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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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入学2日目③

「その試験内容ですが、先ずは数を半分に絞りたいので、皆さんには決闘を行ってもらいます」


 ――――決闘。昨日の説明にあった官学のルールだ。しかし決闘が行えるのは一年に一回。それをここで使うのだろうか。


「ですが今回はあくまで模擬戦です。紋様羽織の生徒は、負けても菊紋を失うことありませんので、安心して励んでくださいね」


 その言葉を聞き、私とヒスイは大きくため息を吐いた。それもそうだ。こんな序盤も序盤の方で紋様はく奪はキツすぎる。


「さあ、それじゃあ決闘の相手ですが……」


 一切を笑顔のままで話すミウ先生。何か心に闇でも抱えているのではないかと不安になってしまうほど、先生は常に笑門来福たる表情だ。


「――――先生が決めるか、皆さんで決めるか、どちらがいいですかー?」


 もちろん後者一択だろう。恐らくミウ先生も分かって聞いている。


「俺たちで決めまーす!」


 ミウ先生の華麗なスルーを食らってもなお、図太く声を上げるユン。体だけじゃなく、心までもふてぶてしい。


「はーい、それじゃあ、先生が決めても良いよーって人は手を挙げてくださーい」


 静まり返る新入生。その中でもチラホラと空に手が伸びる。そして私とヒスイもここで手を挙げた。その方が公平だからだ。


「はーい。それじゃあ、決闘の相手は皆で決めてくださいねー」


 多数決は圧倒的に不利だった。おかげで少しの間、この場が荒れるのは明白だった。


「では、決まった人たちから先生に教えてくださいねー」


 その瞬間、規律よく並んでいた生徒たちが微生物の如く動き回る。


「おい! 俺とやろうぜー」

「嫌だよ! お前絶対強いもん!」


 という仲のよさげな男子の会話から…………。


「ねえ、クユちゃんわたしとやろー」

「うん! いいよー!」


 という、まるで競争を分かっていない頭お花畑な女子まで、会場を包む声は多種多様だった。


「馬鹿馬鹿しい! こんなの弱そうな人から選ばれるに決まってるわ!」


 ――――その中でもヒスイは冷静に物事を捉えていた。


「ホントだよね。ユハンは大丈夫?」

「……う、うん」


 生徒たちの熱気にあてられたのか、オロオロと震えながらユハンは三回頷いた。正直ユハンと一緒に決闘をしてあげたいが、私もそこまで仏ではない。


「ユハン。自分と同じ強さの人を選んで、それで全力で戦って。手加減はいらないから」

「で、でも。…………わえ怖いよ」


 震えた両手を胸の間で組みながら震えるユハン。正直彼女は戦いに向いていない。ここで私は気付く。


 ――――そうか。だから剣術を教えているミウ先生は、試験に決闘を選んだのか。ムカつくけど理にかなっている。


「私はアナタたちと一緒に勉強したいから、二人とは戦わない。だから二人も、絶対負けないでね」


 ヒスイは励ましとも捉えられる一言を言い放ち、そのまま振り返ることなく生徒の海の中へと潜っていった。流石は紋様羽織、言う事が違う。


「ユハン。あなたが相手を見つけるまで、私が傍に居てあげる」

「ああ、ありがとう。ソウちゃん」


 捨てられた子猫のように震える彼女に、私はとてつもない守護本能を感じていた。


「おい」


 そんな私にかけられる声。振り向くとそこには、卑しい笑みを浮かべるユンが立っていた。


「なに」

「お前じゃねえ。そこのチビだよ」


