入学2日目②
「おーい。ソウちゃーん!」
翌朝。襖の奥から声が聞こえる。大方ユハンとヒスイが私を呼びに来たのだろう。
「今行くー」
流石に入学二日目で遅刻は出来ないので、私は既に身支度を済ませていた。この光景をトモエに見せたいものだ。
「へえ。海が見えるんだ」
昨夜は暗くて分からなかったが、縁側からは桜の木々の合間を縫うように海が見えた。最高の部屋に感謝。
「おはよう」
「おはよー」
襖を開けると、ユハンが目をこすりながら立っていた。いつもの丸い目を半ば閉じかけて。
「あれ、ヒスイは?」
「まだ寝てるよ」
「仕方ない。起こすか」
そうして私たちは、早朝のまどろむ脳を支えながら、おぼつかない足取りでヒスイの部屋へと向かう。
廊下ではたくさんの生徒たちとすれ違うが、この時間に起きている生徒は皆眠そうだ。
「おーい。ヒスイー。起きろー」
朝の閉じた喉をこじ開け、私は声を張る。しかし返答はない。
「ヒスイ―。遅刻するよー」
襖をノックし、乾いた音で空気を震わせるが、それでも返事は無い。
「ヒスイー」
しかし返ってくるのは静寂だけ。まさかあの真面目ちゃんが、ここまで寝坊助だったとは思わなかった。
――――それから五分後
「おいい! 何やってんだよ! 早く起きろ!」
襖を開けようとするも、内側から鍵が掛かっていてビクともしない。
「…………どうしようソウちゃん」
もう完全に開ききったユハンの目が私を見る。このままじゃ三人共倒れだ。
「クソ! ここは私に任せて、ユハンだけでも先に行って!」
「え、でも」
「大丈夫大丈夫。私たちも全力で後を追うから」
もはや綺麗な笑顔など作る余裕はない。不安と焦燥が私の中で渦巻き、恐らく過去最低の笑顔を更新している。
そしてユハンが離脱してから数分経過。しかし私はまだ寮にいた。
「ヒスイィ! お前紋様羽織だろ! 自覚しろ!」
――――バタン。と、中から物音が聞こえる。机上から何か落ちた様だが、それを皮切りに音は次第に激しさを増す。
「ッいま何時!?」
ドタドタと足音が聞こえたと思ったら、襖が力いっぱい開き、中から寝ぐせだらけのヒスイが現れた。
「バカちん! もう時間ないぞ!」
「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ」
それからのヒスイは早かった。――袴に着替え、羽織を羽織り、広間に向かいながら髪を結った。
「間に合ったか!?」
大扉を開けると、既に集まっていた新入生が私たちに視線を向けた。
「おいおい、白菊のくせに遅刻かよ」
「あれで紋様羽織だもんね」
「だっさ」
飛んでくる声が痛い。魚の小骨どころか、爪楊枝を飲み込んだ気分だ。
「ごめんねソウ」
「いや、私もいつもあんな感じだから気にしないで」
最後尾の座布団に座って、私はトモエの苦労を知る。しかしまだ先生は来ていないようだ。
「本当にごめんね。私、朝に弱いんだ」
――弱いって言うか完全に負けてるよ。
「そ、そうなんだ。なんか以外」
弱り切ったヒスイの表情。それが目に映った私の心は、不覚にもざわついていた。
「はーい。皆さん集まりましたねえ」
副学長のシロギが扉を開けて入ってくる。相も変わらずやる気のない間抜け面だが、無駄にお洒落だから腹が立つ。
――――真っ赤な着物に黒羽織。それに施された金色の模様が、さらに黒さを際立たせる。耳には小さなピアスが付いており、色鮮やかな髪色にマッチしている。
「はいはーい。今日はお待ちかねの門分けだ。気分も高まり、バカやりたい気持ちは分かるが、そういう奴から外れの先生引いていくからな」
――外れの先生ってなんだ?
「それじゃあ、各々手元の紙に名前を書いて、それを提出するように。はい始め」
トイレの水を流すように言い放つシロギ。説明不足過ぎるだろとも思ったが、膝元に置かれた和紙をみて私は理解した。
「師ミウ。師ニライ。師オッキュ…………」
紙に浮き出る三人の名前。一番最初に自己紹介をした先生の名前だ。要するにここから選べという事らしい。
「ソウはどこにする?」
隣のヒスイちゃんが、紙面を舐めるように眺めて唸る。
「うーん、迷うなあ」
――ミウ先生は剣術。ニライ先生は武術。オッキュ先生は邪学だ。正直邪学とは何か気になるが、あの怖そうな先生は担任にはしたくない。
「無難にミウ先生かなあ」――可愛いし。
「そうよねぇ。多分みんなミウ先生かニライ先生なんじゃないかな」
シロギ副学長が言っていた外れの先生が誰か分かってしまった。
「だね。わたしはミウ先生一択………っと」
ミウ・トンウーという名前を記入した瞬間、紙がひとりでに私の手元から離れて行く。そしてそのままシロギ先生の手元へと飛んで行った。
「よーし。全員書いたなあ。それじゃあ門分けを始めるから、ちゃっちゃと移動。俺は無駄な時間が嫌いだ」
確かに間抜け面だが、この人が蛇に足を描いているところを見たことが無い。
「はい! じゃあ移動はじめ!」
そうして私たちは再び、入学初日に見た葉っぱ人形に指示され、その指定された場所へと向かう事となった。
「――――皆さん、今回は師に私を選んでいただき有難うございます」
武術を学ぶ陽日院。文学の月城院の反対側にあるこの場所で、ミウ先生は笑顔で会釈をした。
「はえぇぇ。やっぱ男の子多いなあ」
陽日院も山の斜面に位置するのだが、月上院とは違い建物の数も少い。
しかし全てが、京都の清水の舞台の様な造りであり、一つ一つが体育館程の広さを持っている。
「ふん。嫌らしい目的ばかりの連中よ」
ヒスイの言う通り、彼らは鼻の下を伸ばしてミウ先生を凝視している。そして隣のユキメ先生にもだ。
――なんでユキメがいるんだよ。
「はい、昨日の紹介でもあった通り、このユキメ先生には、しばらく研修という形で私の助手をしてもらう事になりました」
ミウ先生は、まさに作ったような整った笑みで淡々と言葉を述べる。
「先生ぇ」
一人の男子が手を挙げる。あのガキ大将のユンだ。こいつも不純な動機で来たに違いない。
「はい、なんですか? ユン君」
「先生は男の〇〇〇〇を見たことありますかぁ?」
卑しい笑みで下品な質問を放つユン。完全に調子に乗ってやがる。
「サイッテー」
「ユンお前まじ強いな」
「ギャハハハハ!」
女子は蔑み、取り巻きは笑う。しかしミウ先生は絶えず笑みを浮かべたままだ。そしてユキメの表情には濃い影が出来ている。
「それじゃあ今から適正考査の説明をしますね」
「適正考査?」
――これで決まりじゃないのか?
「残念なことに、一人の師が受け持つ生徒の数には限りがあります。ですので今から、皆さんには私の課す試験に臨んでもらいます」
全員の顔が青ざめる。まさか試験があるなどとは知らず、だれも対策を講じてなどいないからだ。
「ヒスイ知ってた?」
「初耳よ! ユハンは?」
その口調からして、ヒスイも私同様かなり焦っているように見える。
「はえぇぇぇぇ。何も知らなかったよ」
心なしかユハンの口癖がいつもより長く聞こえた。
――しかし不味いな。多分この試験に落ちれば、他の先生のとこに行かされるに違いない。それだけは勘弁だぞ。




