一番に叶えたい、お天道様さえも目を背けてしまうくらい醜悪な、自らの醜い願望だった。

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