 彼が視線を向けていたのはユハンだった。自分より遥かに弱そうな相手を選ぶあたり、こいつが私の予想を裏切ることは無かった。


「…………ソウちゃん」


 涙をこらえるユハンは、そのままの目で私を見上げる。もちろん私も、ユハンにユンをぶつけるつもりはない。


「お前は私とだ」

「ああ?」


 私より頭二個分は身長のあるユン。それでも私は臆することなく、精一杯声を尖らせた。


「じゃあ…………」


 先ほどの無敵の表情はどこへやら、彼は額に汗を流して言葉を続ける。


「お、俺にかけた呪いを解けよ」

「っぷッ!」


 思わず吹き出してしまう。私が昨日ついた嘘を、こいつは未だに信じていた。その事実にどうにも笑いを堪えることが出来なかった。


「あっははははは!」

「何だよてめえ!」

「もう解いてるから大丈夫だよ」


 もちろん天叢雲斬には触れたら死ぬなんて呪いは無い。それでもユンはホッとしたように息を吐いた。


「やっぱり嘘だったんだな?」


 無駄に察しのいいユンは、私の胸倉を掴んで目つきを尖らせる。まあ、榮鳳官学に入学するだけの偏差値はあるのだから、当然と言えば当然か。


「――――そうだよ」

「クソが、絶対許さねえ! ビビッて逃げんじゃねえぞッ」


 そうして私は突き飛ばされる。その衝撃に耐えられず尻もちをつきながら、予想よりも遥かに力のある彼に驚いた。


「大丈夫!? ソウちゃん!」

「大丈夫。それよりユハン、ちょっと目をつむって」

「え?」

「いいから」


 私を心配して膝を着くユハンの額に、私はそのまま自分の額を合わせる。


「ひふみよいむなや」

「…………祝詞?」


 彼女の言葉を耳に入れず、私はそのまま意識を集中させ、彼女に聞こえるレベルまで声を落とす。


「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」


 最後の一節。正直少しチートかもしれないが、それでも私は祝詞を唱え上げた。


「日、陽。祈願、所願成就」

 ――――私は願う。“どうか彼女に、ここの誰にも負けないような力と精神をお与えください”


「…………ソウちゃん?」


 陽差しが桜の枝を抜け、包み込むようにユハンの頭上を照らす。


「心配するでない。天陽大神は、常にお主を見守っておる」


 纏いをすると、どうにも口調が変わってしまう。ただの一時的な異常にすぎないが、私のキャラじゃないから直したいものだ。


「さあ、相手を見つけておいで」

「…………うん、ありがとう。少し楽になったよ」


 差し伸べた私の手を握り、ユハンは力強く立ち上がる。


 ――アマハル様の神通力は、正直どのタイミングから効果を成すのか未だに分かっていない。それでも、この願いが聞き届けられたのは確実だ。


「ソウちゃんも、負けないでね」


 彼女は去り際にそう言って、確かな足取りで人込みの中へ消えて行った。


「――――さて、頑張るぞ」


 そうして、全員が余すことなく決闘の相手を見つけ、試験は何の支障もなくスタートした。


「この舞台には三つの決闘場があります。そこには強い結界が張られているので、中でどんな術を使用しても、友達に当たることはありません」


 全員が腰を下ろして、その体内で渦巻く熱を抑える中、ミウ先生は変わらずの笑顔で説明を始めた。


 ――そして気付けば、舞台の端には何人かの黒羽織を羽織った教師も見物しに来ていた。


「ですが今回の試験はあくまでも、剣術を主とする、私の門下生に相応しいかを見極める試験です」


 満面の笑みだが、目が一切笑っていないミウ先生。その彼女の言葉に、私は少し嫌な予感がした。


「――――なので、今回の決闘は一切の種族能力と、神通力の使用を禁止し、武器も木刀のみとします」


 一年生がざわつく。


「えええ!」

「マジかよ」

「今言うのかよ」

 

 などと会場はブーイングの嵐。誰かが言った通り、こういうルールは先に言うべきだろ。と苛立ちを覚える。


 その証拠に、ミウ先生の隣に立つユキメでさえも、驚きを隠せないといった様子でいる。


「ちなみに、皆さんが誰を選んだのかも見ていたので、自分よりも弱そうな相手を選んだ人は減点。その逆の人は大幅な加点ですからね」


 ――――公平。ザ・公平の女神だ。


 と、私は彼女の先生っぷりに脱帽した。結局は、先生に全てを決めさせておけば無難だったという訳だ。


「それじゃあ、名前を呼ばれた人から登壇してくださいねー」


 桜に囲まれた舞台。その木々の隙間から零れる陽射しが、壇上を美しく照らす中、戦いの火蓋は落とされた。


 ――――次々と始まる三つの戦い。そのほとんどが目も当てられないような凡戦だが、たまに目を見張るものもあるので面白い。


「では二番決闘場、次の試合はヒスイ君とナミカ君」

「…………来た。行ってくるね」

「頑張って」


 ヒスイの名前が呼ばれ、彼女が羽織を脱いで結界内へと足を踏み入れる。対する相手は男子だ。


「それでは、二番決闘場は始めてください」


 二人が位置についたことを確認すると、ミウ先生は事務的な口調で決闘を開始した。


 ――――そうして試合は順調に進み、互角の戦いを繰り広げる中、ヒスイが相手から一本を勝ち取った。


「はい。二人ともお疲れ様でした。戻ってくださいね」

「はあ! …………はぁッ!」


 汗だくのヒスイは私の元へと戻ってくる。しかし凄まじい息切れを起こしており、彼女はそのまま床に倒れ込んだ。


「はえぇ。ヒスイちゃん凄い戦いだったよ」


 全くその通りだ。そして、彼女の人を見る目にも私は驚かされた。まさかここまで自信と互角の相手を見つけてくるとは。


「ありがとう。二人も頑張ってね。…………私は少し休むわ」

「お疲れ様」


 ここで彼女に労いの言葉を掛けるも、私は内心穏やかではない。


 私の強みは、龍血のコントロールが他の龍人よりも、二週ほど抜きん出ている所にある。しかし今回は単純な力の勝負。

 ――――緊張してきた。


「ソウ様。武鞭での刀術練習を思い出してください」


 いつの間にか後ろにいたユキメが、私の耳元でそっと微笑む。


「ユキメ…………」

「ユキメ先生、勝手に持ち場を離れないでください」


 ミウ先生が、感情の無い笑顔と共に声を尖らせる。官学の教職って、ブラックなのかな。


「ッチ。…………頑張ってくださいね」

 今舌打ちしなかった?


 そうしてユキメは、続けざまに笑顔を私に向け、静かに一番決闘場の方まで歩いていった。


 ――しかし困った。確かに武鞭で刀術練習はしたが、その三十年間、私は終ぞユキメから一本を取れなかったんだぞ。


 そう。私は剣戟が大の苦手なのだ。座学と龍血は得意なのだが、刀はどうにも肌に合わない。


「次、二番決闘場にて、ソウ君とユン君。登壇してください」


 来た。バトンが回ってきたリレー走者の気分だ。それも、滅茶苦茶足の遅いビリケツの。


「はえぇぇ。ソウちゃん、頑張ってね」

「ありがとう」


 殺しきれぬ不安を抱えたまま、私はユハンに笑顔を向ける。


「…………頑張って」


 先ほどよりかは呼吸が落ち着いたヒスイ。それでも彼女は、床に横たわったまま手を挙げた。


「行ってくる」


 ごついスニーカーを履いているように重い足取り。それでも私は、靴底をすり減らしながら決闘場へと向かう。


 優しく、そして聡明な龍人のミウ先生は、官学の生徒や教師達から絶大な信用を得ている。そんな彼女は、蝋燭の明かりを頼りに、持ち帰った仕事を家で進める。


ミウ「んー。どうしよっかなあ」


 頭を抱えながら唸る。


ミウ「この子がこの子と戦えば、ここがこうなって、こうなってしまうから…………」

ミウ「ってことは、こうか」

ミウ「それじゃあこの子は、誰と戦えば遺憾なく出来るかなぁ」

ミウ「いや、やっぱりここはこの子で、この子はこの子とで…………あれぇ?」


 紙面に並ぶ生徒たちの名前。そこには夥しい数の〇×記号が書かれている。


ミウ「それじゃあ、これでこうすれば、この子は十分出来るはずだから…………」

ミウ「この子はここになるか」


 机に向かってからおおよそ2時間。しかし彼女の表情は依然曇る。


ミウ「いやいやいや、この子は強いから、ここはこうだな」

ユウ「お疲れ様、夜食持ってきたぞ」


 彼女の夫がお盆におにぎりを乗せて襖を開ける。


ミウ「ユウ様。有難うございますっ」

ユウ「まだ続けるのか?」

ミウ「はい。明日の朝までにやらないといけないのです」

ユウ「そうか。頑張ってるな」


 ユウが頭を撫でる。


ミウ「ふふ。ありがとうございます」

ユウ「私はもう寝るが、あまり無理はしないようにな」

ミウ「はい。おやすみなさい」


 そうして橙色の明かりに頬を染めるミウ。しかし彼女の奮戦はまだまだ続くのであった。






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